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2026年4月

2026/04/28

祖母は最後は滅私だったことを思い出した

祖母は、「無学でろくに字も書けない」と、自分のことを卑下していたけれど、家族はみんな祖母に精神的に頼っていました。

特に私は精神的どころか肉体的にも頼りきりで、息子が生まれた時も祖母に多くのことを甘えていました。

しまいには、私が第二子を妊娠中に入院することになり、第一子である息子の子守りを頼ったために、お見舞いに来てくれた帰りに地下鉄の階段から落ちて、頭を打って亡くなってしまったのです。


死んでからも祖母は私のことを心配してくれていたのか、不思議な現象が起こったり、不思議な夢をたくさん見ました。そのお陰で、死んでも魂は存在しているのだということを知り、祖母の死から比較的早く立ち直ることができたのだと思います。


そんな祖母は、そういえば亡くなる前は無口で、まるで仏さんのようでした。

人の悪口も言わないし、人から何を言われても怒らないし。


地下鉄の階段から落ちた日は、私のお見舞いに来てくれた帰り道でした。

祖母がお昼ご飯を食べていなかったらしく、母が持たせたサンドウィッチを、お腹が空いていないからと、自分が食べずに私に食べさせてくれました。私が病院食に飽きていて物欲しそうにしていたのかもしれません。

そんな低血糖だったから地下鉄で風が吹いたくらいで落ちてしまったのかなと思いますが、幼児を預かっていた疲れのせいもあったのだと思います。

本当に申し訳ないことをしました。


話は変わりますが、祖母と比べて私はだいぶ仏さんからは遠い位置にいるなと思います。

まだまだ人に嫌なことを言われたら怒ったり言い返したりします。

祖母はそんなことはしませんでした。自分は無学だから口の達者な若者には敵わないと思っていたのかもしれません。

でも、祖母を見ていたら、魂のレベルは大学を出たから上がるとは限らないなと思います。

女子大を出た私は口が達者だから、すぐに「ブヒヒーン」と戦いの狼煙を上げたくなります。

口には出さなくとも、嫌なことをされたら後を引きますし、誰かにボヤきたくなります。


祖母が亡くなった年齢まで、あと10年になりました。

祖母という素晴らしいモデルがいながら、まだまだ修行の足りない私です。


私は、死んだら地球には生まれ変わりたくないのです。何かを食べないと生きていけないのはもう嫌になっていて、どうしても地球から出られないのなら、妖精さんとか精霊さんがいいなとか思っています。

仏教的にいうと解脱したいのです。

それは祖母の願いでもありました。


解脱するには、祖母みたいになっていないといけない気がします。

あと10年しかありません。祖母みたいになるには私の場合、あと20年はかかりそうです。焦りますわ…

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2026/04/09

妖精さんのイタズラと思いたい件

とてもおしゃべりな方と接客をしている時に、お金の受け渡しが不明確になりそうになることがあります。

今日、お釣りはしっかり渡したのに預かった一万円がどこに行ったかわからないという事件があって、後でレジの合計と計算書の合計と現金を合わせた結果、現金が一万円足りないという事件が起こりました。


おしゃべりな人が、「しゃべりながら出した一万円をまた財布に入れようとしていた事件」というのが以前にあって、またそれかもしれないと思い、その方に確認の電話をしたところ、間違えていないと返答をもらいました。

私はその答えを疑いつつも、2回くらい追加で一万円の数を数えましたが、やはり一万円足りません。


仕方なく、自前の一万円を足して銀行のATMに投入したところ、一万円多かったのです。


まるで狐につままれたような気分になりました。


「明日、電話をかけた方に再度謝罪の電話をしないとなぁ。」と考えていますが、何度も数えたのに不思議でたまりません。申し訳ないことをしました。


まるで、何かの精霊さんとか神様に試験を受けているみたいです。

今回のことは、すぐに人を疑う自分に気づかされて、試験は落第かもなぁと、自分にガッカリしました。


ダンナはきっと合格です。

なぜかというと、「仮にそうやったとしても、一万円よりも大事なことは満たされてるんやから、気に病まなくてもいい。」と言って、一万円を出してくれたのです。


あーあ、ダンナは合格、私は不合格。恥ずかしいなと思います。

私より3歳年上だけのことはあるなと思います。


私も早く合格したいなと思いました。


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画像はチャットGPTさんに作ってもらいました。

2026/04/07

さすらいの太陽

子供の頃に読んだ漫画で、「さすらいの太陽」というのがありました。

「峰のぞみ」というヒロインが歌手を目指して艱難辛苦を乗り越えていくお話でした。

その漫画がアニメ化されて、オープニングとエンディングの曲がとても良かったのです。

 

オープニング曲

「さすらいの太陽」

 

誰かに踏まれた野の草も

いつか空をふり仰ぐ

涙で何も見えない時にも私たちは生きているのよ

さすらいながら傷つきながら

明日の太陽を探しているの

 

風吹く荒野に花が咲く

それが花の命だから

悲しみだけが続く時にも

私たちは生きているのよ

さすらいながら傷つきながら

明日の太陽を探しているの

 

幸せの歌遠い時にも

私たちは生きているのよ

さすらいながら傷つきながら

明日の太陽をさがしているの

 

 

エンディング曲

 

歌は私の友達だから

苦しい時も私の味方

たったひとりで寂しいけれど

心の歌をみんなの歌に

みんなの歌が街いっぱいに

いつか広がる明日を信じよう

 

歌はあなたの友達だから

悲しい時もあなたの味方

私とあなたが手を取り合って

希望の歌をみんなの歌に

みんなの歌が空いっぱいに

いつか広がる明日を信じよう

 

いつか広がる明日を信じよう

 

このエンディング曲を歌ってたのが堀江美都子さんで、幼稚園の時に放送されてた秘密のアッコちゃんの時からファンだったので、大喜びで覚えました。

 

歌を覚えていたおかげで、高校生の頃の家庭内で起こった地殻変動的な事件の時も、歌いまくって難を逃れました。

アニメ歌手にはなれなかったけれど、この歌と猫のお陰でグレることもなく、真面目に女子大を卒業できたのでした。

 

また流行らないかな。

堀江美都子さん、歌ってくれたらいいな。

若い人で、この歌をリバイバルしてくれる人がいたら良いなと思う私です。

https://youtu.be/pCXo_kirKZw?si=mYlpGjfEZspT6-Su

https://youtu.be/KNehczSP7Q0?si=XF3q6iNq9bDc_MhX

 

シン・さすらいの太陽というAI制作のYouTube見つけました。

https://youtu.be/7_TgVQ0LKdI?si=7b8HeXgsAVzOncJC

https://youtu.be/qXpC6u3nBno?si=YQxCruGl1R0-XJM0

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2026/04/05

大人が尊敬できないことに泣いていた

高校生くらいの時、私は、親たちや周りの大人が尊敬できないのだということに気がついて、毎日悲しくて泣いてばかりいました。


何故、娘の同級生が同じ学年にいると知っていて、その子の父親を誘惑して家族を捨てさせるのか。


何故、父はよその母子家庭に入れ込んで、自分の子供を捨てるのか。


そして、何故、傷ついた母は、辛い思いをしている子供を残して家を出て行ってしまうのか。


残ったのは祖母だけだった。祖母は、「自分しかお前たちを守る人間がいない。自分の息子がしたことだから、自分が責任を持つ。」と言って、毎日お弁当を作ってくれて、家を清潔に保ち続けた。


幸い、今よりも景気が良い時代だったから、父は二家族を養えた。

ただし、贅沢は元母子家庭の方が享受したと、私は思っている。

ロールスロイスやベンツの助手席に座るのは母ではなかった。私たちでもなかった。あの時に家庭を奪われなかったら、その席には母が座っていたはずだったから、母は悔しさから心を病んで安定剤を飲み始め、早くに認知症を発症した。


母は今の私から見ても、善良な日本人のお手本みたいなお人よしな人だったから、その母の心が怒りでドロドロに汚れていくのを見るのが辛かったです。


今の歳になった私は、父を誘惑した人も、自分の子供をお金の苦労なしに育てたかったのだろうと思います。

その望みと、自分が母子家庭で苦労したことから、多大な同情心を持つ父の心と合致したのだと思います。

彼女もまさかこんなふうになるとは思っていなかったのかもしれません。

狙ったとは今も思いたくない私です。


お通夜の始まる前に、歯肉癌で顔の形が変わってしまった死に顔で横たわる母の元に父が来て、一言「すまんかったな。」と言って帰りました。

お葬式には来ませんでした。母の親類が集まるところに来られなかったのです。

生きている時に、その言葉をかけてほしかったと、その時は思いました。


その父も、仕事をリタイアして家にいるようになった、ある正月に、長年暮らした彼女が、酔って失言したのか、私に「もうお父さん返してあげる。」と言いました。

その時の父の寂しそうな顔が私は忘れられません。

私は認知症で歯肉癌の母を世話していたから即答できませんでした。少し考えてから、「お母ちゃんが死んでからならいいよ。」と、精一杯の答えでした。


母のことを「死んでから」と言った自分も嫌でしたし、それくらいしか父に思いやりをかけてあげることができないのも悲しかったです。


思えば、人生って悲しいものです。


それでも私は猫がいたから生きて来られたと思うのです。

ピアノを弾こうが歌を歌おうが本を読もうが、心は満たされず、猫と遊ぶ時だけは童心に帰れて幸せでした。


猫は嘘をつきません。

神様が作った最高傑作だと思います。

その純真な心を見せてもらって、私の傷ついた心の鏡も綺麗に癒されていくのです。


高校生の頃、大人が尊敬できませんでした。今の私は大人ですが、中身はほぼ子供です。

そうか、大人は子供だったのか、と、やっと気がついた今日この頃です。

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