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2025年11月

2025/11/22

ライオン丸の話

今から40年以上前に、その人はいました。

近隣の中学生たちから「ライオン丸」とあだ名で呼ばれていました。


もしかしたら以前、ブログかホームページに書いたかもしれません。


彼は、今で言う「ニート」だったのだろうと思います。髪の毛は日本人には珍しい縮れ毛で、長く伸ばすのでライオンの立髪のようでした。それでライオン丸。

下校時間によく自転車に乗っているライオン丸に出くわしました。


私が中学生の頃は、ライオン丸も若くて、20代くらいだったと思います。

元気に自転車を転がして、町中を走っていました。

子供達は、日中に仕事もしない怪しいライオン丸を何となく怖がっていて、ライオン丸が近づいてくると、「ライオン丸が来た」と用心していました。


その後、私は遠方の高校大学に地下鉄で通うようになり、就職・結婚・子育てでライオン丸のことはすっかり忘れていたのですが、記憶が曖昧ですが今から15年くらい前に、久しぶりに見かけたのです。

その姿は、若い頃のライオン丸とは全く違って落ちぶれており、服は汚れてボロボロ、履き物は左右で違う靴でボロボロ、まるで生き方を知らないままホームレスになったかのようでした。

自分から福祉に相談に行って事なきを得られたら良いと思っていたのに、月日が経つごとに落ちぶれていき、最後に見たときはもう、穴の開いたスニーカーとボロボロの草履を片足ずつ履いているような状態でした。ライオン丸の髪の毛は白髪混じりで、顔は日焼けなのか汚れているのか真っ黒で、若い日の面影はありませんでした。


今思えば、ライオン丸を養っていた親が、何らかの原因でいなくなったのだと思います。


家に、自称クリエイターで未だ売れていない息子がいる私にとっては、いつか私が死んだ後にそのように落ちぶれはしないかと、心配になるのです。


あのあと、ライオン丸が、どうか、誰かに助けられて、普通の暮らしができる人になってくれていますように。

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2025/11/19

右後ろによける癖

先日整体関係のyoutube番組で、「脊柱側湾症になる人は、苦手な相手のエネルギーをよけるために、自分のエネルギーが左右どちらかに偏る癖がある。」と言っているのを聞きました。


私は中学生くらいの時に脊柱側湾症になっていて、背骨が右側に曲がっているのがわかりました。

大学病院をハシゴしたりして、側湾症体操を習いました。長らく忘れていたのですが、最近、私の背骨の湾曲が酷くなってきた気がして、またその体操を復活させてたのです。

それで、先日YouTubeで「側湾症」の文字をみて、飛びついて観てみたのです。


私は子供の頃から人間が苦手で、たとえ子供でも我が強い子がほとんどでしたので、幼稚園に通うのも難儀しました。

小学6年生の頃に引っ越しで転校しました。その時に、「担任が“毎日の勉強“というドリルの問題を丸写しにしてテストを作る。」ということをクラスメイトから聞いて、テストの前の日に毎日の勉強ドリルをしたら、100点ばかり取ってしまい、他のクラスメイトからカンニング疑惑をかけられて、階段の一番上の踊り場に連れて行かれてクラス中から責められる体験をしました。

私は頑張って言い返して撃退したのですが、その時からますます人間が怖くなっていたのではないかと思います。

中学生1年くらいから背骨が曲がりだしました。


自分でも何となく、そのようなエネルギー的な攻撃を、昔から右後ろによけている気がします。左後ろによけられる気がしないのです。


息子などは若いから、何かというと攻撃的です。自分は話を聞いてほしいけれど、人の話は聞きたくなくて、うっかり愚痴でも聞かそうものなら10倍否定的な言葉が返ってきます。

そんな時、私は「自分の話をしたらダメだな、失敗した。仏さんのように何も言わずに聞くしかないな。」と思いつつ、体は右後ろによけている気がします。


今はもう、立派な大人になっていますし、別によけなくても対応できるはずです。そう信じて、右後ろによける癖を直したいと思う今日この頃です。

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写真はチャットGPTに生成してもらいました。

2025/11/16

在日外国人についての考察

私が子供の頃は在日といえば朝鮮人でした。

大阪には在日朝鮮人の人が多く住んでいて、鶴橋の商店街に行くと、外国旅行をした気分になれました。


在日の人が異国で生きていくのには、人の嫌がる仕事をすることが多かったと思います。

地面に根を張って生きる日本人に対して、根っこが張られていない浮き草のような在日朝鮮人という感じです。

たまにパチンコ屋になって裕福に暮らす人もいましたが、在日で裕福になるには、芸能人で成功するか、野球選手で成功するか、勉強を頑張ってジャーナリストなどになるくらいしかなかったのではないかと思います。

あとは犯罪に手を染めるような人もいたでしょう。子供の頃にみたニュースでは、犯罪で逮捕された人は「〇〇〇(3文字)日本名〇〇〇〇」的な報道が多かったです。


あれから50年ほど経った今、在日朝鮮人の人は、ほぼ同化し終わったかのように見えますが・・・


生きるためにはお金が必要で、多くを得ようと思ったら、真っ当な方法ではなかなか得られない時、人間は悪にもたなびいていくと考えられます。

朝のワイドショーで、コメントする人たちの中には、もしかしてそういう人たちがいるのかなと思ってみています。

これはわかりやすい例ですが、在日の人に限ったことではなく、お金のためには悪魔に魂を売るような日本人もたくさんいます。

日本を外国に売り渡すような政治家などが当てはまります。

ここでもやはり、生きるためにはお金が必要な人類のシステムとして「今だけ金だけ自分だけ」の法則が働いていることがわかります。


今、日本は朝鮮人以外の外国人をたくさん入れようとしています。

朝鮮人は戦前に朝鮮が日本の一部で、当時は日本国籍だったのが、戦後に国籍が無効になった事情があったから仕方なかったともいえますが、そういうこともないのに入れて、その人たちが浮き草のように日本で繁殖して悪に手を染めたりしないだろうか?と不安に思う今日この頃です。

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写真は何か考えてる風情のヌレちゃん

2025/11/03

地鎮祭に住吉三神が来てくれた話

この話は随分前に、もしかしたらブログに書いたかもしれないのですが、ちょっと探して見つからなかったので、忘れないように残しておこうと思います。


今の家は、住んでから19年経ったのですが、19年前に家を建てる時に、地鎮祭を行うことを希望して、大依羅神社の先代の宮司さんに来てもらったのでした。

うちと隣の妹の家の者と建設関係者が整列して、宮司さんが「かしこみかしこみ〜」とお祈りをしてくれていた時、私は薄目を開けてみたのです。

私の前方には、建設関係の人の車が停まっていて、その車に太陽の光が反射していました。その反射した光は、オリオン座の形をしていました。

それは一瞬の出来事で、隣にいた家族に伝えようとした時には太陽が動いたせいか、オリオン座の形ではなくなっていたのです。


ちなみに大依羅神社の主祭神は住吉三神であり、これは住吉大社と同じですが、大依羅神社の方が古く、「元祖」とも言えると、以前神社系オタクの猫の飼い主さんから聞いたことがありました。

住吉三神は、オリオン座の三ツ星を神格化したものらしいです。

そのことを聞いていたので、宮司さんが祝詞を唱えている時にオリオン座が現れた時は、私は奇跡だと思ったのでした。


あれから19年、仕事、猫、母のことで忙しくて、なかなか神社にお参りには行けなかった私ですが、猫が12匹だけになり、家の用事もかなり楽になって少し余裕ができたので、週に一度くらい、お参りに行くようになりました。

お参りに行けなかった頃は、毎晩、寝る前のストレッチをするついでに感謝の気持ちを念じてました。今も続けています。猫の神様、犬の神様、地球さん、土地の神様、鳥の神様、モルモットの神様にも…


そんな大依羅神社の神様は、もしかしたら霊験あらたかなのではないかと思っています。

去年、妹の就職がうまく行きますようにと妹の代理で祈りました。「もし叶ったらお礼参りを必ずしてね。」と言い置いたのですが、叶った後に妹は、すっかり忘れてお礼参りをしていなかったようです。

すると、買って間もない車で走行中、一旦停止無視の車に横から衝突されて、修理する羽目になりました。

私は、お礼参りしてないのかな?と思って聞いたら、やはりしていないとのことで、すぐに行ってお礼とお詫びをしてくるように言いました。


もうすっかり信者になってる私です。


そりゃあ、地鎮祭で祝詞の時にオリオン座が出現するのを見てしまったら、そうならざるを得ないでしょう。

息子のことも祈りたいけど、無信心な人のことを代理で祈るとバチが当たるので、人のことは祈らず、行っても「こんにちは、ありがとうございます。」だけ祈ります。


神様もお参りに来る人が少なくて寂しいと思います。自分の要求を神様に聞かせるのではなくて、挨拶に会いに来てくれる人を神様は待っている気がしています。

お参りに行くといつも賽銭箱に庭の花を摘んで置いていく方がいます。

きっと神様もその人の心根を喜んでいることと思います。


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