明日香村に行った時の話
若い頃、奈良県の明日香村が好きでした。
小学校の遠足の時に見た亀石をもう一度見たいと思っていました。
時が過ぎて、高校の時の同級生が明日香村の子でした。(Yちゃん)
とても遠いのに、毎日電車を乗り継いで高校に通っていて、途中で私と合流する形になり、よく話をしながら通学していました。
彼女は親の示す道を生きるのが辛そうでした。決められたレールがあり、自分の意のままには生きられないとのことでした。
私は親が何も生き方を教えずに家庭を崩壊させたので、逆に親から構ってもらえるその子が羨ましかっのです。
親にレールを敷いてもらいたかったのに放り出されたと思って生きていたから。
大学生になり、仲良し四人組で日帰り小旅行をすることになり、私は明日香村を提案しました。
久しぶりに明日香村のYちゃんの家に寄って顔を見て帰りたかったので、その旨連絡だけして小旅行に出かけました。
亀石、飛鳥寺など、貸し自転車で訪ね歩いたあと、最後に立ち寄ったYちゃんの家で、座敷に上がるように勧められ、なんと西瓜をご馳走になったのでした。
こんな丁寧なおもてなしをしてくれるなど、想像もせず、ただ顔を見て帰路に着く予定だったので、お土産も用意せず、恐縮しまくった私。
ところが、一緒に行った仲良し四人組の友達の一人が、お母さんに言われたらしくお土産を用意してくれていたのでした。
「育ちが良いというのはこういうことだなぁ、私は赤っ恥だわ。」と自分の育ちの悪さを恥じました。
そして、お土産の助言をしてくださった友達のお母さんに、「お陰で失礼にならずに済みました。」と心の中で感謝して胸を撫で下ろした一幕でした。
人間、生まれたところで生きるのは、道端に生えている雑草と同じです。
Yちゃんは誰もが羨む美しい花と生まれて、私は道端のネコジャラシ(エノコログサ)と生まれたのだろうと思います。
Yちゃんは幸せにしているだろうか、どうか、今は自由な心で生きていてほしいと願う今日この頃です。
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