感じることを教えてくれる猫たち
猫って、感じることに重きを置いているみたいです。
なぜそう思うかというと、寝室のお局、オハちゃんが教えてくれるのです。
オハちゃんは、「ちょっとおバカさん」な猫で、吐き気を催すと布団の上で吐いてしまう猫で、いくら床で吐いてと頼んでも聞いてくれません。
歴代、人語を解する猫たちも多くいましたが、オハちゃんは人語を解するよりもテレパシーを感じるタイプのようです。
私がリビングで用事をしていると、和室の網戸からじっとこちらを見ています。見て感じているのです。うまく表現ができませんが、見て考えているのではなく感じているのです。
私がオハちゃんの頭や体を撫でている時、他のことを考えながら撫でていると、ゴロゴロと喉を鳴らしません。オハちゃんのことを感じながら撫でるとゴロゴロと喉を鳴らしてオハちゃんも私のことを感じています。
この「感じる」ということを、私も子供の頃にはやっていたのに、大人になってからは感じるよりも考えることに重きを置いていたなと、今更ながらに感じます。
亡くなった母は、感じることをよく出来ていたと思います。
母を晩年に私の家に連れてきた時、一緒に母と寝ていたアマちゃんという猫と、感じ感じられているのを、私は目撃していました。
母の世代は、まだそういう感覚を持っていたのでしょう。
この感覚を失いつつあるのは、もしかしていつも手から離さないスマホの影響があるのかなと思っています。
右脳よりも左脳を使うことが多くなっていて、感じるよりも考えたりインターネットの情報にお伺いを立てたりして、自分の感覚を失くしていっているのではないかと思います。
私には猫たちが、その失われつつある感覚を手放さなくて済むように歯止めになってくれていると思う今日この頃です。
そしてテレパシーの練習の相手もしてくれていると思っています。猫様に教わった諸々の知恵を動物病院で皆さんに広めることで私はおマンマを食べているので、猫様には足を向けて寝られません、と言いつつ足でオハちゃんを撫でて寝ている私です。



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