犬猫教の話
最近思うのですが、犬猫教ってあるよねって。
昔からある宗教が、人々の行いを良い方向になるようにしていましたが、その上に「お金教」が上書きされてしまいました。
お金のためなら魂を売り渡すようなことを平気でするようになり、嘘をついたり騙したりしても、とりあえず金持ちであれば許されるという感じになっています。
ところが最近、犬や猫を可愛がる人の中に、お金教を上書きして、犬様猫様のためには、お金を惜しまないし、自分が先に死なないように体に気をつけたり、犬様猫様が人から嫌われないように掃除をしたり、避妊去勢手術を施したりするような人たちが現れ出しました。
いたいけな瞳でじっとみられたら、自分の中の汚れた部分を見透かされて恥ずかしくなるのは、私も経験済みです。
まるで神様仏様のお使いのような存在なのです。
お金教が蔓延る世の中で、私の職場は気持ちの優しい人たちが集まっていて、心穏やかに過ごせて幸せです。
それを私は犬猫教と名付けました。
犬猫教には年齢制限があり、後継ぎがいなければ、最後は諦めないといけません。これは飼いたいという欲を手放すことになり、仏教の修行にも通じるものがあると思います。
本当に犬たち猫たちは、神様仏様のお使いだなと思う今日この頃です。



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