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2022年10月

2022/10/10

居場所の話

子供の頃に、自分の居場所は家庭に確かにありました。

思春期の頃にその家庭が壊れてしまい、祖母が私たち姉妹の居場所を必死で守ってくれていましたが、私の足元はグラグラする地震の大地の上に立っている奇妙な感覚がつきまとい、ついには根っこがプカプカ浮いている浮き草のようでもありました。

「浮き草」という演歌が当時流行りましたが、自分が地面に立っている感覚のない人が世の中にはたくさんいるのだなと思いました。


私は自分の居場所を再構築したかったと思います。

当時、母は、「今の家を出てそのようにするのが女の子の定めである。」と、電話で遠隔操作してました。

そうじゃなくて、私が再構築したいのは、元の家族みんなが揃って笑っていた「あの家」でした。

結局はそんなことは無理な話で、私は遠いところに嫁に出て、妹も学校の近くに下宿したりして、家は祖母一人だけになりました。


息子が赤ちゃんの頃、お盆に帰省した折に、ゴルフの練習場でギックリ腰になり、婚家へ帰ることができないというアクシデントがあり、その時ばかりは初孫可愛さに皆が元通り仲良く過ごしたことは、私の夢が叶ったような思い出の一つです。


婚家では、私は、言われたことをするお手伝いさん的な立ち位置で、言いたいことも言えず、居場所はなかったという方が正確だったように思います。

冷蔵庫の食べ物を自由に食べることも遠慮があってできませんでした。


何とか居場所を作りたくて、バンドのボーカルをしてみたり、太極拳を習ったり、近所のママ友と話をしたりしましたが、居場所はありませんでした。

今は猫マスターとしての居場所ができて、私は幸せになりました。

これは、試しに「好きで生きていく。」と決めたことが良かったと思っています。


そんな人生を過ごしてきて、ふと周りを見渡すと、人の幸不幸を決めるのは、「居場所があるかないか」ということではないかと思います。

「お金があるかないか」よりも「居場所があるかないか」なのです。

居場所が欲しいために、人の居場所を奪う人もいました。

奪われた人の気持ちを考えず、人のものを奪うのは、私的には悪いカルマが付きそうで怖くてできませんが、けっこうあちこちで行われている気もします。


そう言う私もダンナのお母さんから見れば、居場所を奪った女になるのかもしれないし。


あれこれ振り返ってみましたが、不幸になるのは居場所がなくなることだと理解して、居場所さえあれば、たくさんお金がなくても心を落ち着けて地道に生きていけるのかもしれないと思う今日この頃です。

みんなが幸せで、自分の居場所がある世界になればいいなと思います。


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2022/10/05

女がどっしりと家を守る話

母が家を出た時は、私が高校2年で妹が中学3年くらいの時だったと思います。

私の中の母性的なものは祖母から吸収したような気がしますが、妹の場合は、当時仲が良かった友達のお母さんなのではないかと、最近思うことがありました。

そういえば、妹はその頃、その子の家に入り浸りのように遊びに行っていたんです。


その子のお母さんは、ビジネスウーマンで、仕事をバリバリする人でした。

割となんでも得か損かという計算も早かったような気がします。

ひとりっ子の友達も甘やかされることなく、特に経済的には学費を貸与して後で返してもらうということまでやっていました。

一度妹と一緒に遊びに行った時、そこの家には飼っていた小型犬がいて、仕事の時間が長いからか高齢だったからか散歩にも行かず、家の絨毯の上で糞尿をしてて、家に入るとウンコを踏まないように気をつけて歩かないといけないのでした。

家の中は犬のウンコの匂いがしました。

ベッドの上だけは犬が上がらないということで、私はベッドから動けませんでした。

この中で寝ているなんて、信じられないと思いました。

「ビジネスウーマンは自分には無理」と思ったことでした。


あれから数十年、私と妹はとても違うタイプの人になりました。

妹がとても仕事や勉強に意欲を持つのが、私には不思議で理解不能でした。

私は家をきれいにして快適に生活したいので、仕事に情熱をかけるなんていうことは考えられない人間なのですが、妹は違います。

まだまだ未来の輝ける自分を信じて切磋琢磨しています。

「真似でけへんなぁ。」というのが私の感想です。


妹が、母にも祖母にも似ていないし、一体誰をモデルに自分というものを構築していったのだろうかと、この前考えていて、ふと友達のお母さんを思い出したのです。

仕事一筋で家事は二の次なところといい、まるでそっくりです。

妹は中学3年の大切な時期に母親が家出をしてしまうという災難に遭って、母性的な部分を埋めるために、友達のお母さんをモデルにしたのではないだろうかと私は思ったのです。


今まで、妹の性格が男みたいなので、色々迷惑もかけられたし喧嘩もしたことがありましたが、育った環境を考えると可哀想だなと思えてくるから不思議です。

これは姉妹の情ということになるでしょうか。


母が亡くなった直後は、私の夢によく出てきていましたが、最近めっきり出てこないのは、母が妹のことを心配して付きっきりなのではないかと思ったりします。

実は妹は仕事に情熱を傾け過ぎて、家のことが疎かになっていた間に、家で問題が発生していました。

詳しい話はここではしませんが…


祖母は生前よく、「女は家から離れたらあかん。どっしりと家を守らなあかんのや。」と言ってました。

あの話は本当だったと思います。

妹の中に祖母のような心が芽生えて、家を守れるようになってほしいなと思う今日この頃です。








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