居場所の話
子供の頃に、自分の居場所は家庭に確かにありました。
思春期の頃にその家庭が壊れてしまい、祖母が私たち姉妹の居場所を必死で守ってくれていましたが、私の足元はグラグラする地震の大地の上に立っている奇妙な感覚がつきまとい、ついには根っこがプカプカ浮いている浮き草のようでもありました。
「浮き草」という演歌が当時流行りましたが、自分が地面に立っている感覚のない人が世の中にはたくさんいるのだなと思いました。
私は自分の居場所を再構築したかったと思います。
当時、母は、「今の家を出てそのようにするのが女の子の定めである。」と、電話で遠隔操作してました。
そうじゃなくて、私が再構築したいのは、元の家族みんなが揃って笑っていた「あの家」でした。
結局はそんなことは無理な話で、私は遠いところに嫁に出て、妹も学校の近くに下宿したりして、家は祖母一人だけになりました。
息子が赤ちゃんの頃、お盆に帰省した折に、ゴルフの練習場でギックリ腰になり、婚家へ帰ることができないというアクシデントがあり、その時ばかりは初孫可愛さに皆が元通り仲良く過ごしたことは、私の夢が叶ったような思い出の一つです。
婚家では、私は、言われたことをするお手伝いさん的な立ち位置で、言いたいことも言えず、居場所はなかったという方が正確だったように思います。
冷蔵庫の食べ物を自由に食べることも遠慮があってできませんでした。
何とか居場所を作りたくて、バンドのボーカルをしてみたり、太極拳を習ったり、近所のママ友と話をしたりしましたが、居場所はありませんでした。
今は猫マスターとしての居場所ができて、私は幸せになりました。
これは、試しに「好きで生きていく。」と決めたことが良かったと思っています。
そんな人生を過ごしてきて、ふと周りを見渡すと、人の幸不幸を決めるのは、「居場所があるかないか」ということではないかと思います。
「お金があるかないか」よりも「居場所があるかないか」なのです。
居場所が欲しいために、人の居場所を奪う人もいました。
奪われた人の気持ちを考えず、人のものを奪うのは、私的には悪いカルマが付きそうで怖くてできませんが、けっこうあちこちで行われている気もします。
そう言う私もダンナのお母さんから見れば、居場所を奪った女になるのかもしれないし。
あれこれ振り返ってみましたが、不幸になるのは居場所がなくなることだと理解して、居場所さえあれば、たくさんお金がなくても心を落ち着けて地道に生きていけるのかもしれないと思う今日この頃です。
みんなが幸せで、自分の居場所がある世界になればいいなと思います。



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