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2021年10月

2021/10/18

死んだら化けて出てあげようかな

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生まれた時から内職のために押し入れに入れられてた私は、明るい太陽の光が大の苦手で、部屋の中か、曇りの日しか目を開けていないので、世の中は虹色ではなく灰色でした。

生まれる前の記憶もあって、いやいや叩き起こされて生まれ変わって来ているものだから、早く元の繭玉の中に戻って眠りの続きをしたいと目論んでました。

それで、どうやったら風邪を引けるかとか、そんなことばかり考えている子供でした。
ある日、目の前に、美しい茶トラの猫が現れるまで…

3歳くらいの時の曇りの日に、家の前に大きな茶トラの野良猫がいたんです。
「全身に毛が生えていて美しい、これは何だ?しかも動いている。」とこんなことを思ってましたら、近所のおばちゃんが、「猫や猫や!」と言ってます。それで触ろうとして尻尾を掴みに行ったら、「尻尾引っ張ったら噛まれるでー!」と注意されて失敗に終わり、猫も逃げてしまったのですが、それ以来、「猫」という生き物がこの世界に存在すると思ったら、少しあの世へ帰るのを先延ばしにしようと思ったのでした。

そんな私は大人になってから、かれこれ20年は多頭飼育で猫の世話をしています。
先日は、熱を出して寝込んでいたいのに、ヒィヒィ言いながら猫のトイレ掃除をやってたら、息子が、「お母さんすごいな、そんな熱出しても猫の掃除はやめへんな。死んでからも幽霊になってやってそうやわ。」と言うので、期待にお答えして、死んでから四十九日の間、猫の掃除を鼻歌歌いながらしてあげようかなと思ったりします。

息子は幽霊とかオカルトの話を嫌がるので、実体験をさせてあげようかなと思います。
祖母が亡くなった時みたいに。

そんなことを思った今日この頃です。

2021/10/10

そういえば祟りかも?

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https://youtu.be/QK-uhPtt8jE

昔嫁いでいた婚家に、七代祟っても祟りきれない女の幽霊がいると、訪れたお坊さんに言われた話は以前ブログに書いたと思いますが、今思えば、七代目に当たる私の息子は、2回も水難に遭いそうになっては助かった経験があるのです。

水難だけではなく、よちよち歩きの時に、貨物列車の線路に入り込んでいるのを、飼い猫のフラウボウに助けてもらったり、祖母と地下鉄の階段を一緒に落ちて、祖母が庇って亡くなり、頭に大きなタンコブを作ったけど助かったり、九死に一生を何回やっとんねん!と突っ込みたくなるような幼少期だったことを思い出しました。

水難の話に戻ると、1回目は祖母が亡くなった後、私が身篭っていた双子の男の子達も早期中絶の水子となり、泣きながら実家を後にして、富山に戻った頃のことです。
私と息子が二人でお風呂に入っていて、私が髪を洗っている間に、息子が湯船の中で足を滑らせて頭を打ち、気を失って沈んでいたのです。
何か静かすぎると思って顔を上げると息子が白目を剥いて沈んでいました。ふざけているのかと思いましたが、呼んでも反応がないので慌てて引き上げて救急車を呼びました。
その日は当番の病院が、30分かかるところで、消防から教えてもらって人工呼吸したり心臓マッサージをしたりして救急車を待ち、結局白目剥いてから45分くらいして病院に着きました。
あの時は、3ヶ月の間に3回も葬式になるのかと、私も蒼白になりました。
病院で処置をしてもらって息を吹き返し、様子見で入院しましたが、すぐに回復して元気になりました。

もう一つの水難は、松田江浜という海岸に海水浴に行った時のことです。

息子と私が波打ち際で遊んでいると、突然大波が来て、私も息子も波のてっぺんから砂浜まで、ドーンっと叩きつけられたのです。
そして、息子はどこだと振り返ると、すごい勢いで波にさらわれているところでした。
10mくらい、普通に立つと大人の胸くらいある海底が引き波であらわになっており、そこに息子がいて、その後ろには第二波が来てました。

「あの波に飲まれたら連れて行かれる!」
とっさに立ち上がって、私は全力疾走し、息子のところまで行って息子を抱え、そのまま小脇に挟んで砂浜に向かって走りました。

ギリギリセーフで、私と息子は波から逃れて助かったのです。いや、怖かった。

あと、いとこの家に息子だけ連れて行ってもらってた時に、何故か工具の鑿(のみ)が喉元に
刺さって、血だらけになって帰宅したこともありました。

これだけ数えても5回は九死に一生ですわ。

それもこれも、離婚して大阪に戻ると、そんなことは起こらなくなりました。
今思うと、あれはやっぱり祟りの何物でもないような気がします。

参考

おいでおいで幽霊の話

https://nekoota.tea-nifty.com/akubineko/2006/02/post_1e85.html

 

おいでおいで幽霊のやりたかったこと

https://nekoota.tea-nifty.com/akubineko/2020/09/post-3ad0f6.html

2021/10/01

お濃の話

https://youtu.be/Ytikv9IcIU4

これは前にブログかホームページに書いたものと思っていたのですが、探しても見当たらないので、もしかして自分的にはものすごい黒歴史だと思ってて、書けなかった話かもしれません。

中学2年の時に、黒白の仔猫を拾いました。拾ったのは友達で、その子の家では飼えないからと、引き取ったような気がします。
家に連れて帰ってきて、飼いたい飼いたいとねだって、一応飼うことになりました。
名前は当時織田信長が好きだったので、そのお嫁さんの「お濃」という名前に決めました。

お濃は、耳を痒がったので、近くの簡単な治療だけしてくれる獣医さんに診てもらったところ、耳ダニがいるとのことで、当時は耳ダニの治療は耳掃除を毎日するくらいしかなくて、なかなか治らず、耳の中は真っ黒でした。

その頃住んでいたのはマンションの一階で、もちろんペット不可でした。父の仕事の関係で、そのマンションの管理人をしていたので、管理人が猫をマンションで飼うのはいかがなものかということになり、お濃はマンションの外のテラスに猫小屋を置いて、そこで寝起きしてもらうことになってしまいました。

結局、無責任な放し飼いになってしまいました。

お濃が生後6ヶ月くらいになっていたある日、祖母が買い物から帰ってくるなり、「お濃死んでるで。」と言いました。

大急ぎで外に出てみると、マンションの隣の塾の前で、お濃は横たわっていました。

車にはねられたのか、よくわかりませんでした。鼻血が少し出ているだけでした。道路にオシッコが流れていました。

 

私はお濃を抱き上げ、泣きながら獣医の元に走りました。尻尾がぶらんぶらんして、子供ながらにもうダメだと思いながら、一縷の望みを持って走りました。

獣医さんは、泣いている私に、「瞳孔が開ききっているし、もう死んでいます。」と言いました。

私と妹は大泣きしつつ、お濃を猫小屋に寝かせてロウソクとお線香をあげました。

猫をまともに飼えない自分の不甲斐なさが腹立たしくて嫌でした。

それから大人になるにつれ、お濃は祖母にマンションの上から落とされたんじゃないかと、ふと思うようになりました。
祖母の「お濃死んでるで。」の言い方が、何か胡散臭い感じを持ってました。

塾の子達が、「あの猫どうなったかなぁ。」と話しながら歩いていた時に、目撃情報を問いただしておけばよかったのに、気の弱い私は聞けないまま、祖母に疑いを持ちました。

今まで飼ってきた猫は、メス猫の場合、ほとんど生後6ヶ月くらいになると、死んだりいなくなったりしてました。

小学1年生の頃に死んだ三毛猫は、祖母によると大きな猫が来て首を噛んで殺したと言ってましたが、そんなこと、未だに見たことがありません。

私はその三毛猫の死体を埋めた場所を何度も掘り返して、ウジがわいていても掘り返して、最後に近所の薬局屋のおばさんに叱られるまでやめませんでした。

それが1番目の猫で、そのあとは行方不明です。死なすと私が墓を掘り返すから捨てに行ってるのかな?と子供心に不信感を募らせていました。

高校生になり、避妊手術をすれば増えることもないし、さかりがついて大きな声で鳴いて歩くこともなくなると、「猫の飼い方」の本で知り、高校生の頃から飼い始めたフラウボウは、一回だけ子供を産んだあとは避妊手術をさせました。さすがに高校生の私を騙せないと思ったのか、お金は出してもらえました。

大好きな祖母でしたが、猫に関してはずっと疑惑を持っていました。おそらく、父も母も共犯だったと思っていました。

親に食べさせてもらっている不甲斐ない立場では、本当に無力で何もできませんでした。

でもよく考えると、その原因は私にありました。猫が成長したあとに色んな不具合が発生することは、全く頭になくて、世話もほとんどせず祖母任せにして、私は学校から帰って憂さ晴らしに猫と遊ぶだけ。
猫の数を増やすわけにはいかず、当時は手術をしてくれる動物病院もなくて、避妊手術の知識もなかった祖母たちは、増えてから捨てるのもできずに、そんな手段に出てしまったのではないだろうかと。

今思えば、猫の避妊去勢を格安で頑張ったりしているのも、お濃たちへの鎮魂なのかもしれないと思います。

それと、長い間の祖母に対しての疑惑の原因は自分だったのだと、今回、深く考えて思い至りました。

祖母は汚れ仕事をさせられていたんだと思います。

そんな人を作らないためにも、体が動く間は動物のために頑張るつもりです。

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