おばあちゃん達
私が生きてきた中で深く関わったおばあちゃん達は、明治生まれの「みどりばあちゃん」と、大正生まれの「秋子ばあちゃん」です。
みどりばあちゃんは、まるでカウンセラーのように、知り合いの人の悲しかった話や傷ついた話などを聞いてあげて、一緒に泣いていました。
人の愚痴を聞くのは本当はとても疲れることなのに、一緒に泣くなんて、とても情が厚いなと、感心してました。
私に商売のやり方を教えてくれたのも、みどりばあちゃんでした。誰も教えてくれない商品の包み方を、80歳を超えて膝も痛いのに私に教えてくれました。
教員をしていた私ですが、アルバイトは本屋で1年くらい働いただけだったし、嫁に来て右も左もわからないのに誰も教えてくれなくて困ってたのです。
商売は見て盗むもんだとか、そんな感じだったのです。
「教えてくれよ〜!」と思ってたら、みどりばあちゃんが教えてくれて、「これでアホ扱いされなくて済むかなぁ。」と思ったものでした。
父方の祖母である大正生まれの秋子ばあちゃんも、情が深かったのです。
一人暮らしで寂しい人がいると、一緒にテレビ見ようと言って誘ってくるのです。
晩ご飯のおかずの買い物が済んで、食事の支度が始まるまでの2時間くらいは、おばあちゃん達のテレビタイムで、学校から帰った私も一緒に「大江戸捜査網」の再放送など観たものでした。
今となっては、赤の他人を家に入れて一緒にテレビドラマを観るとか、ちょっと考えられないけど、そんなことを普通にやっていました。
秋子ばあちゃんが亡くなったあと、テレビを観に来ていたおばあちゃん達も、次々に亡くなっていきました。
可哀想だったのは、身寄りがない一人暮らしのおばあちゃんで、文化住宅でコタツで寝たまま亡くなり、かなり経ってから発見されたことでした。
秋子ばあちゃんが亡くなったあと、道でばったり会った時に、「早く死にたいですわ。」と言ってました。
誰かの愛人のようでしたが、彼氏は家庭があり、だんだん足が遠のいていたようで、曲がり角まで出てきて毎晩待っていたようでした。
亡くなった時に仲良くしていた友達が迎えに来てくれてたらいいなぁと思うのです。
みどりばあちゃんも秋子ばあちゃんも、共に、死後、私の夢によく出てくれました。
死んでも終わりではないこと、生きている人が思い出したら、そばまで来ていることなど、夢の中で教えてくれました。
私も良いおばあちゃんになりたいものです。



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