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2021年4月

2021/04/30

未来の自分が過去の自分を応援する話

 まだ20代後半の頃の話。

当時の夫の仕事上の知り合い家族と共にスキーに行くことになりました。

その時に、相手家族の幼稚園児が不思議なことを言うのです。

「このおばちゃん、奥さんじゃないよ。」って。

相手家族さんは、「シーッ、言っちゃダメ。」とか言ってました。

 なんで幼稚園児がそんなことを言うのか不思議でしたが、その後すぐに答えはやってきました。

夫のバンド仲間とまたスキーに行くことになり、私も息子を連れて参加しました。

そうしたら、バンドのボーカルの女の子と夫のスキーウェアがお揃いでした。

 ということは、その彼女は仕事上の知り合い家族とも夫と一緒に会ったことがあり、子供の目で見たら当然夫婦に見えていたということになるのでした。

 それまでも、私が実家に帰っている間に、女の人が家に上がり込んでいる気がしていました。戻った後にお風呂を掃除したら長い長い髪の毛が排水溝に溜まってました。私はワンレングスのショートヘアでした。

 夫のセーターに長い毛が付いていたりして、私は自分を誤魔化すために髪の毛を伸ばしてみたりしたものです。

 夫に聞いても絶対に付き合っていないと言うばかりですし、当時は防犯カメラも車載カメラもないですから証拠がなく、私の妄想ということになってました。

 そんなこんなで、私の20代後半の人生は真っ暗闇でした。

大阪から遠く離れて嫁に来て、友達もほとんどいないのに、頼りの夫は他に彼女がいるのです。息子のために自分はしっかりしないといけないのに、悲しくて悲しくて、いつも泣きそうな気分で生きてました。

 そんな環境だったのと、小学校に馴染めず息子が不登校になったことをキッカケに、バッサリと辛抱して生きるのを切り捨てて、大阪に戻ってきました。

 大阪のマンションの隣の駐車場で、夕方に太極拳をしながら空を見上げていると、空の彼方から自分を誰かが応援してくれているような気がしました。

それまでもずっと誰かが応援している気はしていたのですが、その時はとてもハッキリと感じたのでした。

 今思うと、それは未来の自分ではないかと思えます。当時はスピリチュアルにハマってたから、プレアデス星人が応援してくれているのかな?とか思ってましたが。

 今、優しい家族と犬猫に囲まれて幸せに暮らしながら、たまに昔の悲しかった過去を思い出します。悲しい記憶が蘇ると、私は過去の若い自分に、「頑張りや~、最後は笑う時が来るから~」と念を送ります。

 念は、時空を超えて、きっと届いていたのだろうと思えるのです。

2021/04/11

要領よく生きる術を教えてたのだろうか?

 小学6年の3学期に、親の事業資金のために家を売ることになり、しぶしぶ転校することになりました。

 転校といっても、隣の学区に行くだけなので、親には何も負担は無かったですが、子供たちには大変な負担でした。友達はいない、勉強は遅れている…etc。

 私が入ったクラスの担任の先生は、中年の男の先生で、生徒たちから「ジンサク」と名前で呼ばれて、あまり尊敬されていなかったのです。

 前の学校でも、担任の先生は中年の男の先生でしたが、お坊さん兼任で、みんな「藤本先生」と呼んで尊敬されてたんです。

 前の学校では、理科の実験をたくさんしてくれて、子供たちは和気あいあい、協力しあって不思議な化学の現象を観察したりして楽しかったのですが、転校した学校では、実験は無し、テストは「毎日の勉強」というドリルの問題がそのまま出るので、暗記していけばOKで、私の世界は急に黒い雲に覆われていきました。

 私は何でも器用にこなせる方だったから、転校した当初は悪かった成績が、「毎日の勉強」のお陰で、100点を連続して取れるようになりました。

 そうしたら、クラスのほぼ全員から、嫉妬のせいか憎まれるようになりました。逆に、どうしたら「毎日の勉強」を前の日にやってるのに60点しか取れないなどということがあるのか不思議でした。

 ある日、階段の一番上の、屋上に出る扉があるスペースに呼び出され、行ってみると、クラスのほぼ全員が待っていて、私がカンニングをしているのではないかと詰め寄られました。

 気の強い私は、「ここで負けたら虐められる!」と感じて、必死で弁明しました。

 「毎勉やってたらテストに出るって教えてもらったからやってただけ。みんな知らんの?知ってるのに悪い点しか取られへんの?うちの親は学校の目の前の信号渡ったところにある不動産屋やけど、私に何かあったらあんたら殺されるからな!」と言ってやりました。

 「不動産って何?こわいのん?」とかヒソヒソ言いあってるので、「ヤクザとも知り合いやで!」と、カマをかけてやりました。

 そういうことで、私はイジメに遭わずに済みました。親の職場が学校の目の前にあったことと、父親は背が高く男前で、いかにも強そうに見えたから、運が良かったです。

 イジメの話はさておき、転向した後の担任の先生ですが、今で言うセクハラもやってました。名札を見るフリをして、名札をガバッと掴むついでにオッパイを触りました。

 なるほど、それでみんな女子は「ジンサク」と呼び捨てだったのかと納得しました。

 今、当時のジンサクよりも歳をとった私が彼のことを思えば、ジンサクも自分の生きる世界に諦めというかガッカリしていたんではないかと思います。

 日々の楽しみも、今のように多彩なコンテンツは無かったですし、家では「ダメおやじ」みたいに嫁さんから虐められてたりして…

 とにかく、ジンサクは、「世間は要領なんやで。」と思っていたのではないかと思います。

 学校教育というものが、自分で考えるよりも、与えられたものを覚えたもの勝ちである現状から見れば、ジンサクのやっていたことは一番効率よく要領よく生きる術を学べたのかもしれません。

 ついでに私は人から虐められない方法も学べて一石二鳥でした。

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