チェリーが逝きました
チェリーは、妹の家にもらわれてきたビーグル犬でした。
横浜で飼われていたのが、飼い主の離婚のために飼えなくなったということで、奈良のドッグトレーナーさんが引き取って、ドッグトレーナーさんの知り合いのボランティアさんが里親探しをしていたそうです。
私の家の隣の妹宅に連れてこられたときに、私は二階のベランダから様子をうかがっていて、ワゴン車から出てきたチェリーはベランダの私と目が合って、とても嬉しそうな顔をしたのに、引っ張られて、私のほうを振り返りながら妹の家に入っていったのを覚えています。
なんだかチェリーをがっかりさせたかもしれないと、ちょっと心がチクッとしたことを覚えています。
二年くらいして、チェリーはギックリ腰になり、妹から相談を受けたのがきっかけで、私もチェリーにかかわり始めました。
母が、近くのマンションに引っ越してきて、共働きの妹の家に掃除をしに来たりして、そのついでに散歩に連れ出すようになり、母はみるみるうちにチェリーにのめりこみ、昼間はほとんどチェリーを連れて出歩くようになりました。
認知症がひどくなってきて、犬の散歩が徘徊のようになり、しまいには自転車で近付いてきた人の足にチェリーが噛みついて、それを母が謝らずに逃げて帰ったという惨事が起きて、それ以来、チェリーの散歩には、私が自分の家のモモちゃんを連れて、一緒に行くのが日課になりました。
そんな流れで、母が亡くなった後、チェリーのことを放り出すわけにもいかず、母の死後は供養だと思って、毎日世話に通いました。
正直、私も仕事をしているし、チェリーのために一時間くらい時間を取られるのはしんどいなと思ったことがありましたが、チェリーも待っているし、ベランダで初めて会った時のようにガッカリさせてはいけないと思い、頑張りました。
二年くらい前から、左目の下が腫れてきて、結局、癌で、手術をしてもらって一旦は元気になったけれど、案の定転移していて、最後は腹水が溜まって歩けなくなりました。左の頬っぺたの内側にもできものができていました。
母も左の歯肉癌だったので、同じような場所にできるのが不思議でした。
私も左の上顎洞の手術を二回もしているので、なんだか私の左の頬っぺたから出ている邪気を受けたんだろうかとか、変なことを考えたりして...
チェリーの死後、母とチェリーが一緒に写っている写真を、私のスマホの中から探し出しました。
チェリーは、いつも母のそばで大喜びで笑っていました。
母がついに散歩に行けなくなって、チェリーが残された後の写真は、いつも少し寂しそうな気がしました。
認知症の母とチェリーと大型犬のモモちゃんを連れて散歩に出るのは、その時はつらいと思っていたけど、今思えば、かけがえのない幸せな時間だったと思います。
道を歩いていて、私より年輩のご近所さんが、「お母さんと散歩ができてうらやましいわ。」と声をかけられたことがありましたが、本当にそう思います。
母とチェリーと散歩しながら、家々に咲き乱れる花の写真を撮ったり、こいのぼりをみて、「ほんまに泳いでるみたいや」と言い合ったことなどの思い出が、きらきらと輝く光の粒になって、手のひらから零れ落ちていく感じがします。
チェリーが亡くなった夜に、家で茶碗を洗っていると、ふと、母とチェリーが並んで歩いていく姿が頭に浮かんで、「ああ、お母ちゃん、来てくれたんやな。」と独り言ちて、ほっとしました。




写真は母とチェリー。
一番最後は、去年、術後、一旦元気になった頃。
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