誰にでもある若かりし頃
この前、押入れをゴソゴソしていたら、若い時の写真が出てきました。
キラキラとしたオーラを放って、「青春!」って感じ。
そういえば、母の遺品を整理していたら、母の水着写真が出てきて、「昔、私はモテモテやった。」と言っていたのが真実だったかもと思ったりしました。
若い頃は、自分が年老いていくなんて想像がつかなかったけど、母が老いていくのを目の当たりにしたし、自分も近所の子から「おばあちゃん」呼ばわりされるようになって、老いというものを嫌でも感じていて、「死ぬまでには猫がいないようにしておかなくては。」などと、思うようになりました。
その辺を歩いているヨボヨボのおじいさんやおばあさんにも、若くて輝いていた時があり、ヨボヨボの体の中には、実は、若い時のままの柔らかい心が息づいているんだと、今の私は思えるようになりました。(だってJBJとかTWICEとか言ってる私)
それは、猫のお陰でもあります。
猫が、どんなに歳を取っても撫でてほしいと思っている、そんな様子をみていると、人間も、強がってはいても、実は、頑張っていること、耐えていること、病気で苦しいことなど、褒めたり慰めたりしてほしいものなのだなと、思うのです。
それで、宗教があるのかもしれません。誰にも言えないことや褒めてもらえないこと、慰めてもらえないことを、神様や仏様に話しかけたりするために。
年老いた猫に優しくするみたいに、年老いた人にも優しくしてあげたいと思うようになった最近の私です。
若い頃、小さなことにクヨクヨしたりして、損したなと思います。もっとやりたいことを思いっきりやれば良かった。私は大人達の忠告に従順だったので、ちょっと後悔しています。
学校の先生になんかならずに、歌手になればよかった。
だから、息子がみる夢を応援してしまうのかもしれません。







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