シャボン玉のカプセルにいる私たち
11年前に書いた日記が出てきて、「なかなかいいこと言うてまんがな。」と思ったので載せておこうと思う。
あの頃は、副鼻腔の手術の後、オーラが景色に溶け込んでいる気がしていた。ある意味、自分の境界が無くなってたのかな。
2006/8/24
想像してみる。
私たちは丸いシャボン玉のようなカプセルの中にいると。
カプセルには「ミラーモード」と「クリアモード」というスイッチがついている。
自分がミラーモードのスイッチを入れると、カプセルの外は見えなくなり、かわりに自分が作り出す物語が始まるのだ…まるで、映画館かプラネタリウムのように。
ずっと見続けていると、その物語があたかも本当のことのように思えるけれど、実はミラーモードで映し出された世界。
ミラーモードは、私たちの心を映す映写機だ。
クリアモードは、心を静かにしていると表れてくる真実。
クリアモードから見えるのは、同じようなたくさんのカプセルがあることと、やさしい愛の光が差し込み、さわやかな風が吹いていること。
ミラーモードで恐ろしい映像を真実のように体験したとしても、大丈夫。本当はカプセルの中で見ているだけだから。
もう、こんな映像見たくない。
もっといいのが見たい。
そう思ったら、自分でチャンネルを切り替えれば良い。
人生ってそういうものだ。
自分の心がすべての鍵を握っている。
それも見るのに飽きてしまったら、時々クリアモードに切り替えて、エネルギーを補給できる。
そして、新しいことに挑んだっていいのだ。
「死」とは、この安全なカプセルのシャボン玉が割れること。
光と風に混じっていくことだ。
そんな感じかもしれない。
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