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2017/11/06

シャボン玉のカプセルにいる私たち

11年前に書いた日記が出てきて、「なかなかいいこと言うてまんがな。」と思ったので載せておこうと思う。

あの頃は、副鼻腔の手術の後、オーラが景色に溶け込んでいる気がしていた。ある意味、自分の境界が無くなってたのかな。

2006/8/24

想像してみる。
私たちは丸いシャボン玉のようなカプセルの中にいると。

カプセルには「ミラーモード」と「クリアモード」というスイッチがついている。

自分がミラーモードのスイッチを入れると、カプセルの外は見えなくなり、かわりに自分が作り出す物語が始まるのだ…まるで、映画館かプラネタリウムのように。

ずっと見続けていると、その物語があたかも本当のことのように思えるけれど、実はミラーモードで映し出された世界。

ミラーモードは、私たちの心を映す映写機だ。

クリアモードは、心を静かにしていると表れてくる真実。

クリアモードから見えるのは、同じようなたくさんのカプセルがあることと、やさしい愛の光が差し込み、さわやかな風が吹いていること。

ミラーモードで恐ろしい映像を真実のように体験したとしても、大丈夫。本当はカプセルの中で見ているだけだから。

もう、こんな映像見たくない。
もっといいのが見たい。

そう思ったら、自分でチャンネルを切り替えれば良い。

人生ってそういうものだ。
自分の心がすべての鍵を握っている。

それも見るのに飽きてしまったら、時々クリアモードに切り替えて、エネルギーを補給できる。
そして、新しいことに挑んだっていいのだ。

「死」とは、この安全なカプセルのシャボン玉が割れること。
光と風に混じっていくことだ。

そんな感じかもしれない。

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