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2017/09/17

神社の木の枝が切られて思うこと

大依羅(おおよさみ)神社の鳥居の横の木が、ある日スッパリと切られてしまったのです。

すぐ隣には阪南高校のプールがあって、そこに落ち葉が落ちるからだとは思うのですが。

何年か前には、裏側にある桜並木の枝が、阪南高校のテニスコートに入った部分をバッサリ切られて、切られることを嫌うらしい桜並木は、元々弱っていたのが更に弱り、衰弱の一途をたどっています。

大依羅神社の木を切ろうとしたら、バチが当たって関わった人が次から次へと災厄に見舞われる言い伝えを知っていた古老が、去年亡くなった途端の出来事でした。あのおじいちゃんは、木を守っている存在だったのだなと思います。

そして、私は、この場所を離れて、もっと自然の残っているところに移住したい気持ちがドーンと出てきてしまいました。「きっと神様たちも思っているはず…」そう思い始めました。

「大昔の龍神伝説は、もはや泡となって消えたかもしれない。この地はもう守られない。」そんなことが心をよぎるのです。

そんなある日、室外機の温風が余計に気温を上げる都会の夏の暑さにも疲れて、「これ以上暑さが続くのだったら本気で移住を考えて準備しよう。」と思った夜に、通り雨が降って、急に涼しくなりました。

その降り方が、まるで何かの合図のように、急に降ったと思ったら、急に止むの繰り返しでした。

それで、「きっと私に行ってほしくないんやわ。」と勝手に思って、少し思い止まっています。「私が居なくなったら、途端にこの地に災難が降りかかったりするのかな?」などという妄想とともに。

龍神さんや木霊さんたちに残された自然は、ほんとうにごく僅かです。この残された自然を大切にしないことが続いたら、龍神さんや木霊さんとともに引っ越したいと思います。

ちなみに、先日、犬の散歩の時に立ち寄った時、50〜60代の女の人が、切られた木の幹に手を当てて、何かを念じていました。「木に謝っている人がもう1人いるのかな?」と思うと同時に、「どうか、切られて弱っている木の気を吸い取ってませんように。」と心の中で祈りました。





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