人しか救えない
人に食べられるために生まれて来る動物がいる。
俗に言う家畜。
殺されるために生まれて、文句の1つも言わない家畜たちを、「神々しい」とダンナが言いました。
揚げ足をとるようだけど、私は疑問に思いました。
救えるのは、そのことに気がついている人間だけなのに、「神々しい」とただ感心して、見ているだけで良いのかと。
自分は食べないから良いとしても、食べない人を増やすようにしていかないとダメなんではないかと。
人間が、食べるのをやめたなら、殺されなくて済むのだから。
家畜の道を選んだからこそ、爆発的な数を増やすことができたのだから、ある意味、種を増やすために人間と取引したようなものだと、息子などは言います。
数が増えさえしたら、狭い檻に閉じ込められて、親は子と引き剥がされて、人間に食べられるために短い一生を終える、それで良いのだろうか?
豚も牛も鶏も土を踏んで草を食べたりしたいだろうに?と私は思います。
「自然は神が人に与えたもの」と、考えるキリスト教的な考え方が、私は嫌いです。
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