猫は益獣なのですよ
前回の「TNRの行き着く先を思う」から、もっと深く考えていたら、猫は「益獣」なので、犬のように保健所が捕獲して処分できないということを思い出しました。
ダンナがボソッと言っていたと思います。
猫がいなくなると、ネズミが大発生して、ペストが大流行するというのは、歴史が証明しているようです。
それで、野良猫を、犬のように明らさまには処分できないのですが、都会で暮らす野良猫はとても苦労していて、それを見ていられない善意の人たちが、TNRという技を編み出しました。
これ以上、数を増えないようにする代わりに、その場所に一代限り置いてもらうというわけです。
野良猫を助けるために生み出された苦渋の策なのです。
けれど、これ、善意の人の財産を削りながら、野良猫削減計画を推し進めているような気もします。
野良猫が都会から消えたあとは、猫を飼おうと思ったら、お金を出して買わないといけない。そう、今、犬がそうなっていて、日本に昔からいた雑種がどんどん少なくなり、みんなブリーディングされた純血種になって、ペットショップが大繁盛しているようなことが起こってくるかもしれないなと、ふと思いました。
私は野良猫が狩をしながら、ある程度生きていけるような余裕が、都会にあった方が良いと思います。
全ていなくなったら、困るのは都会に住む人間です。
問題は、家の中で飼っているのに避妊去勢せずに沢山生ませてしまい、家が猫地獄になったり、それを避けようと、避妊去勢していない猫を公園に捨てたりして、野良猫を増やすことになっていることだと思います。
そうならないためには、「猫を飼うなら避妊去勢をする」という、法的なことも必要だし、「避妊去勢手術代は低価格でできるような料金にしないといけない」という獣医に対する法的なことも必要だし、さらに言うなら行政の助成が利用できるようにして、その周知徹底も必要です。
野良猫を低価格で手術してくれる病院は増えているのに、飼い猫の避妊去勢手術の値段は上がる一方のようで、そのことを私は心配しています。
いつか技術が進んで、車はタイヤが無くなって、50㎝くらい浮いて走るような近未来に、都会の街並みにはたくさんの緑地帯が設けられていて、家々の軒下には野良猫用の箱に毛布が入っていて、自由に人とともに共存する猫たち。もう野良猫とは呼ばれず、自由猫と呼ばれて暮らす猫たち。
そんな近未来が、日本の都会にやってきますように。
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