「木がいる」派と「木がある」派
よく、街中に、木にLEDの電球をたくさんくくりつけてあるのを見かけます。
私はあれがキライです。
木を見たときに、「木がいる」と思う文化と「木がある」と思う文化があると、誰かがTwitterで教えてくれていましたが、私は「木がいる」派だなと思います。
木を、人間と同じ感覚で考えるから、もしも自分が、電球のついた電線を体にくくりつけられて、夜な夜な点灯されたら、どう思うだろうか?と考えてしまうのですよね。
木は動けないから、黙ってそのまま耐えていますけど、もしも動ける足や、取り払える手があったら、逃げ出したり、取っ払ったりしてるんじゃないだろうか?そう思ってしまうのです。
原発の電気が夜に余るから、街灯はどんどん増えて、夜は明るくなる一方です。
昼に光合成をしている木は、夜は休息しているそうですが、街灯は明るいわ、枝に電飾が巻きついているわで、ちっとも休めなさそうな気がします。
「木がある」派は、木をただの巻きつける物体だと思っているのだろうな。
私は完全に「木がいる」派だなと思います。
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