人間に地球の代わりはできない話
壊れた自然の中で苦労する生き物を、何とか楽に暮らせるように保護をするけれど、結局飼い殺しになるということを、家の中だけで猫を飼っていると、嫌というほど思い知らされるのでした。
「人間は地球の代わりはできない。」
「壊れた自然を、これ以上壊さないようにするしかない。」
「人間も、自然に近づいて生きる道を模索したほうがいい。」
こんなことを、毎日考えています。
大自然の中では、猫のウンコやオシッコは大地に吸収されたり、バクテリアが分解したりして、土になってしまいます。
そしてそれを肥やしにして、また草が生えてということで、共生関係なんですよね。
これを人間が家の中だけで真似をすると、それはそれは大変なんです。
掃除が大変。
砂代が大変。
ストレスが大変。
大変だらけです。
1匹くらい飼っているだけではわからないのです。私みたいに20匹以上飼っていたら、すぐに気が付きます。
猫のことに限らず、現在では、人間が生活すると、全てのことにおいてゴミが出て、自然環境が破壊されてしまうのですよね。
それをなんとかしようとして、あれこれ便利なものを考え出すけれど、結局、嘘が雪だるま式に膨らんで収拾つかなくなるみたいになって、破壊ばかりが進む、人間の世界。
そう、今の人間の世界って、基本、「嘘」なんですよね。
土台から、「人間は万物の霊長」という勘違いとも言える「嘘」から始まっている。
人間なんて、心の美しい動物たちに比べたら、ちっとも偉くもなんともないと、私には思えます。
こんなことを言うと、動物に興味のない人からは馬鹿にされるし、犬や猫を助けたりしていると、幼稚に見えてしまうのかもしれませんが、だからこそ、難易度が高い学びなのだなと思ったりします。
そんな人間の中でも、何も気づかずに地球に迷惑をかけ、生き物たちを踏みにじって生きている人間よりは、生き物たちを助けようと苦しんでいる人間の方が、魂のレベルとしては上なんだろうなと思います。
そうは思いますが、お金が全ての世の中で、地球の真似事をするのにも限界があります。
もっと、根本的に何かを変えていかないと、ダメだなと思います。
対症療法ではなく、本当に治す治療法を探さないといけない時期が来ているように思います。
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