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2016年1月

2016/01/30

知らぬ間に民営化

私の住む地域では、何だか「知らぬ間に民営化」になっているのかな?と思うことがあります。

例えば、紙の資源ゴミを週に一度、燃えるゴミと分別して出すことになったのですが、朝から民間の業者が、気に入ったダンボールや新聞紙をさっさと積んで持って行ってしまいます。

行政のゴミ収集車が、昼過ぎに来て、残った分を持っていきます。

それはそれで良いと思うのですが…

以前、京都かどこかで、アルミ缶を集めているホームレスの人が、行政から「窃盗」呼ばわりされていた新聞記事が記憶の片隅にあり、今回の私の地域の出来事は、窃盗とは言われないのかどうか、ヒヤヒヤします。

行政が諸手を挙げて賛成していると良いのですが。
業者だと賛成で、ホームレスだと窃盗とかではない事を祈ります。

けれど、知らないうちに民営化みたいなことになっていることが、どうも、けじめがついていない、変な気持ちになるのです。

話変わりますが、プラスチックゴミは、きれいに洗ってから出すように指導されていますが、それには水道代がかかります。

水道代をかけて出されたプラゴミは、果たしてリサイクルされているのでしょうか。

そのことが、やはり、ずっと気にかかるのですが、確かめようにも、本当の事を教えてもらえるかどうかわからないし、そんな活動ばかりして食べていっている人でもないので、気になりながらも放置状態な案件です。

お金がなくて水道代を払えなかった人が、料金の収集の人に「水道を止める」と脅されて、「どうしたら良いのか」とすがると、「公園で汲んでこい」と言われたそうです。
そんな話を聞いたので、そんな人はプラスチックゴミは洗わずに捨てた方が良さそうだと思ったりする、今日この頃です。

2016/01/29

パワハラの店

外食が多いので、けっこう寛げる店を探すのが大変です。

味が良くても、店主がバイトにパワハラしてたりすると、一気に食欲が失せる、私たち家族です。

うちの家族は全員、とても繊細な神経を持っていて、少しでも意地悪な雰囲気を感じると、もう、そこのお店には行けません。

以前、メニューも豊富で、遅くまで開いているお店を見つけたのですが、どうも店主がクドクドとバイトに説教をしているんです。

まず、カウンターに1番近い席にいつもいたダンナが気がつきました。

そして、「あそこの店、行きたないねんけど…」と私に訴えていたのです。

それで、私も食べる時に耳を澄ますようになり、やはりクドクドを聞いてしまい、行きたくなくなりました。

息子だけは、カウンターから1番遠い席にいて、そのクドクドが聞こえなくて、いつもメニューの豊富なその店に行きたがりました。

仕方がないので、私はダンナと席を代わってあげて、少しでも遠くなるように気をつけていました。

ある日、ついに、息子が、そのクドクドを聞く日がやってきました。

聞いた後の帰り道、おもむろに息子が言いました。

「あの店にはもう、行かんとこう。店主がパワハラしてるのが聞こえて、食欲が失せて一つも味がわからへんかったわ。」

「前から言うてるやん、お父さん、ずっと辛抱してくれててんで、あんたが行く行く言うから。」

「ごめん、聞こえへんかってん。あんな酷いってしらんかってん。」

と、このような会話があり、それ以来、一度もそのお店には行っていません。

お店のご主人に、何のためらいもなく、「そのパワハラやめてください。」と言えたら良いけど、そんなこと言えない小心者の私たちは、すっと立ち去るより他、選択肢はないのです。

流行らないお店というのは、何か、そういう原因があると思います。

いくらテレビに出てもダメです。

そうそう、前にも、店の主人が、手伝ってくれている奥さんに腹を立てて、八つ当たりしたり、お皿や調理器具をぞんざいに扱うのを見た時も、行かなくなりました。

食べている最中に、そのような光景を見ると、奥さんの心中を察したり、店の主人の顔色を見たりするので、辛くなるのです。

食べ物のお店以外でも、そういうことはあると思います。

上の立場の人が下の立場の人を叱るときは、意地悪な言い方をせず、理性的に言ってほしいし、客の前でやらないでほしい。

これは、商売の鉄則だと思います。

2016/01/28

子供の時は月がこわかった

月って怖くないですか?
私は子供の頃、月が怖かったです。

太陽みたいに明るくなくて、たまに赤い色をしていたり、よくみると、何か模様が見えるしで。

みんな、「ウサギが餅をついている」と言うのですが、私には逆さまになって見えるし。見るタイミングがそうだったのかどうか、一度確かめようとは思っているのですが…

三日月は昔、石けんの花王のマークで、三日月を横顔に見立てて、目と鼻と口がついていたように記憶していますが、あの顔も、怖かったんですよね。

木内鶴彦さんの臨死体験の記憶からの話で、「月は地球には最初からあったものではなく、大量の水を含んだ巨大彗星が、地球の重力に引き寄せられて近づいて、大雨降らせた挙句に、当時の進んだ文明を滅ぼした説」を本で読んだ時に、不思議な納得感を覚えました。

その本に書いてあったかどうか忘れましたが、女性の月経も、本当は年に一回だったのが、月が出来たせいで、月に一回となったという話。
月経過多の貧血で死にそうだった私には、その話は非常にインパクトがありました。

もしそれが本当だとしたら、毎月血液が失われるために、栄養を摂取しようとする気持ちが強くなり、「女は強欲」などと思われて、しまいには、「女は男の肋骨から作られた」とか、女の業は男の7倍とか(これは祖母が言ってた)言われる始末なのではないかと思ったりしました。

そんなことを考えてしまう私は、「もしかしてアトランティス時代に生きていた魂の記憶でもあるのかしら?」などと、妄想してしまいます。
もし、アトランティスに生きていたとして、地球に近づいてきた巨大彗星から大雨が降り、みるみるうちに陸地が無くなり、溺れ死ぬしかなかったとしたら、さぞかし無念だっただろうと思うし、魂に刻まれても仕方ないよね…などなど。

そして、もう一度、別の彗星が現れて、同じような惨劇になる可能性は全くのゼロではなく、「二つの月を持ち、ほとんど海の惑星」となることもあり得るんだなと思います。
(二つ月って、「精霊の守り人」というアニメに出てきてた、そういえば。)

宇宙から見たら、宇宙戦艦ヤマトに出てくるイスカンダル星みたいな…(海が80%で陸地が20%、ちなみに地球は海が70%だったかな?)
まぁ、妄想ですけどね。

満月になると、心臓がボコボコして、そうなると、大きめの地震が来たりして、私の心臓や地球が、月の重力に干渉を受けていると感じるのも、余計にそう思う原因かもしれません。

そんなわけで、私は月が苦手です。

2016/01/25

今までで夢中になった韓流ドラマ

今までで夢中になった韓流ドラマをあげてみたいと思います。

シークレットガーデン

まだ、こんなに夢中になる前に、NHKのBSプレミアムで偶然1話目を観て、韓流ドラマって、面白いなと思いました。

太陽を抱く月

シークレットガーデンを観終わって、太陽を抱く月に続き、これも1話1話、楽しみに観ました。

私の期限は49日

韓流ドラマは週に1話だけだった私に、中毒患者のように続け様に観たくなったのは、このドラマ。
妹が中毒になっていて、私をそそのかしました。

その後、面白そうなドラマはないか、CATVのチャンネルをチェックするようになり、片っ端から録画をして、好きだと思ったものを一気に観るということを繰り返しています。

面白かったものを並べてみます。

馬医
奇皇后
シンイー信義ー
イルジメ(一枝梅)
TWO WEEKS
シティハンターin SEOUL
屋根部屋のプリンス
九家の書
朝鮮ガンマン
イニョン王妃の男
ナイン ー9回の時間旅行ー
サメー愛の黙示録ー
主君の太陽
ヒーラー〜最高の恋人〜
キルミーヒールミー
君を憶えてる
高校生世渡り王(ナイショの恋していいですか?)

などなど。

そして、
星から来たあなた。

私はファンタジーラブロマンスに目がないのです。

小学生の時は、E E スミスの、銀河系防衛軍という子供向けの本に夢中になり、コンウェイ コスティガンが初恋ではないかと思われます。

私の手のひらに、レンズはないのだろうか?どうしてないの?あったらいいのにー!

小学生の私は、自分がレンズマンでないことに、大変ガッカリしていました。

というわけで、もう地球には生まれ変わりたくない私ですが、韓流スターになれるのだったら、考えてみようかな?と思う今日この頃です。(多分無理)


2016/01/23

韓流ドラマ「星から来たあなた」の副作用

「星から来たあなた」というドラマが、韓国で大ブームになっていると、韓国旅行に行ってきた鍼の学校の先生に聞いていたんです。

母が存命の時なので、2年以上前だったと思います。

それ以来、日本で放送してくれないかなと、ケーブルテレビのチャンネルをいつもチェックしていました。

放送されることはされたのですが、課金チャンネルで放送されたきりで、次は無料だけどCMで番組がカットされるBSのチャンネルで、「かれこれ3年経ちそうだ。」と思っていたら、やっとlalaTVで放送されたのですよね。

lalaTVも、途中でCMが入るけど、カットが短くて、マシかな…と思って録り溜めました。

長々と書きましたが、それくらい、苦労して録画したのです。
レンタルDVDは返し忘れて8000円も払ったことがあり、こわいので、こんな苦労をしているのです。

それで、ですね、やっと全部録画し終わって、観たんですよ。
これが、面白くて面白くて、ノンストップですわ。

面白すぎて、観終わってから、副作用が出てしまいました。

現実がつまらないんです。

だって、「宇宙人の魂のワンダラー」を自負している私の、今の現実がショボすぎて。

超能力はないし、若さもないし、お金も暇もない…

地球を救うために来たのに、救えないどころか、人類は地球からいなくなった方がいいかもしれないなどと思うくらいの、最近の情勢です。

「超能力ほしいー」
「宇宙人に会いたいー」
ドラマを観終わってから、無い物ねだりの子守唄状態。

車を運転していたら、山下達郎の「希望という名の光」という曲が流れてきて、何だか悲しくなって、涙までちょちょぎれました。

寒くて曇りの日が多いから、脳内伝達物質が不足しているのかな?その上ドラマを観て、少ない脳内伝達物質を出し切ってしまったとか?

また面白いドラマをみつけたら、元気になれるだろうか?

とりあえず、「夜を歩く士」と、「ジキルとハイドに恋した私」というのが、今のところ課金チャンネルでしか放送されていないので、普通に観られるCATVのチャンネル枠で観られる日を楽しみに待ってみようと思います。

この二つは面白そうなんですよね。


2016/01/21

昔あった出来事〜ホームレスさんと犬の物語〜

10年以上前の話です。

知り合いのボランティアさんから、ホームレスさんの犬の里親探しを手伝ってほしいとのことで、当時は珍しくパソコンをいじれた私が、里親募集のサイトに掲載依頼をしたことがありました。

とても犬を可愛がっていたのに、急に犬を置いたまま、ホームレスのおじさんが行方不明になってしまい、犬が2匹、おじさんの住んでいたテントから離れようとしないので、犬の世話をしていた人づてに頼まれて、テントのある公園の近くに住んでいた知人が、テントの撤去の前に犬を連れ出すことになりました。

うろ覚えですが、かれこれ1ヶ月以上、その場を離れなかったように記憶しています。その間、心ある人たちから食べ物をもらって命をつないでいたようです。

テントの撤去が始まって、衝撃の真実がわかりました。

おじさんは、テントの中で亡くなっており、白骨化した状態で出てきたのだそうです。

「そういえば、テントから蛆虫が落ちてきていた」と、犬のご飯を持ってきていたおばさんが後から言っていたそうですが…(はよ気ィつけよっ!と、心のツッコミ)

テントを撤去するまで、おじさんは犬をほったらかして失踪したと思われていたのでした。

「それで、犬がそばを離れなかったのか…」と、周りの人たちは腑に落ちて、さて、犬をどうするかということになりました。
このままだと保健所行きしかなかったのでした。

仕方なく、一旦、知人が自宅に連れて帰り、里親探しをダメ元でやることになり、私に白羽の矢が立ったのでした。

しばらく近所の鉄工所が、敷地内に犬を預かってくれたりもしました。

私も、元ホームレス犬だし、ダメかもなぁ〜と思いつつ掲載依頼をしたところ、1匹が、里親募集の申し込みを頂いて、なんと、もらわれることになりました。

お家には、九官鳥だったと思いますが、小鳥が放し飼いになっているとのことで、心配したのですが、小鳥に悪さをすることもなく、見事に順応してくれて、めでたくお試し期間が終了し、玉の輿に乗りました。

もう1匹は、この文章を書くにあたって確認したところ、愛想が悪かったので里親探しは諦めて、そのまま知人の家で飼うことになり、去年、亡くなったそうです。

あの事件から、10年以上経つのだなぁ…
今も、里子に行った子は元気で、2年ほど前にも中之島祭りのバザーに遊びに行った時に、偶然再会したのでした。

ホームレスのおじさんが、天国で見守っている気がした、そんな出来事を、ふと思い出しました。

こんな出来事を思い出すと、事情のある犬や猫の里親になってくれた人に、「きっと良いことがありますよ。」と、心から感謝の気持ちが沸き起こり、胸が熱くなります。
きっと、天は、みてくれていると思います。

不思議なことに、ホームレスの人が飼っている犬は、だいたい性格がおとなしく、忠誠心が厚いのです。
四六時中、飼い主と離れずにいるからではないかと思われます。


2016/01/10

菜食と肉食を選べるのは人間だけ

「菜食と肉食を選べるのは人間だけだなぁ。」と思うんですよね。

動物の中には犬や猿のように雑食系がいますけど、意志の力で菜食を選ぶのは人間だけではないかと思います。

ということは、魂のレベルアップがしたかったら、「意志の力で、無益な殺生をしない選択」をするという、禅やヨガの考え方は、合っていると思えます。

だいたい、肉はガンのエサで、生野菜は腸の善玉菌のエサという時点で、野菜に軍配があがると思うんですよね。

それに、肉のN-グリコリルノイラミン酸が動脈にくっつくと、アレルギー反応が出て、アテロームという血管を狭める原因のかたまりができるという研究結果をテレビでやってましたが、これは、東洋医学的に言うと、「瘀血」という状態であり、血管の梗塞を引き起こし、そのような状態は、ガンの元でもあります。

だから私は、長生きしたかったら肉をやめる方がいいと思うのですが、私の菜食への道のりも、紆余曲折がありました。

子宮筋腫があるために、貧血になり、一時期、肉を食べるように医者から言われたこともありました。
言われて食べてみたものの、生理痛はひどくなるし、肉は、ちっとも美味しく感じなくて、逆に生臭く、体からも生臭いのが漂ってきて、鍼灸学校通いが終わり次第に、またやめてしまいました。

やめてみて良かったことを、並べます。

痩せた。
生理が終わった。(故に子宮筋腫も気にならなくなった)
体から動物の臭いが減少した。
体から余分な脂が出なくなり、必死でお風呂に毎日入らなくてもよくなった。
何故か生理が終わると同時に、年中苦しんでいたアレルギー性鼻炎が治ってしまった。

母の介護と仕事と貧血で、「もう死にそう…」と思ったから治ったのか、母が私の病気を持ってあの世に行ってくれたのか、菜食になったご褒美で治ったのか、色々思案してみるのですが、治ったのは事実です。

まぁ、菜食が色々お得だということを、私がいくら言っても人って聞かないものだし、これ以上は言いませんが、地球の生き物の中で、自分の食べるものを選択するのは人間だけであり、その選択を、慈悲の心でするのであれば、何だか魂のレベルアップになるのは確かな気がします。









2016/01/04

子供でも冷静に判断できたら非行に走らない

私は子供の頃、器用なところもある反面、ボケーっとして周りの空気が読めない子でした。(今もですが…)

そんな私の家庭環境が、穏やかなものから一変して波風が立つようになったのが中学3年生になった頃でした。
「普通はグレるでしょう」というシチュエーションでしたが、私は「グレる」という選択はしませんでした。

「グレて自分に何の得があるのだろうか?」と考えてしまうのです。

元々の生命エネルギー自体が弱い病気がちの子だったせいかもしれません。
なりふり構わずグレて親に訴えようということは、「何かしんどいし、アホらしい」と思ってしまって、できませんでした。
ボヤッとした自分のキャラクターにはグレるのが似合わないにもほどがありました。グレている子と友達にもなれそうにありませんでした。
それに、グレて家族と口をきかなくなると、飼い猫のことで問題が発生しそうでした。これが1番のネックでした。私は仔猫をよく拾ってくる子でしたから。

それで何をしたら良いかというのも、悪い頭では考えつかず、悪い頭でひねり出したのが、「とりあえず勉強しておこう」でした。

悩みたくても、頭が悪いと悩めないんです。
本を読んでも字がわからないし、意味もわからない。

自分の若い頃を思い出して、あの時グレていなくて良かったなと思います。

もしもグレていたら、今ごろは何をして暮らしていたのだろうか?

でも、家庭が崩壊する年齢がもっと小さい時だったら、どうなっていたかわかりません。

経済的に恵まれていない場合もわかりません。

私には支えになってくれた祖母がいたから、助かったのかもしれません。

結局は、「猫を飼えなくなったらヤバイ」という打算が1番大きかったのではないかしら?

まじめに生きていたお陰で、親の方が私に借りがある感じで、優位な立場で猫を飼えたし。

もしも近くに、グレそうな子がいたら、グレて自分が得するのかどうか、冷静に判断できるように、そばにいる人が導いてあげられたら、いいかもしれないと思います。

損得勘定でグレなかった子供時代を思い出しました。






2016/01/03

不自然=お金がかかる

家が猫だらけになってから、悟ったことがあります。

それは、「不自然=お金がかかる」という法則。

猫が自然の中で、自分の食べ物を自分で調達して生きていたら、ごみも出ないし猫砂も要らない。

これを、不自然に生きる人間が、猫をそばに置きたいばかりに家の中で閉じ込めて暮らすと、お金がかかることかかること。

私の若いころは、猫は半野良で当たり前で、トイレも、近所の河原とか草むらで済んでいたのですが、今となっては、そんな空き地がまずないし、河原に行こうとしたら、その前に車にひかれて死んでしまいかねませんから、仕方なく、家に閉じ込めるようになっています。

それに、昔は寛大だった人たちの心が狭くなり、まるで都会は人間だけのものであり、「人間のルールには猫にも従ってもらう」と言わんばかりの人が現れ始めました。

心、せま。

可哀想な仔猫をみつけたら、自分で助けようとせずに、猫好きの家の前などに置いていく無責任な人もおり、「心狭い人&無責任な人」の尻拭いを、私は10年以上してきたのです。

私も、だんだん年を取ってきたので、今いる猫たちを見送ったら、もう家に動物を飼うことはしたくないと思っています。だから、職場にも自宅にも防犯カメラを設置しました。

どちらかというと、不自然に生きるのをやめて山の中に入りたいくらいですが、そうもいきませんしね。

それにしても、不自然に生きると、お金がかかるなぁ。
犬猫のフード代、砂代、医療費。一か月に10万円くらいかかっています。
そのせいで、仕事の量を減らしたくても減らせない。その上、また消費税が上がるという。

おかげで、この世界の仕組みに気が付くことができました。

不自然に生きると、産業が立ち上がり、金儲けができる仕組み。
不自然の中で便利を追求し、欲望を刺激するやり方。

このシステムに乗せられて、苦労してきたんだなと、つくづく思います。

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