先日、シンガポールの動物園の話を少し書きました。
ゆるい枠の中に囲まれて、自由でいてそうではなく、その代わりに食べることには困らない生活。
「これって、自分がそうなのよねぇ、お金という枠の中で縛られながら、自由なつもりだけど自由ではなくて、ひょっとしたら、地球は宇宙から観察されている動物園じゃないのかな?」と思っている今日この頃。
そういう自分はというと、人間の不自然さに翻弄される可哀想な猫たちを家に引き込んで、閉じ込めて暮らしている・・・
自分も閉じ込められているけれど、猫たちも閉じ込めて生きている。
外にいる猫も、苦労して生きている。
そんな猫を助ける人を助けて生きている自分。
毎日、可哀想な猫の話をたくさん聞いて、心を痛めている自分。
かと言って、これ以上、家の中に猫を閉じ込めて暮らしたくはないし、外で飼いたくても仕事柄もあるし隣近所に気を遣うからそれもできない。
そもそも、私の住むあたりは40年位前まで田んぼと畑ばかりだったのに、いつのまにこんなに建物や道路ができてしまったんだろう。田んぼなんて、ほとんど無くなってしまった。
これも、お金のせい。
土地の持ち主は、相続税の問題や、何かにつけてお金がかかる世の中で、田んぼを耕すよりも効率よくお金が手に入る方法を選んでしまった。
今さら、昔の農家には戻れそうもないし、子孫に伝達もしなかったから、アスファルトを引っぺがしても何も作られない。
聞けば今の世代は、種の撒き方も知らないらしい。親の世代が教えなかったらしい。そういう話を別々の二人から聞きました。
みんなうすうす気が付いているのだろうか?
何かおかしいと感じているだろうか?
人間は、宇宙人の動物園に住んでいて、その中で動物園を作ったり、ペットを閉じ込めて暮らしているのではないだろうか?と、ふと思ってしまうのです。
それとも本当は動物園ではなかったのに、いつの間にか、何かの罠にからめとられて動物園に入り込んでしまっているのでしょうか・・・?
最近、こんなことを考えています。
最近のコメント