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2015年4月

2015/04/28

太陽系家族

太陽系が、太陽を中心とする家族だとしたらと想像してみました。

太陽から遠い惑星が年上で、太陽に近くなる程、年下と考えてみると、地球は下から3番目の妹になります。

一番太陽に近い水星は、まだまだ親の手のかかる赤ちゃんですね!

地球は心の優しい惑星で、自分の上で小さな生き物たちを住まわせていて、愛でている。

木星と土星は地球のお兄さんとお姉さんで、そんな地球に隕石が落ちたりしないように、重力で守っている。

天王星や海王星も、彗星の進路を変えたりして、優しくて美しい妹を守っている。

金星や水星は、いつか自分も地球みたいになるんだと思っている。

火星は、本当は地球みたいな星だったけど、今はもう海も無くなってしまって、生き物も住めないから、地球にエールを送っている。

太陽は、そんな子供達に暖かい光を送って愛でている。

そんな太陽系家族を想像しました。

もしも、地球に住む生物が、地球を死の星にしようとしているとわかったら、太陽系家族たちは、どうするのだろう?

まずはなんらかの方法で、生物たちに地球を大切にするように伝えようとするのではないだろうか?
地球自身も、生物たちに気づかせようとするだろう。
それでも気づかれずに、地球に危機が迫ったら…

最終的には生物たちを排除するしかなくなるのではないだろうか?

地球は地震や津波や天変地異を起こすだろう。

木星や土星は、隕石の軌道を地球の方向に近づけて、たくさんの流星群を見せるかもしれない。

天王星や海王星は、彗星の進路を変えて、地球の近くを通るようにするかもしれない。

太陽は、フレアを出して、地球を温めたりして地球の行ないを助けるだろう。
どんなに警告しても聞き入れられない場合は、最終的に太陽が地球に向けて、全ての生物や空気や水さえ無くしてしまうような太陽風を送り込むかもしれない。

もしかすると火星が、そうなった後の状態なのかもしれない。
もともと火星には生物がいたけれど、生き物たちの身勝手をいさめるためにあのような姿に太陽系家族と火星がしてしまったのかもしれない。

そんなことを想像しました。
そんなことにならないように、生き物たちのリーダーである人間は、地球を大切にしてほしいと思いました。


2015/04/27

文明崩壊後はどうなるか。

文明崩壊してしまったら、私の住む大阪はどうなるのかな?と思って考えてみました。

食料はもちろんなくなるし、清潔な水もなくなる。
流通が無くなり、山から木も持ってこられないから、家も建てられない。
紡績ができなくなるから、衣料にも困るだろうな。

はじめのうちはゆっくりと不便を感じるくらいだろうけど、そのうち、動くものは自動車以外、食べ尽くされてしまうかもしれなくて、そのあとは生き残った人間同士の殺し合いになるかもしれない。
草の根も食べつくすかもしれない。

太平洋戦争の時、都会では、いくらお金があっても食べるものがなくて、稲ワラを鍋で煮込んで食べていたという話を聞いたことがありますが、今は稲ワラさえありません。
そこらじゅう、アスファルトで固められているからです。
煮込む時の燃料は?
革靴を煮込んで食べる人が出てくるだろうか?とか…

そんなことを考えながら歩いていた時、ふと、近所の公園に、一時避難場所という看板を見つけました。

考えたら、災害が起こった時に、どこにも逃げる場所がありません。
長居公園という大きな公園がありますが、全員入るわけもない感じがします。
看板をみつけた近所の小さな公園は、本当に小さくて、そこら辺のマンション3軒くらいの住人が逃げたら満員という感じ。

そこまで考えたけど、ハッと気がつきました。
私は、犬猫がいるからどこにも逃げられないのだった。1匹や2匹ではないのだから、家にとどまって籠城するしかなかった…
家から動かずに、様子を伺うしかできない身の上だったと…

その上、食料が無くなってきたら、家の犬猫たちを狙われるかもしれないし、家の中で弱肉強食みたいになるかもしれない。

いやはや、想像は膨らむ一方です。
家が残っていればラッキーですけど。

まぁ、そんなことにならないように、地球さんと太陽さんに感謝して、恩に報いる生き方をしていきたいなと思います。


2015/04/23

私が予言の本を読むわけ

今までにも何度かホームページやブログで書いてきましたが、私が予言の本を読むわけを書いておきたいと思います。

私は子供の頃から、天井をぼーっと見上げているうちに不思議な世界に入り込んで、色んな情報を得ていたのです。

その中で、3Dの映像でみせてもらった最も重要な予言があり、あまりにもショッキングなために、当時は子供だったということもあり、一旦忘れて、「日本に住んでいれば、いずれ本で思い出せる。」というキーワードだけを覚えていたのです。

それで、色んな本を読んで、情報を集めていました。

そんな中で、地球の環境の悪化と、人類の文明崩壊の映像をみたのではないかと思うようになりました。

不思議な世界の記憶では、最後の場面だけを覚えています。
すべての映像を観終わり、宇宙空間から地球を見おろしている私に、誰かの声が、世界中に散らばった仲間を探して集めるように言いました。
小学生の時は1970年前半ですが、大人になる頃には、世界中と簡単に繋がる方法が発明されるから心配はいらないと教えられました。
電話とテレビしか無かった時代です。

そのうちに大人になってからインターネットができるようになり、半信半疑だった記憶に確信を持つようになりました。
それも、最初の頃は、パソコンでやっていたのが、今ではスマホでいつでもどこでも世界と繋がれるのです。

文明崩壊には色んなバージョンがあるのでしょうが、地球は、危ないところに来ています。
人間が欲を捨て、感謝の気持ちで慎ましく生きるようにならないといけないと思います。
日本人だけではなくて、世界中の人がそうならないとダメなのだと思います。

そんなこんなで、グランドファーザーの予言とか、プレアデスのチャネリングの話とかを読んできました。

私たちがいる空間には目に見えない情報が存在していて、そこにアクセスすれば、未来や過去も知ることができるのです。

蛇足ですが、子供の頃に、宇宙にアクセスすることを意識して作った曲が、昔のヨーロッパの教会の合唱曲だというのを大人になってから気付いたりしました。日本ではマイナーな曲です。

発明も予言も、案外そういうところからきているのかもしれません。

そろそろ、みんな気づかないと、もう待ってもらえないところまできているのではないかと感じています。

この話を読んで何かを感じた人で、外国語に訳せる人がいたなら、この話を世界中に広めてほしいと思います。



2015/04/20

赤い空とグランドファーザーの予言

空が赤くなったという情報を、最近ちらほら聞きます。
先日もモンゴルで真昼間に空が赤くなっていたとか。

これは、太陽の活動と関係があるのかもしれないと私は思っていますが、限られた地域で限られた時間に出ている分には、まぁ、まだ大丈夫かな?と思えます。
けれど、世界中で同じ時に空が赤くなった時は、人類滅亡のカウントダウンの始まりだと予言した人がいるのです。

それは、グランドファーザーと呼ばれるアメリカインディアンで、名前をストーキングウルフという人です。
もう今は亡くなられています。

世界中の空が赤くなるというのは、太陽からCMEというフレアのお化けみたいなのが地球全体にストライク!となった時なのではないかと思います。
強烈な電磁波で、地球上は電子レンジ状態になるかもしれません。

空が赤くなるという予言は三つ目の予言で、実は四つ予言はあります。

二つ目まではすでに現実となってしまったので、あと、三つ目の予言が実現してしまったら、人類滅亡のカウントダウンです。

助かるのは、山の中に入って動物のように自然と共に暮らす地球の子だけだとグランドファーザーは言いました。
空が赤くなったら、1年以内に山に分け入って、都会から隔絶して生きないとダメだそうで、なぜなら、そのあと食糧危機が起こって、人々は殺し合って共食いになるからだそうです。

けれど、今の私たちに山の中でテントも無しに寝るような生き方ができるでしょうか。
私はウォシュレットがないと、トイレもままならなくなっている都会の人間ですし、できれば、人々の意識が、地球を大切にする方にパッとシフトしてほしいと願っています。

シベリアのタイガに住むアナスタシアは、人が自然の中で暮らせないことはなく、大自然は人間に必要なものを全て与えてくれていると言っています。

私もいざとなったら、それを試してみたいけれど、家族や猫がたくさんいて、自由に動くことままなりません。
そんな人が大部分だと思うので、どうか、人々が欲を捨てて、ただ生きていることに感謝して、地球を消耗させる生き方をやめてくれますようにと願っています。

赤い空。
このキーワードを忘れないように、よろしくお願いします。

大変参考になるサイトがありました。そちらですみずみまで読んでみてください。
響き合う世界 ReLAXIS

2015/04/19

ノーブラ作務衣生活

私は中期中絶をやったから、乳腺にシコリがありました。
30代の時に検診に行った頃は、いつも脇のリンパが腫れていて乳房にもシコリがあったので、毎年検診して乳癌に気をつけるように言われてしまいました。

私は面倒くさがりやで、毎年の検診なんて無理でしたので、結局、ほったらかしになりました。

そのうち、母が自分の着物を、知り合いの和裁ができる人に作務衣にしてもらったからといって、何枚か譲ってくれました。
私が作務衣作務衣と言い出した頃で、自分でもジーンズ作務衣など買ったりしていたので、喜んで貰い受けました。

それで、ですね、本題に入りますが、私はブラジャーが嫌いで、なんとかブラジャーなしの服装は無いかと考えて、作務衣に辿り着いたのです。
なぜブラジャーが嫌いかというと、締め付け感が苦しいのと、痒くなったりするのが嫌だったからです。
ブラジャーをしていると、嫌でも女性を意識して生きてしまいますし、お転婆な性格の私は、大人しくブラジャーをして女らしくするのが窮屈でたまらなかったのです。
作務衣は前が二枚合わせになっているので、ブラジャーなしでも透けることはなくて、自由な気分を満喫できたのです。

もう一つ、中期中絶の後遺症で子宮筋腫があり、重症の貧血になっていたので、ブラジャーをしていると息をするのも苦しくなっていました。
私には作務衣は救世主的な存在に思えました。

作務衣を着てブラジャーをしないことによって相乗効果がありました。
いつも腫れていた脇のリンパが正常に戻りました。
シコリも全くありません。
牛乳も飲まないし、肉も食べなくなっているし、乳癌の心配は遠のいたと思います。

というわけで、乳癌を心配している人は、是非、ノーブラ作務衣生活をお勧めします。


2015/04/17

丸め込む人と丸め込まれる人

同じような丸め込みで、世の中がグラデーションのように成り立っているということを、発見しました。

昔の事なのですが、お金を借りて、借りた相手に返さない人がいました。
返してもらえない方は当然怒るのですが、借りた人は面白い方法で借金を忘れさせる特技があったのです。
それは、共通の敵を作って仲間意識を作り上げることでした。
他人が聞いたら妄想とも思える話をでっち上げて相手を丸め込み、借金を忘れさせて一緒に敵と戦うのです。
私の聞いた話は、大したことのない世間話みたいなものだったけれど、この図式は、小さなものから大きなものまで様々あって、果ては国同士のイザコザにまで発展します。

例えば、政府に対する不満をそらすために、隣の国が悪いと国民に吹き込んだりするのもその一つなのではないかと思います。

学校でのイジメも、自分に災いが降りかからないように、徒党を組んで弱い1人をスケープゴートにします。
だいたい始まりは、一人が言い出した捏造の話から始まったりするのです。

この、捏造話がすごく得意な人が、数パーセントの確率で世の中に存在し、その人たちに踊らされて、普通の人は生きているのかもしれないと思ったのです。

たまたま丸め込まれている人を観察する機会があったので、こんなことを考えたのですが、そういう目で見たら、世の中丸め込みだらけなのです。

丸め込み、仮想の敵といった、グラデーションの世界から抜け出るにはどうしたらいいのかなと思いますが、とりあえず、人の話を鵜呑みにせずに、自分の頭で考えることが大切なのだと感じます。

ちょっと、今生きている世界にガッカリしてしまいましたが、人の話に惑わされずに今を精一杯生きて、笑って暮らせるようにしようと思います。





2015/04/14

迷える子羊を導く羊飼いになってください

有能な人は、普通の人々の生き様や暮らしは羊の群れのように見えるのかもしれない…
高いところから烏合の衆を見渡せば、物事を深く考えることもなく、ただ流されて生きている人々の営みが見えることだろうと思います。
時間をつぶして生きている人々を眼下にみれば、バカに見えるかもしれないけれど、有能な人には、ぜひ、そんな烏合の衆を正しく導く羊飼いになっていただきたいと思うのです。
羊を襲って食べてしまうオオカミとして生きるよりも、迷える子羊を導く羊飼い、もしくは牧羊犬として生きてほしいと思います。
そんなことを、ふと、今日は思いました。

2015/04/13

自己免疫疾患になりやすい生活

リウマチの人などと話をしたり体を見させてもらったりして感じたことを、東洋医学やスピリチュアル的な考え方を併せて考察してみようと思います。

まず色白の人が多いです。
体全体、肌がきれいな人が多く、色白美人が多いです。
顔を洗ったりするときに、冷水を使う人がいました。
お風呂の上がり際に冷水を浴びる人もいました。
どちらも、色白の肌を保つために、わざとしていました。
色白の秘訣は冷水と言っていました。
東洋医学では、色白の人は肺虚とみます。
体表を外から守る衛気を冷水を浴びる事によって、直接流してしまうことで、物理的に肺気虚の状態にしていると考えられます。

冷水を浴びたりするのは、西洋医学的にみても交感神経緊張を促します。交感神経が緊張した後、リラックスした時に副交感神経が上がってきますが、この、自律神経の上げ下げが激しくなると、免疫系の不具合が出るのではないかと、想像します。

次に甘いものが好き。
甘いもの好きは東洋医学では脾虚とみます。
西洋医学的にみると、ストレスから逃れるために、甘いものを食べていると考えられます。

性格的には、怒りを表現できないか、しなくて怒りを溜め込むタイプ。
お淑やかな女の人が多いです。
怒りを表現できないか、しない人は、スピリチュアル的に言うと、ネガティヴなエネルギーを外に出せず、内に向かわせてしまいます。

東洋医学では怒りを表現しなければ、肝鬱になるといわれています。

肝気が鬱滞して溜め込まれると、相克関係にある脾と肺が虚すことになります。
軽いもので考えると、過労のストレスから風邪をひくというのが肺虚で、胃を壊すのが脾虚となります。

ここまで考えてくると、ストレスからくる「肝鬱」がすべての土台となっていて、ただでさえ肺虚や脾虚になりやすいところに、冷水を浴びたり、さらなるストレスを溜め込んだときに、自分の体を免疫が攻撃してしまう状況が発現するのではないかと考察します。

では、どうしたら治るかというと、やはりストレスの除去やストレスをやり過ごす防御法を身につけることも大切かと思います。

内観的な瞑想や、呼吸法、怒りを手放す方法を模索できれば、症状の軽減や治癒に希望を持てるのではないかと思います。

鍼灸では、本治法と標治法を併せて、肝鬱脾虚、肺虚の治療をしていけば良いのではないかと思います。

鍼灸とカウンセリングと瞑想などを掛け合わせた治療ができれば、いい線行くのではないかと思います。



2015/04/07

動物愛護ビジネス

動物愛護ビジネス

介護ビジネスとか、貧困ビジネスとか聞いたことがありますが、動物愛護ビジネスもあるのですね。

今までボランティアがしていたことを、お金儲けの方法としてシステム化したものが動物愛護ビジネスであるようです。

ボランティアさんも、犬を保護したり治療したり不妊手術するので費用がかかるため、その分を、里親さんから寄付を受け取る形でお金をもらう場合もあるらしいのですが、動物愛護ビジネスの場合は、不妊手術なしで寄付ありで、先日は不妊手術していない雑種の犬を3万円で引き取った人が検診に来ていたみたいです。

「3万円というところが、渋い金額やなぁ〜。」と思いますが、犬をもらった人は、自分はボランティアで良いことをしていると思っています。

動物愛護ビジネスで里親募集しているサイトをみると、純血腫が多いですが、たまに雑種も混じっていて、カムフラージュというか、「やっぱりボランティア?」とか思ったりして惑わされます。

システムの概要を、自分が作るとしたらどうするかと想像してみたのですが、立ち位置は里親とペットショップの中間にして、両方から手数料をもらえるように取り計らえば、一挙両得で損はしなさそうです。

売れ残りの犬猫を、ペットショップから手数料をもらって引き取り、里親からも寄付を募る。ついでに保険に入らせて紹介手数料ももらえそう。
カレンダーや服などのグッズ販売もできそうですし、けっこう、動物愛護ビジネスっていける?

動物愛護ビジネスで里親募集しているワンニャンは、純血腫が多くて可愛いからいいという人は、そこでもらったら良いと思いますが、世の中には、飼育放棄された犬猫や、捨てられた犬猫がたくさんいて、そんな犬猫たちが可哀想で、保健所などから助け出して抱え込んでいるボランティアさんもたくさんいます。

できれば、そういう人を助けてあげてもらえないかな…と、そんなことを考えている今日この頃です。

2015/04/05

不自然の道連れ

人と暮らす犬猫たちは、自然に生きることが不可能です。
もう狩りもできないし、暑さ寒さにも弱くなっているし、免疫力も弱くなっていると思います。

ペットたちは不自然に生きる人間たちの道連れになっています。
猫のトイレは売っている猫砂、犬の散歩はアスファルトの道、食べ物も売っているドライフードなどなど。

失われた自然を回復し、今の現状を改善していくのは、犬猫を愛する不自然な人間たちの責務だと思います。

これ以上の環境破壊をしないために、菜食で生きられる人は菜食で生きることも肝要だと思います。

最終目標はあるにせよ、全く自然の中に放り出すことができない現状のなかで、不妊手術は不自然な行いだとしても、それをしながら、少しでも自然と共生する方向づけをしていくしかないと思うのです。

理想とかけ離れているからと何もしないのは、罪です。
小さな一人一人の努力が、いつか形となって姿をあらわす日が来ると思います。

できることから少しずつをモットーに…

そんなことを考えながら、この頃仕事をしています。

寿命

晩年、寒いのに寒くないと言って、薄着だった母。
布団も、冬なのに毛布なしアンカなしで、昔の重い木綿綿の布団を一枚だけかぶり、シーツも夏用の薄いものを敷いていました。

血流は悪くなるし、ロクなことがないと思っていたら、認知症が悪化するしガンになるし。

寿命がきたら、人はそんな風になってしまうのだろうか?
まるで、小さなモザイク画のかけらが、風で吹き飛ばされていくような様で、母の心身は衰えていき、目の前から消えていった…

生きるということは、モザイク画を作っているようなもので、これ以上作れないとなった時に、今度は剥がれ落ちていってしまうものなのだろうか?

どうせ剥がれ落ちてゼロに向かうのに、どうして一生懸命ピースを貼っているのだろう?

そんなことを、この頃考えています。

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