戦時中の牛の話
ご近所の古老の家は農家で、子供の頃には家に牛がいたそうです。
当時は、牛は牛乳を搾ったり食用にするのではなく、農業の手伝いをしてくれる動物として、大切に飼われていたそうです。
今のようにトラクターやコンバインがなかった時代に、畑や田圃を耕すとき、牛が大きな鋤や鍬のようなものを引っ張って歩いていたそうです。
古老はある程度大きくなった頃から、牛と一緒に畑を耕す仕事を任されて、いつも牛と一緒にいたそうです。
いつも一緒にいるうちに、牛に声をかけなくても、牛は思ったところに歩いて行ってくれるようになっていたそうです。
ところが、太平洋戦争が激化して、日本が追いつめられてきたころ、ある日、牛を買う商人が家にやってきて、親と話をした後、牛は、連れていかれることになってしまったそうです。
家計を助けるために売られたのかもしれません。
牛は、家の門をくぐりぬけて連れていかれる瞬間、とても悲しそうな声で一声鳴いたそうです。
古老も胸が痛むけれども、親の決めたこと、子供が口出しできる立場になく、泣く泣く牛を見送ったそうです。
その時の一声が今でも忘れられないと、話していました。
古老の奥様が言うには、大阪府堺市の向こうに牛の屠殺場があり、そこへ向かう国道は、当時牛が行列をなして連れていかれていたそうです。
牛は涙を流しながら、何とも言えない悲しそうな声で鳴きながら、歩いて連れていかれたそうです。
今の古老も子供の頃があり、子供の頃には牛の行く末を悲しみ、小さな心を痛めていたのですね。
みんなが子供の心を思い出して、優しくなれたらいいですね。
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