愚痴はこぼさぬが花
ある人にとって辛いことは、別の人にとっては羨ましいことであったりします。
ああ、辛い辛いと愚痴を言っていても、聞いている人には、贅沢な悩みと受け取られることがあるのです。
例えば、私の場合はどうでしょう?
「15年間、家が猫だらけで、朝から晩まで世話に明け暮れて、旅行も行けないし、普通の人みたいに暮らしたい!」とボヤいたとします。
でも、もしそれを聞いた人が、猫を保護したくてもできない環境にいて、猫と暮らしている私のことをとても羨ましく思っていたら…
また他の事例を考えてみたいと思います。
専業主婦の場合はどうでしょう。
「朝から晩まで家事に追われて、飯炊き女くらいにしか夫から思われていないし、容色は衰える一方、小遣いもなくて、オシャレもできない!」という人がいたとして、その人のボヤキを私が聞いたら…
「いいなぁ、専業主婦になりたいなー、オシャレなんかできなくてもいいし、小遣いもいらないから、マイペースで飯炊き女してみたいわー。」と、家業を手伝っていて家で料理もする時間がない私は、そう思うかもしれません。
このようなことを考えていくと、愚痴を言うと、妬まれたりして、スッキリするどころか不愉快な出来事を招いてしまう恐れがあることがわかってきます。
愚痴は言わないに越したことはなく、愚痴を言う前に感謝できる部分を探し出し、幸せを噛み締めながら、前に向かって歩くことが肝要なのだなと思います。


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