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2015年1月

2015/01/27

愚痴はこぼさぬが花

ある人にとって辛いことは、別の人にとっては羨ましいことであったりします。

ああ、辛い辛いと愚痴を言っていても、聞いている人には、贅沢な悩みと受け取られることがあるのです。

例えば、私の場合はどうでしょう?
「15年間、家が猫だらけで、朝から晩まで世話に明け暮れて、旅行も行けないし、普通の人みたいに暮らしたい!」とボヤいたとします。
でも、もしそれを聞いた人が、猫を保護したくてもできない環境にいて、猫と暮らしている私のことをとても羨ましく思っていたら…

また他の事例を考えてみたいと思います。
専業主婦の場合はどうでしょう。
「朝から晩まで家事に追われて、飯炊き女くらいにしか夫から思われていないし、容色は衰える一方、小遣いもなくて、オシャレもできない!」という人がいたとして、その人のボヤキを私が聞いたら…
「いいなぁ、専業主婦になりたいなー、オシャレなんかできなくてもいいし、小遣いもいらないから、マイペースで飯炊き女してみたいわー。」と、家業を手伝っていて家で料理もする時間がない私は、そう思うかもしれません。

このようなことを考えていくと、愚痴を言うと、妬まれたりして、スッキリするどころか不愉快な出来事を招いてしまう恐れがあることがわかってきます。

愚痴は言わないに越したことはなく、愚痴を言う前に感謝できる部分を探し出し、幸せを噛み締めながら、前に向かって歩くことが肝要なのだなと思います。

2015/01/26

母はウサギ係だった

戦中戦後の話が続いているので、母のことも少し。

母は、子供のころ、ウサギ係だったようです。
やはり、トラウマがあるようで、認知症になるまでウサギのことは話してくれませんでした。

認知症になった母が、どこかから子ウサギをもらってきて、小さな鳥かごで育てているのをみつけ、私たち夫婦がウサギ用のケージを買ってきて、世話ができるように取り計らいました。

そんなことをしているときに、母が何気なく、「子供のころはウサギの世話を任されててん。」と言い出したのです。
いつもウサギ用に食べられる草をとってきたり、掃除をしたりしていたようでした。

「そのウサギ、どうなったん?」と聞きましたが、母は認知症、「忘れた。」の返事しか返ってきませんでした。

想像ですが、食料にされてしまったのだと思います。

今の日本は食べ物であふれています。
けれど、流通がある日止まってしまったら、飼われているペットを食べてしまう人が出てくるでしょうか?
ちょっとこわいことを考えてしまいます。

戦中戦後の鶏の話

子供のころに、ダンナのお母さんは家の鶏の世話係で、一羽、とても可愛がっている鶏がいたのです。

鶏は卵を産ませるために飼われていたそうです。

ある日、可愛がっている鶏を見かけないので、親に尋ねたそうです。
そうしたら、「お前が今食べている、その肉があの鶏やで。」と言われたのだそうです。
その途端、口の中の肉を吐き出してしまったそうです。
きっと、もったいないことをすると叱られたのだと思います。

ダンナのお母さんは、鶏肉が食べられませんでした。
その時以来、トラウマになっていて、肉はあまり食さず、魚だけ食べていました。

戦中戦後は、子供も大人も大変だったのですね。
かわいそうな時代でした。


戦時中の牛の話

ご近所の古老の家は農家で、子供の頃には家に牛がいたそうです。

当時は、牛は牛乳を搾ったり食用にするのではなく、農業の手伝いをしてくれる動物として、大切に飼われていたそうです。

今のようにトラクターやコンバインがなかった時代に、畑や田圃を耕すとき、牛が大きな鋤や鍬のようなものを引っ張って歩いていたそうです。

古老はある程度大きくなった頃から、牛と一緒に畑を耕す仕事を任されて、いつも牛と一緒にいたそうです。
いつも一緒にいるうちに、牛に声をかけなくても、牛は思ったところに歩いて行ってくれるようになっていたそうです。

ところが、太平洋戦争が激化して、日本が追いつめられてきたころ、ある日、牛を買う商人が家にやってきて、親と話をした後、牛は、連れていかれることになってしまったそうです。

家計を助けるために売られたのかもしれません。

牛は、家の門をくぐりぬけて連れていかれる瞬間、とても悲しそうな声で一声鳴いたそうです。
古老も胸が痛むけれども、親の決めたこと、子供が口出しできる立場になく、泣く泣く牛を見送ったそうです。
その時の一声が今でも忘れられないと、話していました。

古老の奥様が言うには、大阪府堺市の向こうに牛の屠殺場があり、そこへ向かう国道は、当時牛が行列をなして連れていかれていたそうです。
牛は涙を流しながら、何とも言えない悲しそうな声で鳴きながら、歩いて連れていかれたそうです。

今の古老も子供の頃があり、子供の頃には牛の行く末を悲しみ、小さな心を痛めていたのですね。
みんなが子供の心を思い出して、優しくなれたらいいですね。

2015/01/23

感熱紙FAXはどこに行った?

正直、今主流になっている普通紙FAXは不便です。

私が言っているのは家庭用の機種の話です。

業務用だと、感熱紙はいつか消えて薄くなるので、念のため普通紙でコピーをとっておく必要が出て、無駄だから普通紙がよいのはわかります。

けれどどうして家庭用のFAXまで普通紙になってしまったのでしょうか?
家庭用なんて、連絡のメモみたいなもので、いつまでも取っておいておくなんて、ほとんど無いのではないだろうか?と思うんですよね。

特に、猫を飼っていると、普通紙を立てておいておくと、走り回って倒されるわ、紙を立てておくプラスチックのスタンドは落ちて割れてしまうわ、ろくなことがないのです。
インクリボンもなんだか高いし、取り替えるのが面倒だし、もとの感熱紙にもどらないかな?と思う今日この頃です。

私以上の年代の方は、「家にFAXはあるけれど、今は使えないんです・・・」と言う方が多いのです。

インクリボンがかすれたら、FAXはただの電話機と化している現状を、家電の会社の担当者は知っているのでしょうか?
もし知らないのだったら、次の製品は感熱紙FAXにして、子機2台付きみたいなのを出せば、売れると思います。

年取ると、電話に出ようと走っていくのが面倒なんですよね。各部屋とか各階に子機があると、助かること請け合います。

ぜひ、ぜひ、新製品を考えているのでしたら、感熱紙FAXの復活をお願いしたいと思います。

2015/01/22

友人から聞いたイタチの話

友人から先日聞いた話です。

野良猫が3匹、それぞれ子供連れで庭に来ているなと思っていたら、1匹イタチがまじっいたのです。

仔猫たちがじゃれ合っていると思っていたら、何かピョーンピョーンと飛んでいるのがいて、よく見るとイタチの子だったそうです。仔猫と仲良く遊んでいたらしいのです。

そのうちに仔猫たちは病気になり、入院させたり死んでしまったりして、生き残った子も家の中で保護することにしたので、仔猫は庭からいなくなったのでした。

ある晩、ふと窓の方を見ると、窓の外のクーラーの室外機の上に、イタチの子が乗っていて、窓の外から部屋の中を覗いていたのです。

庭を向いたりこちらを向いたり、走るふりをしたりして、何となく「仔猫の友達がいないんだけど、知りませんか?」と言っているようだったと友人は言います。

イタチはボディランゲージで伝えたのでしょうか?
庭に一人ぼっちになって、寂しかったのでしょうか?

動物たちは、言葉は発することはできませんが、いつも私たちに話しかけているかもしれないという、お話でした。

息子の嫁

息子に嫁なんて、来るかどうかわかりませんが、「できたらこんな子がいいな~。」と思うことを列挙してみたいと思います。

まず、動物好きであること。
アレルギーではないこと。
ベジタリアンであること。
気持ちが優しくて上品であること。
木や花とコミュニケーションとれたらいいな。
ベジ料理がうまいこと。
掃除洗濯もある程度できること。
節約もできること。

どんだけ出てくるねん・・・
要するに風の谷のナウシカみたいな子がいいな。

条件が多すぎますけど、こんな子って、今の日本にいればいいですね。
その前に息子が一人前にならないといけないので、ハードルが高いです。

2015/01/15

猫に養われているのかもしれない

毎日毎日、どうしてこんなに猫がいるのだろうと思うくらい、避妊去勢の予約が途切れることがありません。

思えば、私たち家族は猫のおかげで生きているといっても過言ではありません。
猫の大切な生殖機能をとってしまう仕事で食べている私。

罰が当たらないか心配ですが、「もしかして、私たちを生かすために、手塚治虫のマンガのブッダに出てきたウサギみたいに、自ら火の中に飛び込んでくれたりしているのだろうか?」などと、OPE中に妄想したりする私です。

「家の中が猫だらけで掃除が大変だ。」とか、「旅行にも行けない。」だとか、様々な愚痴を思いつく私ですが、こういう風に考えてみると、猫神様のために掃除などするのが当たり前で、愚痴などとおこがましいことを言ってはならないという気がしてきます。

だいたい、私は人様のところで雇ってもらってお給料をもらうということができるのだろうか?
毎朝、早起きして、電車に乗って通勤ができる人間だろうか?
答えは否です。

たくさん社員がいるところで、誰がこう言ったああ言ったとか、心を波立たせて生きたとしたら、すぐにストレスで死んでしまいそうな人間です。

今の仕事は、心の優しい人たちが集まってきてくれて、可哀想な犬や猫を少しでも幸せにしてあげられるように協力する仕事です。
嫌なことをいう人は一人もいません。
私の人生経験がすべて凝縮されて、生かせる仕事です。
妊娠している猫の堕胎だけはなじめませんが・・・(もうすぐしたら、これが始まる季節です)(涙)

それでも、猫を助けて猫に生かされている現実を、毎日実感しています。

本当の望みは、アスファルトで埋め尽くされた大阪が、緑のあふれるところになって、田園風景も戻って、鳥や動物たちも人とともに暮らせていけたらどんなによいだろうかと思っていますが、今のところは叶いそうにもなく、小鳥や動物たちに、ごめんごめんと謝ってばかりです。

そんな私を、生かしてくれている、猫の神様に「ありがとう。」
いつかは、人々の意識が高くなって、地球と共存できるようになりますように。
そのために、少しでも役に立てる人間になれますように。

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