フラウボウの思い出
フラウボウのことは、ずっと前にホームページで書いていたことがあります。「なんでお猫様か」という題で私が猫に傾倒していった様子を書きました。
フラウボウは、大阪市でも、最後まで昔らしさを残していた住吉区の庭井で生まれ育った猫でした。
一度、おそらく母猫だと思われる猫が、後から生まれた弟妹を引き連れて、歩いているのを見たことがあります。
猫らしく「ニャー」と言ったりせず、「フッ!」とか「シッ!」と聞こえる音を出して、合図をしていました。
何かに気を取られて、遅れそうになる最後尾の仔猫に、そうやって「早く来なさい!」と指示しているようにみえました。
そんな風にして、仔猫のうちから狩りを仕込まれていたせいでしょうか?
フラウボウも狩りが上手でした。
うちに来たときは、まだ生後2ヶ月くらいだったけれど、彼女の動体視力はものすごくて、蚊とかハエなんかが家の中に入ると命はありませんでした。
襖にとまった瞬間を両の前足で、ピタッと捕まえるのでした。
外でも雀やネズミを毎日のようにとって来ていました。モグラや鳩までとって来ることがあり、私は生かしたまま逃がしてあげるのが忙しかったです。
あの、獲物の動きに合わせて少しずつにじり寄っていく野生的な姿は忘れられません。
そんな様子だったので、フラウボウは自立していて、飼い主に頼り切りの今の子達とは全然違う猫でした。
フラウボウの逸話が二つあります。
私が歩き始めた息子と実家に帰っていた時に、息子が、押して歩くとカタカタと音が鳴る手押し車のようなオモチャ(私たちはカタカタと呼びますが)を買ってもらいましたが、ヨチヨチ歩きなのにカタカタを押すと、すごい勢いで走ってしまい、危ないのに笑ってしまっていた時に、フラウボウだけが心配そうに一緒について走っていました。
その心配そうな様子に、親の私も「笑っている場合ではないのかも。」と思い、カタカタを止めました。
そのまま走っていたら、そのうち転んで顔を強打するところだったと思います。
また、実家の裏には貨物線が通っていて、1日に数回電車が通りましたが、ある日、まだ2歳くらいだった息子が、1人で貨物線の線路内に入って行ってしまったことがありました。
私たち家族は何も知らず、ボケ〜ッとして家にいたのですが、フラウボウが息子の後をついて行き、線路と家の前を走って行ったり来たりする様子に、井戸端会議をしていたご近所の奥さんたちが気づき、いつものフラウボウらしくないので、みんなで見に行くと、そこに息子が1人で線路内にいて、間一髪、連れ戻されて助かったこともありました。
そんなこんなで、フラウボウは息子の命の恩人です。
実際、フラウボウは私に逞しく生きるように生き方を教えてくれた、もう1人の母親のようでした。
まだまだ私はフラウボウのように自立できていなくて、自分の食べるものさえ誰かが作ってくれたものを買って食べています。
「一人前になったようでも、私はフラウボウの足元にも及ばないんだなぁ。」と思うことしきりです。
ちなみにフラウボウという名前は、私がガンダム大好きっ子だったので、そこからつけた名前です。可愛くてとても気に入ってました。
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