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2014年9月

2014/09/28

ネグレクトの子供たち

ネグレクトとは、育児放棄とか怠慢で子供の世話をしないことなのですが、人の世界にもペットの世界にもあります。
私はどういうわけか、昔からネグレクトの子供たちから好かれて、付きまとわれてしまうのでした。
道を歩いていると、野良猫がついてくるみたいに、子供たちがついてくるのです。
自分に子供ができて、子供の友達が家に遊びに来るようになってから、そんなことが起こり始めました。
遊びに来る子供たちの中にちょっと変わった子が混じっているのです。
お昼時や夕方になっても家に帰らない子がいるのです。
「お昼ご飯食べておいでね、それからまた遊ぼうね。」と諭しても、「お母さんがご馳走になってもいいって言ってた。」とか「お昼は帰らなくていいって言ってた。」と言うのです。
自分の子供にだけ食べさせるのも可哀想なので、お昼ご飯を食べさせてしまうと、不味いとか言ったりします。あるいは別の子は、「こんな美味しいの初めて。」とガツガツ食べてしまいます。
そのうち、毎日来るようになり、自分の子供が嫌がりだし、申し訳ないけど家に上げるのを断るようにするしかなくなりました。
そんなことがあった後、子供も成長して、そんな子供たちも家に来なくなってホッとしたのも束の間、今度は犬の散歩中に、そういう子達がついてくるようになりました。
家の近所に兄妹の多い家族があって、お母さんに赤ちゃんが生まれて、上の子達が放ったらかしになっていた時期がありました。
学齢期になっていない2人が、犬を連れている私を見つけると、「その犬噛む?」と言いながらついてくるのです。いつも裸足で歩いていたり、冬に夏のワンピースを着ていたりする子に、無視もできず返事をすると、ずっとついてこようとします。
ついてきている時に事故でもあったら、私の責任になりかねないし、困りました。
そのうち、「噛むー。」と答えるようになりました。
ある日、公園で、あまり見かけない20歳前くらいの男の子が、その子達をかわるがわる抱っこしていました。親戚のお兄ちゃん?と思ってみていましたが、何だか様子が変でした。女の子たちは、うっとりとしていて、お兄さんの首に手を回して抱きついて、離れないのです。
お兄さんもでれっとしていて変でした。
私はその頃貧血で、いつも倒れそうだったので、その場では何もできませんでした。
児童相談所に電話をかけて、ネグレクトではないかと相談しました。
その後、その家族の子供達への待遇は、大きく改善されました。学齢期の兄や姉達、祖父母たちが、その子達を気にかけるようになり、無事に学齢期に到達し、給食も食べるようになったからか、急に体も成長しました。
先日、神戸で殺されて捨てられた女の子の防犯カメラ映像が、少し前の、彼女たちのようでした。痩せていて背が低く、オシャレを精一杯しているけれど、何か変?という感じの雰囲気。
私はピンときました。
きっとネグレクトされていた子供なんだろうな…と。
ネグレクトの子供たちは、危険と隣り合わせで生きていて、本当の愛情がわからないから、騙されて事件に巻き込まれたりするのですね。
けれど、曖昧に優しくすると、もしも事件が起きた時に、真っ先に疑われる可能性もあり、迂闊に情をかけられない、現代社会の悲しさを、2日くらい味わいました。
最近煩悩と離れていたのに、すっかり煩悩に振り回されて、体調を崩しそうになったので、もう悩まないようにしたいと思います。

2014/09/05

フラウボウの思い出

フラウボウのことは、ずっと前にホームページで書いていたことがあります。「なんでお猫様か」という題で私が猫に傾倒していった様子を書きました。

フラウボウは、大阪市でも、最後まで昔らしさを残していた住吉区の庭井で生まれ育った猫でした。
一度、おそらく母猫だと思われる猫が、後から生まれた弟妹を引き連れて、歩いているのを見たことがあります。

猫らしく「ニャー」と言ったりせず、「フッ!」とか「シッ!」と聞こえる音を出して、合図をしていました。
何かに気を取られて、遅れそうになる最後尾の仔猫に、そうやって「早く来なさい!」と指示しているようにみえました。
そんな風にして、仔猫のうちから狩りを仕込まれていたせいでしょうか?
フラウボウも狩りが上手でした。

うちに来たときは、まだ生後2ヶ月くらいだったけれど、彼女の動体視力はものすごくて、蚊とかハエなんかが家の中に入ると命はありませんでした。
襖にとまった瞬間を両の前足で、ピタッと捕まえるのでした。
外でも雀やネズミを毎日のようにとって来ていました。モグラや鳩までとって来ることがあり、私は生かしたまま逃がしてあげるのが忙しかったです。
あの、獲物の動きに合わせて少しずつにじり寄っていく野生的な姿は忘れられません。
そんな様子だったので、フラウボウは自立していて、飼い主に頼り切りの今の子達とは全然違う猫でした。

フラウボウの逸話が二つあります。

私が歩き始めた息子と実家に帰っていた時に、息子が、押して歩くとカタカタと音が鳴る手押し車のようなオモチャ(私たちはカタカタと呼びますが)を買ってもらいましたが、ヨチヨチ歩きなのにカタカタを押すと、すごい勢いで走ってしまい、危ないのに笑ってしまっていた時に、フラウボウだけが心配そうに一緒について走っていました。
その心配そうな様子に、親の私も「笑っている場合ではないのかも。」と思い、カタカタを止めました。
そのまま走っていたら、そのうち転んで顔を強打するところだったと思います。

また、実家の裏には貨物線が通っていて、1日に数回電車が通りましたが、ある日、まだ2歳くらいだった息子が、1人で貨物線の線路内に入って行ってしまったことがありました。
私たち家族は何も知らず、ボケ〜ッとして家にいたのですが、フラウボウが息子の後をついて行き、線路と家の前を走って行ったり来たりする様子に、井戸端会議をしていたご近所の奥さんたちが気づき、いつものフラウボウらしくないので、みんなで見に行くと、そこに息子が1人で線路内にいて、間一髪、連れ戻されて助かったこともありました。
そんなこんなで、フラウボウは息子の命の恩人です。

実際、フラウボウは私に逞しく生きるように生き方を教えてくれた、もう1人の母親のようでした。
まだまだ私はフラウボウのように自立できていなくて、自分の食べるものさえ誰かが作ってくれたものを買って食べています。
「一人前になったようでも、私はフラウボウの足元にも及ばないんだなぁ。」と思うことしきりです。

ちなみにフラウボウという名前は、私がガンダム大好きっ子だったので、そこからつけた名前です。可愛くてとても気に入ってました。

2014/09/03

前世なのか夢なのか

前世の記憶なのか夢なのかよくわかりません。
子供の頃から、ある景色の場面を複数覚えているのです。
一つ目は右手に海を見下ろす山道を登って行くと、左の上の方に小屋が建っていて、細いデコボコの坂道に小枝が落ちていたりする風景。
二つ目は、その小屋のドアを開けると、左手に部屋があり、右の壁に沿って置いてあるベッドと、左側にガラスが入ってなくて板で棚に仕上げてしまった窓。その窓には何か小さな飾りが並べられてある。
私はというと、ベッドに横たわっており、妹?(多分)の帰りを待っている。
私は病気で、多分結核だと思うけれど、妹に養ってもらっており、彼女の重荷になっていると感じている。
親はいなくて、2人だけの家族のようだった。
実は息を吸うのもやっとで、早く楽になりたいと思っているけれど、妹を一人ぼっちにすることになるので、なんとか持ちこたえようとしている。息を止めるだけで、すぐに死にそうな状態。
けれど、ついに苦しみに負けて、妹が帰って来る前に息を止めてしまおうと思っている…
妹が帰るまでもう待てない。そんな気持ちで横たわっている記憶のような夢のような不思議な場面を覚えているのです。
自分だけの記憶だと思っていたのに、ネットで知り合ったお友達が、妹側の記憶を持っていたのです。
家の設えもほぼ同じで、妹の仕事は踊り子だったそうです。
姉の死後、結婚し、子供にも恵まれて幸せに暮らしたけれど、ずっと姉のことが忘れられなかった…そんなことを教えてくれました。
彼女の話は、以前にも遊園地のリカちゃんの話などをブログに掲載した記憶がありますが、探してみましたが自分で見つけられないという…
天使のレクチャーという本を書いたヒロコさんです。
まあ、そんなこんなで、もしもこれが前世の記憶だったとして、今幸せに暮らしていて、前世の妹ともネットを通じて再会できたという、めでたいお話なのでした。

追記
以前にも同じような記事を書いてました。昔の方が妹と姉を逆に書いてます。多分、昔の方が正しいと思います。
「同じ夢をみるということ」

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