思えば子供の頃からそうだった
子供の頃、とても体の弱い子供でした。
生まれて来たくなかったのにという思いで生きてました。
そんなだったから、私は医者に何度も連れて行かれて、効かない薬を飲まさせられて、レントゲンも撮られてきました。
その中で、思い出したことがあります。
中学生の時に脊柱側彎症になり、当時新聞に出て有名だった四国の大学の医学部に母と行った時のことです。
普通は脊柱の全体を撮る時は、卵巣の辺りはプロテクターでガードするはずでした。
担当の若い先生もガードしようとしたのです。ところが、おそらく主任教授と思われる40〜50歳くらいの先生が、それを外すように指示しました。担当の若い先生は戸惑いながら外してしまったのです。
私の卵巣は無防備のまま、X線に当たってしまいました。
それでかどうかわかりませんが、私は2度目の妊娠で、心臓に奇形のある双子ができて羊水過多になり、堕胎できなくなる1日前に諦めなくてはいけないことになりました。
もう、医者にされた色んなことを、これまでもブログに書いてきましたが、数え上げたらいくつになるかわからないほど、色々ありました。
四国の大学の医学部の教授は、脊柱の画像を細部までみたいという欲求から、子供の卵巣にX線を当てたのだと思います。
今頃は墓の中に入っていることとは思いますが、あの世の教授に「忘れてへんで〜。」と、お伝えしたいと思います。
まだ生きていたとしたら、閻魔様のノートにこのことを書き足しておきたいと思います。
そんなことがたくさんあって、私は医者があまり好きではありません。
好きな医者もいますけど、本当に少ないです。
我欲に囚われている人は医者になってはいけないと思います。


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