2026年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

« 2013年10月 | トップページ | 2014年2月 »

2013年11月

2013/11/19

しきたりが変わっていく

先日、亡くなった方の御霊前にお線香をあげに行くという出来事があった時、初七日も過ぎていたから、私は黄色い水引のついている封筒にお金を包んで準備しました。

封筒の表書きに迷ったので、ネットで検索をして調べて、49日の前だから御霊前だと判断し、そのように書きました。

私は若い頃に浄土真宗王国の富山県で過ごしていたから、黒と白の香典袋にも、黄色と白の袋にもご仏前だったけど、大阪に住んでいる今となっては、どう書いていいのやら不安だったのです。

お線香をあげようと祭壇の前に来ましたら、お参りに来た人は全員、黒と白の香典袋を置いて帰っているのを見た時も、別に気にもとめていませんでした。

でも、帰宅して、ふと気になって検索していた元のサイトを見てみたら、初七日も黒白の香典袋だと書いてあるではありませんか。
私の思い込みのせいで、ダンナに恥をかかせてしまったのではないかと、非常にドッキリしました。

けれど、もっとよく調べると、関西地方は初七日を過ぎたら黄色と白の封筒だということがわかりました。少し安堵しました。御霊前で良かったかどうか少し不安ですが、まあ一応よしとしようと思います。

そこで、私が富山でのし袋を売っていた時に習ったことを書き記しておこうと思います。
富山は、浄土真宗 王国なので、お通夜で香典を包む段階で、御仏前でした。(一般的には御霊前だと、最初にみたサイトには載ってました)
お通夜と葬儀の時は黒白の水引の香典袋です。
初七日を過ぎたら 黄色と白の水引の袋で、御仏前でした。(一般的には49日より前は黒と白の水引の御霊前らしいです)
最近は 葬儀と初七日の供養を同じ日にすることもあり、初七日に招かれた場合は、御香典と御仏前を二つ持って行ってました。

香典袋は、中に入れるお金の額によって、立派なものから質素なものまで使い分けていました。
少ししか入っていないのに袋が立派なのはおかしいので、少額の時は中袋のない質素なタイプ、5000円以上だと中袋付きのもの、1万円以上だと中袋付きでシルバーの上等そうな水引のものという具合です。

今回このような記事を書いたのは、インターネット時代になり、親から子へのしきたりの伝授が上手く行っていない今日この頃は、何かあるとみんなインターネットの情報を参考にするのだということがわかりました。
その情報が、関東地方の一般的なもので、みている人が関西在住の人の場合、インターネットを信頼して、関西の従来のやり方をせずに、堂々と関東式をする人が多数派になった時、関西の慣習というものは、だんだんと消えて行ってしまうのだなぁと、思ったからです。

方言と同じように、慣習もそんなものなのだとは思いますが、将来、少数派の慣習を行ってしまい、私のように冷や汗をかいた人が、枕を高くして眠れるように、ここに書き残しておこうと思います。

2013/11/09

祖母の命日の後で

10月31日は祖母の命日でした。
お墓参りも行けないし、仏壇にお供えをすることも叶わず。(猫がイタズラをするので仏壇は閉まったまま)

信心深い人が聞いたら卒倒しそうな感じですが、私は供養とかお供えとかに時間やお金をかけるよりも、現実の自分の暮らしの中で心を豊かに思いやり深く生きる努力をすることが、何よりの祖母への供養だと思っているのです。

10月31日も過ぎた真夜中に、珍しく晩ご飯の味噌汁とご飯が少し残っていました。
「そういえば、おばあちゃんは、昼ごはんはいつも味噌汁ぶっかけごはんを食べていたなぁ。」と思ったら、無性にそれが食べたくなり、味噌汁の鍋に残りご飯を入れて沸騰させ、お鍋のままスプーンで掬って食べました。残飯整理です。
その味の美味しかったこと。
「いやー、これはヘルシーでお金かからんでええわー!」と、ちょっと感動。「専業主婦だったら、毎日これで節約できるなぁ。」と思いました。

そして一日ほどあけて夢をみました。
祖母がリビングに座っています。
私は何故か焦りながら、ゴミを集めています。「今日はゴミの日だったー!」とか言いながら。
あちこちのゴミ箱からゴミを集めたり拾ったりしながら、誰も手伝ってくれないことに文句を言っています。
祖母はリビングで私のやっていることをジッとみていたし、三階には妹がいる設定です。
呼んでも来てくれません。
ゴミ収集の時間が迫っていたので焦った私は、買ったばかりのお灸のモグサをゴミ袋に入れてしまったり、気がついて出したりしています。
「なんで誰も手伝ってくれへんのよー!」と私は泣き声になっています。
そんな私をただジッとみている祖母。

そして、その日はゴミの日じゃなかったという落ちがついて、目が覚めました。
目が覚めて、私は思いました。
「おばあちゃん、死んでるから手伝われへんわ。」

後から考えると、いつも見守っているという祖母からのメッセージの夢だったのではないかと思います。
せっかく身につけた鍼灸の技術を、忙しいからと捨てたりしないように、言いに来てくれたのかもしれません。
忙しいと思うのは勘違いかもしれず、あわてず落ち着いて行動せよとの注意喚起のような気もします。

そんなわけで、今年の祖母の命日は、感慨深いものとなりました。

2013/11/01

犯人は肉だった

先日、NHKスペシャルの「病の起源 第四集 心臓病~高性能ポンプの落とし穴~」というのをみたのです。

それによると、N-グリコリルノイラミン酸(Gc)という物質が、人にはほとんど無いのに対して、動物の細胞にはたくさんあり、動物の肉を食べることによって取り込まれたN-グリコリルノイラミン酸(Gc)が血管の中に入ってくると、炎症反応が起こり、コレステロールが血管壁に取り込まれやすいということがわかってきたということでした。
血管の中で炎症が起きると、なかでアテロームというかさぶたのような状態になるのは何となく覚えていたのですが、その原因の一つが、肉に含まれるN-グリコリルノイラミン酸(Gc)だったのです。

なぜ人にはN-グリコリルノイラミン酸(Gc)が少ないかというと、脳を発達させるためには、この物質が邪魔な存在だったため、排除されてきたようなことを説明していました。

なあんだ、そうか、やっぱりな。

私の鼻づまりは、肉を食べるのをやめたら、ほとんど無くなりました。
ダンナの鼻づまりも、肉を食べるのをやめたら、かなり調子がいいみたいです。

要するに、血管の中でアレルギー反応が出たら動脈硬化になったり、アレルギー体質になるような感じです。

だから、自分はアレルギーだ、狭心症だと自覚がある人は、肉をまずやめないといけないということになります。

肉を食べ続けて、症状を抑える治療や投薬だけでは、治ることはないと、これではっきりしてきたわけです。

地球環境のため、動物たちのため、自分の健康のために、肉を食べるのをやめることが、一番の早道なのだと、すごく納得した番組でした。

再放送があれば、ぜひご覧下さい。

追記:獣医のダンナが言うには、犬猫で心筋梗塞や脳梗塞はみないそうです。体の中に最初からN-グリコリルノイラミン酸(Gc)があるから、それに対するアレルギーが起こらないというのも、理由に挙げられるのではないかと思います。

« 2013年10月 | トップページ | 2014年2月 »