最近、近所のお年寄りと交流する機会があり、聞いた話を埋もれさせるのはもったいないと思うことも多く、覚えているうちに書き残したいと思います。
今、近所にある「大よさみ神社(大依羅神社)」は、昔は「よさみ神社」だったとのこと。
近隣の小さな神社を統合して、大という字がついたということです。
大よさみ神社の中にはたくさんの小さな祠のような神様がありますが、その中の白龍の社では健康祈願をすると良いそうです。なんとか大明神と言っておられたのですが、ごめんなさい、記憶力が悪くて覚えていません。白滝大明神と仰っていたかもしれません。
もう一つ龍神様の祠があって、こちらは阪南高校を作る際に移動しようとした工事関係者が次々と怪我や病気になり、誰もさわろうとしなかったため、今でもグランドに突き出した位置にあります。
大よさみ神社は、南側に鳥居があって、桜並木を歩いて中に入ることになっていたのですが、ある日神殿が放火で火事に遭い消失したため、立て直すことになりましたが、その時に元の場所に建てずに南にずれたところに新築されました。今、駐車場になっているところが元の神殿跡だそうです。
その時に、神社の入り口も北側に移動したとのこと。
神社の北側に桜が24本ほど植わっていて、桜の名所となっていましたが、神殿の新築費用を捻出するために土地が売りに出され、植わっていた桜は神社の南側の参道に植え替えられました。
(その桜も、今は青息吐息の様相で、しかも高校のグランドにはみ出た枝をざっくり切られていました。切った人に祟りがでないよう祈るばかり・・・)
今は無き「よあみ池」は大和川が付け替えられたときに、池をそのまま川として利用されてしまったそうです。
大阪府南部にある狭山池よりも大きかったそうです。
川で村が分断されて、残された小さな池を、よさみ池と呼ぶようになったとのこと。
今の阪南高校のグランドは、よさみ池があったところでした。
昔は神社からまっすぐ庭井の方の先祖代々のお墓がある庭井霊園まで道が繋がっていたのですが、よさみ池を埋め立てた際に道も付け替えられてしまい、道があった場所はグランドに吸収され、グランドの縁を遠回りして歩いて行かないと墓参りが出来なくなって不便だと、嘆いておられました。
「よさみ」という地名は、すぐそばに断崖絶壁の海があったために、漁をする人が住んでおり、「よせ網」が「よさみ」となったということです。
庭井にも太平洋戦争中に爆撃機が到来し、何発かの爆弾を落としていったということです。
その話は、当時、中学生だったというお年寄り二名から聞くことが出来ました。
そのうちの一名が、今年の猛暑でお亡くなりになり、残る一名には長生きをしていただきたいと願っています。
大よさみ神社は住吉大社よりも古い神社で、神功皇后が新羅に攻め入る際に、武運を祈願したということが古事記に出ているとのことです。
私見を言えば、神社にあるトイレの位置を別の場所にしてもらえないかと思います。神様の神殿の近くで異臭を放つトイレなど、前代未聞ではないかと思えるのは、私だけではないと思います。
とまあ、今回で終了になるのか、まだ続くのかわかりませんが、とにかく記録を残しておきたい一心です。
神社の桜を守ったり、落ち葉を掃除したり、いつかはお手伝い出来たらなあと思っているのですが、住宅ローンと猫まみれ状態に追われて一日中コマネズミ状態なので、取り急ぎ、神様には、これを何とかしてくださいと祈りたいところではあります。
最近のコメント