母のこと
母は最近、とみに呆け症状が悪化してきたようで、先日も妹の犬の散歩をしていているときに、自転車の通行人を犬が噛んだのに、「大丈夫?」くらいのことは聞いたらしいのですが、そのあと、どさくさに紛れて謝らずに家に帰ってしまっていたことが発覚しました。
商店街のお店の人が私の母であることを知っていたので、私のところに連絡が来て、私が平謝りに謝って許しを請いました。
幸い、相手が悪い人ではなくて助かったのですが、母には社会的な判断力というものがもう無いのだということを、思い知った次第です。
でも、私はちょっと想像してみました。
母が、大阪という大都会に住んでいなくて、のどかな山奥の村で暮らしている年寄りだとしたら。
幼稚園の頃に疎開していた四国の山奥だったら、もしかすると母は、今でも普通に暮らせるのではないだろうかと。
疎開先では、小川でお米をといでいたそうで、母はまだ5才くらいなのに小川にお米をとぎに行かされ、お米を流してしまってひどく叱られて、祖母から折檻を受けたということを、よく話していました。
だから、田舎暮らしはまっぴらだという風に語っていましたが、子供の頃に身につけたライフスタイルで生きられるのなら、もしかすると、もう少しマシな状況になっていたのではないだろうかと思うのです。
都会では、空気を読んだり、礼儀作法があったり、色々大変なことも多くて、母は窮屈で仕方なさそうです。
もう、母には空気を読むことなど、とうてい不可能だからです。
母は今、疎開していた5才くらいの少女にもどっている感じがします。
5才なのに、かじかんだ手で大家族のお米をとぐのは、どんなに大変だったか。
それを川に流してしまい、祖母から叩かれて叱られたことも、どんなに辛かったろうかと思うと、可哀想になってきます。
そんなトラウマを抱えたまま大人になり、自分も子供を産んで母親となったけれど、きっと小さい頃に傷が付いてしまった心は、今まで癒されることがなかったのではないかと思います。
家に一緒に住もうと誘っても、うんと言ってくれません。
自分から家出をしたことも後ろめたいし、さんざん自由を謳歌してきたから、今から窮屈な暮らしはできないと、残された正常な部分が邪魔をします。
私も専業主婦ではないから、ずっと母に付いていることも出来ません。
やはり、挙げ句の果ては施設行きになるのかと考えると、私自身もこの世界にがんじがらめに縛り付けられている気がしてきて苦しいです。
今度生まれるときは、絶対に大都会はパスしたいです。
というか、地球に住むところが残っているか心配ですが・・・


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