ただあるがままを見て聞く練習
20年近く前、離婚して自信喪失し、どうやって生きていけばいいのか皆目見当も付かなかった頃がありました。
小学校低学年の息子は、自信なさげな母親を心配して学校に行きたがらないし、息子が学校に行ってくれないと仕事にも行けないしという思いで焦っていました。
だいたい、仕事に行くといっても、人間不信で人間が怖くて仕方がない私は、普通に働くことなどできないような気がして、鬱々悶々としていました。
そんなとき、カウンセリングをしてもらえるチャンスに巡り会い、ものの見方、聞き方、考え方を、一から教えてもらうことができたのです。
例えば私は、相手の何気ない言葉に、一人で傷ついたりすることがありました。
ガラス細工のような心の持ち主だったのです。
それは、自分の主観ですべて判断するからで、当時の私の主観とは、つまり人間不信のものの見方だったからです。
例えば、相手が何気なく何か言ってきたとき、眉間にしわが寄っていたということがあるとします。
そんな時は、私は相手の言葉よりも「眉間のしわ」に注目し、私に対して悪意を持って話しかけてきたと感じてしまうのです。
カウンセラーの教えによると、相手の顔色をいちいち伺わず、ただ言葉通りに受け取る練習をしたほうが良いということでした。
たまたま、話をしようとしたら、目にゴミが入って痛かっただけかもしれないし、別のことで機嫌が悪かったかもしれないのに、何故、自分に悪意があると勘ぐって傷つく必要があるだろうかということでした。
昔の私と同じような人がけっこういます。
普通に事実を述べているのに、自慢をされていると聞こえる人がいます。どうも、自分より優秀な部分が許せないらしく、自慢に受け取るみたいです。
嫉妬している時間があれば、自分も負けないように勉強すればいいのにと思いますが。
何かを教えてあげようとすると、叱られているとか説教をされていると感じ、機嫌が悪くなったり傷つく人もいました。
やり方を教えてあげようとしているだけなのに、拒否して受け取らず、自分流で何でもやりたがるので閉口しました。
実は若い頃、自分もこんな感じでした。「巡る因果の糸車」というセリフが頭の中で回りました。
相手は自分の鏡とよく言われますが、相手の腹の立つ部分は、実は自分の欠点を映す鏡なのだと今では知っていますが、これに気がつかない若い頃は、すぐに傷ついて泣いてばかりいました。
こんなことを若いうちから知っていたら、体力は若いままで知恵だけは40代で、もっとバリバリやってこれたはずなのに。思い存分、こういうことに時間を取られて、気がついたときには体は動かなくて、まわりには自分の若い頃みたいな若者が聞く耳を持たず・・・
せめて偶然このブログを読んだ若い人が、人生を棒に振らないように、若いうちに気がつくように、ここに記しておこうと思った次第です。


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