地球環境と動物愛護
もうだいぶ前になりますが、私が動物愛護に目覚めてかけ出しだった頃、同時に地球環境保護にも目覚めていたのです。
ネットワーク地球村の会員になるのと同時に、関西動物友の会の会員にもなっていました。
私は、都会で動物と共に暮らすと、地球環境保護とは反対の事になってしまう矛盾に悩んでいました。
ある日、私はネットワーク地球村の講演会を聞きに行き、講演会の後に代表の高木善之さんに握手を求めました。
その時に、自分の悩みを少し打ち明けました。
高木さんは、「いつか自分で答えが出せるよ。」と言ってくれましたが、簡単には答えを教えてくれないのかと、ガッカリしました。
あれから、かれこれ15年くらい経ちましたが、やっと答えが出かかっています。
要するに、ペットを飼うということ自体が自然からかけ離れているために、そこから矛盾が生じているのです。
こんな簡単なことがわかるのに、15年もかかってしまいました。
15年の間には、猫を次々と捨てられて家が猫だらけになって、その掃除に明け暮れたり、里親探しに明け暮れたり、生きるために働いてばかりいて、時間がどんどん過ぎていってしまったのです。
その間、地球環境保護は、なおざりになってしまい、猫たちの部屋のエアコンは付けっぱなしだし、汚い水は流すし、ゴミはどんどん出すしということが、どんどんエスカレートしていったのです。
何しろ、最高60匹も家にいたのです。敷地面積たった12坪くらいの家に。
地球環境どころではありませんでした。
今、猫の数は10才以上の成猫が21匹となり、今度は病気で次から次と、どんどん死んでいきます。
死んでいく猫に対して思うことは、たくさんの猫たちを、狭くて日のあまり当たらない部屋に閉じこめて、死ぬまで幽閉してしまったことの後悔です。
都会では仕方がない、猫は外に出なくても大丈夫。
一理あるのですが、私はどうしても猫たちに申し訳がなくて、毎日謝ってばかりいます。
そして、15年ぶりにやっとわかったこと。
それが、ペットを飼うということ自体が自然からかけ離れているために、そこから矛盾が生じているということだったのです。
人間自体も自然からかけ離れているので、それに合わせようとすると、動物も自然から切り離さざるを得ない。
本当に、動物を愛護しようと思ったら、人間が自然に帰るしか方法が無いということがわかってきたのです。
究極の答えは、人間が自然から離れてしまっていることを修正しないことには、真の動物愛護は成り立たないということだったのです。
今更、文明生活を捨てられるわけもないですので、折衷案として、人々が分散して暮らし、大都会に集まりすぎないような暮らし方を模索するのが良いのではないかと思います。
そして、猫は昔のように放し飼いで、人の家の軒を借りて共生していくような、そんな世界はできないのかなと、私は思います。
簡単には答えを教えずに、自分で考えさせてくれたネットワーク地球村の高木代表に、今は感謝をしています。


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