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2011年10月

2011/10/23

教員になったときの思い出

ずーっと昔、私は20倍の難関を乗り越えて、中学の国語の教師になりました。

 いつも「のほほん」としていたので、私などが採用試験に合格するなんて、「きっと裏口に決まっている。」とか、人から言われたこともありました。 まあ、結局、一年しか続かなかったから、裏口と言われても仕方のないことではありました。 

 でも、言い訳がましいですが、採用試験の二次試験では、「度胸」を試す面接であったと思いますが、のほほんとしている私は度胸があると思われたのだと思っています。

 まあ、そんな話はさておき、採用されて任命式がありました。 歴史ある講堂に集まって喜びを胸に、みんな緊張して教育委員会の先生の話を聞きました。 

 その時、少し変な話をする方がいました。 「君たちは、採用試験に合格して自分は有能な人間だと思っているだろう?それは間違いです。本当に有能だったら、今頃ここにはいません。少し考えればわかるでしょう?本当に有能は人たちは今頃どこの入社式に出ているかくらい・・・」 このような内容でした。 

 私は、その話にえらくがっかりしてしまいました。 「20倍の難関だったけど、大したことなかったのか、なーんだ・・・」 他にもいい話をされていたのかもしれませんが、とにかく無能のレッテル貼りをされたことが強烈で、他のことは何も覚えていません。

 新任教員から自信をなくさせてプライドを持てなくすることが、教育委員会になんの得があるのか知りませんが、その後、その年に採用された新任教員たちは、少し迷走しました。 

 夏休みに入って、高野山で泊まり込みの合宿がありました。 そこで、短い期間に体験したことを発表したり、色々なことを話し合ったり教えてもらったりしていました。 私は、自分の番が来て、「とにかく寝不足で学校に行かないことが、何より大切なこと。」と話したのを覚えています。 

 合宿の夜、仲間たちの中で「肝試しをしよう。」という話が盛り上がり、ほとんどの新任教員が宿坊を抜け出して奥の院に肝試しに向かうことになりました。 まじめな私も、仲間の殆どが行くというし、一人だけ留守番も寂しいので、ついていくことにしました。 「どうせ、教師といっても大したことないんだし、ちょっとくらいええやん・・・」そう思いました。 

 帰ってきたら、宿坊の門の前で指導教官がズラッと待ち構えていました。 一部残った人が告げ口をしたようでした。 指導教官は、みんな面食らっているようでした。 「こんなことは、前代未聞」 「さすがは新人類」 というような言葉が次々に並び、最後には「まあ、君たちも生徒がつられて悪さをするという心理がよくわかったことだろう。」と言ってお説教は終わりました。

 今思えば、そういう風にしたのは、新任教員の任命式で「君たちは大したことないんだよ。」と言って聞かせた教育委員会の先生ではないのかと、今となっては思うのです。

希望にふくらんだ風船に針でついてしぼませるようなことをしなければ、もっとみんな教師という仕事にプライドも自覚も持てたのに。

今回の話は、新任教員の話でしたが、「大人と子供」という立場でも、よくこういうことをしているのを見かけます。 

子供が夢を語ると、大人が、「そんなん無理無理。」と言ってしまうこと。 この、夢をしぼませる行為が、子供の将来を摘んでしまうということを、私たち大人は自覚しておいた方が良いと思います。

2011/10/16

青い光の記憶

9月の終わり頃、私はツイッターで「青い光の記憶」というものをつぶやいていました。

子供の頃には思いつきもしない、仲間と繋がれる媒体がツイッターだと思ったからです。
「青い光」は一緒に地球に来た仲間たちだと思います。たぶん魂のような形で。

今までもブログなどで公開してきましたし、きっとあの人はそうなんだろうなという方もチラホラ見かけますが、記憶の光の数は数百か数千くらいあったように思います。

ブログよりもホームページよりも早く遠くまで繋がることを願って、一度、ブログの方にまとめておこうと思います。
たまにツイッターで再掲して、仲間を探してみたいと思っています。

興味のない方はスルーしてください。
「また、あくび猫は不思議なことばっかり言って・・・」と笑ってやってください。

少しでも、不思議なことに引っ張られると思う方は、一度目を通してみてくださいね。では、どうぞ。

其の一。子供の頃、私には特技があった。天井をボーッと見ているうちに、不思議な世界へ行くこと。家庭の事情で赤ん坊の時に、昼間、暗い押入れの中に入れられていたからかもしれない。

其のニ。不思議な世界では、色々教えてもらったけど、最後に「大人になったら忘れてしまうから、なるべく忘れないように」と言われた。結局、ほとんど忘れたけれど、覚えていることがある。それは、仲間を探すこと、繋がること、今回が最後のチャンス。もう一回はないという事。

其の三。大人になる頃には、想像もつかない方法で世界中の仲間と繋がる事ができる。教えられても忘れてしまったことは、本で思い出せる。大人になった時の日本には、教えてくれる本が沢山ある。

其の四。宇宙空間から、地球を見下ろすようなビジョンとともに、「声」は、そう言った。仲間たちが何処からきて、何処にいるのかと私は聞いた。そうすると、宇宙空間に沢山の青い光が見えてきた。次々に地球へ下降して行く。その中に私もいた。勇気を出して飛び込んだ。

其の五。みんな散り散りに落ちていった。でも、必ずみんな思い出して、繋がる事ができる。そう言われた。どうやら、Twitterがそれだったのかなと思う。最後のチャンス。失敗は許されないらしい。「青い光」「最後のチャンス」などのキーワードで思い出すことがあったなら、仲間かもしれません

其の六。今の地球の現状を見る限り、自然保護と欲望の抑制が緊急課題であるように思える。このままでは地球を食い潰して人類は滅ぶ。何をしていけば良いか、仲間で知恵を出し合う時がきているようだ。

以上。

というわけで、地球を救うためにやってきたボランティア魂さんたちを探しています。
おそらくは、地球上に繰り広げられている「悲惨」に直面して、人道ボランティアや動物ボランティアなどにはまり込んで、身動きが取れないのではないかと想像します。
それに、地球は考えていたよりも重いところで、ぬかるみの中を泳ぐような転生を繰り返すうち、すっかり初心を忘れてしまっている可能性もあります。
生きているだけで精一杯な状態は、自分自身もです。

こんな精一杯な中でも、もしかしてできることがあるかもしれない。
それを見つけたくて、こんなことをやっています。

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