教員になったときの思い出
いつも「のほほん」としていたので、私などが採用試験に合格するなんて、「きっと裏口に決まっている。」とか、人から言われたこともありました。 まあ、結局、一年しか続かなかったから、裏口と言われても仕方のないことではありました。
でも、言い訳がましいですが、採用試験の二次試験では、「度胸」を試す面接であったと思いますが、のほほんとしている私は度胸があると思われたのだと思っています。
まあ、そんな話はさておき、採用されて任命式がありました。 歴史ある講堂に集まって喜びを胸に、みんな緊張して教育委員会の先生の話を聞きました。
その時、少し変な話をする方がいました。 「君たちは、採用試験に合格して自分は有能な人間だと思っているだろう?それは間違いです。本当に有能だったら、今頃ここにはいません。少し考えればわかるでしょう?本当に有能は人たちは今頃どこの入社式に出ているかくらい・・・」 このような内容でした。
私は、その話にえらくがっかりしてしまいました。 「20倍の難関だったけど、大したことなかったのか、なーんだ・・・」 他にもいい話をされていたのかもしれませんが、とにかく無能のレッテル貼りをされたことが強烈で、他のことは何も覚えていません。
新任教員から自信をなくさせてプライドを持てなくすることが、教育委員会になんの得があるのか知りませんが、その後、その年に採用された新任教員たちは、少し迷走しました。
夏休みに入って、高野山で泊まり込みの合宿がありました。 そこで、短い期間に体験したことを発表したり、色々なことを話し合ったり教えてもらったりしていました。 私は、自分の番が来て、「とにかく寝不足で学校に行かないことが、何より大切なこと。」と話したのを覚えています。
合宿の夜、仲間たちの中で「肝試しをしよう。」という話が盛り上がり、ほとんどの新任教員が宿坊を抜け出して奥の院に肝試しに向かうことになりました。 まじめな私も、仲間の殆どが行くというし、一人だけ留守番も寂しいので、ついていくことにしました。 「どうせ、教師といっても大したことないんだし、ちょっとくらいええやん・・・」そう思いました。
帰ってきたら、宿坊の門の前で指導教官がズラッと待ち構えていました。 一部残った人が告げ口をしたようでした。 指導教官は、みんな面食らっているようでした。 「こんなことは、前代未聞」 「さすがは新人類」 というような言葉が次々に並び、最後には「まあ、君たちも生徒がつられて悪さをするという心理がよくわかったことだろう。」と言ってお説教は終わりました。
今思えば、そういう風にしたのは、新任教員の任命式で「君たちは大したことないんだよ。」と言って聞かせた教育委員会の先生ではないのかと、今となっては思うのです。
希望にふくらんだ風船に針でついてしぼませるようなことをしなければ、もっとみんな教師という仕事にプライドも自覚も持てたのに。
今回の話は、新任教員の話でしたが、「大人と子供」という立場でも、よくこういうことをしているのを見かけます。子供が夢を語ると、大人が、「そんなん無理無理。」と言ってしまうこと。 この、夢をしぼませる行為が、子供の将来を摘んでしまうということを、私たち大人は自覚しておいた方が良いと思います。


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