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2011年7月

2011/07/29

人生計画

今の世の中、女性は社会に進出するのが当たり前になってきているのですが、どうも、子供が犠牲になっている感じがしてならないのです。

自分の経験を鑑みるしかないような私ですが、私の場合は、子育てが苦手で外で働くのが好きな母の陰で子守をしてくれた祖母がいたおかげで、ずいぶんと助かったのではないかと思います。

ばあちゃんが悲しみそうだから、悪いことはしないでおこう・・・とか、子供心に考えました。
嫌な友達がいても、その子にもその子を可愛がっているばあちゃんがいるんだから、そのばあちゃんを悲しませるような仕返しとか、そういうことはしないでおこう・・・とか。

あまり教育を受けられなかったために、字が書けなかったばあちゃんのために、自分は国語の先生になってみたり。

最近、死んだばあちゃんの夢をよくみるので、そんなことを思い出しています。

母は、子育てにノータッチで、孫の子守もばあちゃんに比べると下手くそで、気が向かないと手伝ってくれない様子です。
今後はこういう祖母世代が増えていくことと思われます。

それで、私としては、自分のばあちゃんみたいに、子育てには全面的に協力していける人になろうと思ったりしています。まあ、どこまでできるかわからないんですけど。

そのためには、猫様の数が今の現状では多すぎて、とても孫の守なんてできそうにないので、増やさないように極力注意をしないとなと思っています。

今の子供はかわいそうです。
公的機関に預けて働くのって、子供を犠牲にしてますよね。やはり祖父母が率先して手伝ってあげないと、子供は上手く育たないと、私は思っているのです。

2011/07/23

拾っちゃいました。仮の名をトゥーラです。

犬の散歩中に、じっと座って動かない仔猫発見。

近づくと逃げようとするけど、すぐに捕まるドンクサイ奴。
みると、この前死んだトラキチに瓜二つ。

トラキチは省略して「トーラ!」って呼ばれてたから、この子の名前は「トゥーラ」にしてみました。

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トラキチの写真と見比べてみてください。

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うちには25匹も猫がいて、死んだトラキチにも苦労を掛けましたから、とても良い里親さんを探して、大切に大切に育てていただく所存です。

トラキチは、ケンカを売られたら絶対に買ってしまう損な性格が災いして、若い頃は、他の猫たちに怖がられてました。運動神経抜群なので、追いかけられると恐怖感がすごいみたいでした。

でも、仔猫を可愛がる優しい一面もあり、オカメみたいな顔をした性格のよい黒猫のテンテンは、トラキチを慕い、最後は夫婦のようでした。

トラキチを失ってからテンテンも少し寂しそうで、病気がちになり、毎日点滴をしています。

天国のトラキチが導いた縁だと思って、自信を持って仔猫を拾ってきた次第です。猫の神様、よろしくお願いします。パンパン!


2011/07/21

坊や、いったい何を教わってきたの?

もうかれこれ、三年以上たちましたか、「坊や、いったい何を教わってきたの?」という百恵ちゃんの曲が、頭の中をグルグル回った事件を思い出したので、ちょっと書いてしまいます。

動物病院に飾ろうと思って、ある額を購入したときのことです。
郵便で送られてきた額の封を開けてみると、なかでガラスが粉々に割れてしまってました。

それで、郵便局に苦情の電話をしたところ、自分で修理に出して、修理代の領収書をもってくれば、その料金をしはらってやるというものでした。
私はちょっと唖然となってしまいました。
当時は貧血がひどくて、毎日の日常を送るだけでもヒイヒイ言っていたのに、その上、ガラス屋に持って行って領収書をもらって、自転車で片道15分はかかる郵便局まで持って行けと?

その瞬間、頭の中で百恵ちゃんの「坊や・・・」が回り出して、いつもは辛抱強くブチ切れない私なのに、その時はブチ切れました。

「あのねー、私が壊したんと違いますよね-。普通は壊した人がきちんと直して、ゴメンナサイと言って持ってくるものじゃないんですか!」と言いました。

そしたら、「でも、どこに修理に持って行っていいかわからないし。」というので、ガラス屋さんを教えてあげました。そこへ持って行って、自分で修理して、私のところへ返してくださいと。それでもって、郵便局が直接ガラス屋さんにお金払ってくださいよと。

こんな普通だったら常識だと思えることが、通じない世界ってありますよね。お役所仕事的なところは多いですね。
泣き寝入りをしないで、たまには文句を言うことも大切だなと思った出来事でした。

「あたしだって、あたしだって、疲れるわ。」

2011/07/18

やはり肉食やめないと

以前、私は肉食をやめると決めたことがありました。
ところが、菜食で健康でいるためには、ある程度知識が必要なのに、私は何の準備もせずに、ただ毎日の食事の中から自分の分だけお肉を抜いて食べるというようなことを続けました。

お肉をやめてからしばらくして、夢に可愛い子牛が現れて、「なんだか、牛さんが喜んでくれている。」と思ったものでした。

5年くらい続いたでしょうか。
私はとても体調が悪くて悪くて仕方がない日々を過ごすようになってました。
どんな症状かというと、用事をしているとすぐに息が切れて苦しい。振り向きざまにめまいがする。歩いていると足が痛くなるので、横になってばかり・・・そしてますます足が弱る。などなど。

東洋医学で言うと、脾気虚証で心血虚証になっていたのではないかと推測されますが、その原因が、正しい菜食をせずに、ただの偏食をしていたことだったと思うのです。

とまあ、色々と前置きが長くなりましたが、結局、偏食をやめて鉄剤を飲むことを納得させられて、鍼灸学校に通うためにも健康でないといけないという理由を付けて、少しずつお肉を食べるようにしていました。

一度やめていたのを再開すると、とても生臭くて嫌だったのですが、それでもたくさんの猫がいるので早死にをするわけにも行かず、再開してしまいました。

喜んだのはダンナと息子でした。
今まで作らなかったハンバーグなどを作ってもらえるようになりましたしね。

でも、原発の事故があって、家畜たちが助けてもらえずに殺されるのを目の当たりにして、またお肉を食べる気が失せてしまいました。
でも偏食をしたら、病気になってしまいますから、こんどこそはきちんと勉強して正しい菜食に取り組みたいと思っています。

それで、一番ネックになっているのが家族の存在です。
家族全員が菜食になってくれないと、なかなか自分だけ菜食というのが難しいし、料理の時に肉が焼ける匂いなどを嗅ぎ続けないといけないのです。これが一番辛いです。だからといって作らないと、外食になってエンゲル係数がだだ上がりしてしまいますし。

そんな状況なので、この際、何か大事件が起こって、日本から肉食が無くなってくれないかなと思ったりする今日この頃です。でも、本当は、何も起こらなくても、日本国内で江戸時代のようなエコで肉を食べない生活を、みんなしてくれないかなと思っています。

2011/07/15

根本は嘘つきをやめること

人間って、どうしてもちょこっと嘘をつく生き物ですよね。

元気ないのに元気なフリしたり、お金ないのに金持ちのフリしたり、お掃除苦手なのに綺麗好きのフリしたり、オバサンなのにオネエサンのフリしたり。(これは言い過ぎか)

どうしてみんな、ありのままの自分を見せないのでしょうか。
この年まで生きていると、いつも「本音と建て前」で作られた虚構の世界を感じるのです。

この虚構は、隅々に行き渡っていて、こんなことを言っている私も、その虚構の上で生活しているのではあるのですが、いつも、はてなマークがつくんです。

たとえば、大きなところでいうと、原発の事故で出た放射能で、「ただちに影響はない」と言った政府の発表が記憶に新しいですけど、放射能って、影響あるのにないという。将来病気になっても、きっと因果関係が不明というための布石なんだなと、私なんかは思ってしまう。

嘘って、ちょっとくらいはバレないと、みんな思っている節がある。
それと、意外なことに、自分は善人だと思っている節がある。嘘つきなんかではないと思っている。

私なんかもたまにやってしまいます。
たとえば、冷蔵庫に賞味期限切れの食べ物があったとします。チルドルームに入れていたし、もうちょっと大丈夫と思っているところ、家族に見つかってしまったとします。
私は、賞味期限を知りつつ、「知らなかった、気づかなかった。」とシラを切ってしまうことがあります。だって、もったいないから。

「賞味期限切れても、自分の目と鼻で判断し、大丈夫な方法で調理すれば食べられる。」と説得すればいいのに、ついつい、知らなかったなどと言ってしまう私。
まあ、この頃は、きちんと説明して食べてもらうようになりましたが、以前はそんな風でした。

嘘をつかないことっていうのは、無農薬自然栽培の野菜を食べることと同じようなものです。
心に栄養がつく。
自然栽培の野菜を食べると、農薬や合成の肥料で作った野菜の味が、薬品くさくて食べられなくなってきます。
真実を知ってしまった体は、もう、毒を受け付けなくなるのです。
これと同じで、嘘をつくのをやめると、こんどは他人の嘘が見事にわかるようになってきます。
嘘とわかっていても、実害がなければだまされてあげるけれども・・・

きっとオーラが見える人には、嘘つきさんのオーラが濁って見えているのではないかと推測します。

今の病気になってしまった地球を救うには、まず、一人一人が小さな嘘をつくのをやめることから始めないといけないような気がしています。
嘘つきには嘘つきに見合った現実ができあがっていくとしたら、この世は嘘だらけの世界だということです。

この、嘘をつくのをやめるというのは、けっこう大変です。
今まで、ちょこっと嘘をついて難を逃れてきたのに、真実を波風たてずに語らないといけないからです。

とりあえず、些細なことからでもいいので、練習をしていく必要がありそうです。

2011/07/09

サバイバル本あれこれ

前回に引き続き、色々な本を紹介したいと思います。

まずは、自給自足の知恵を持たなければ!ということで、

タネも上手に取りたいし。


収穫したものを貯蔵する方法

薬草の知識も持っておきたい

家の作り方とか知っといた方が良いよねということで、

木の実とか種って、食べられるのかと思うので、こんな本も。

おまけ。

アホみたいですが、こういう本に大散財をしているのであります。ほとんどは、まだ読んでなくて、鍼灸師の国試に合格したら読もうと思っています。その前にいざという時が来てしまったら、持って逃げないといけません・・・

2011/07/05

まさか!のときの生き残り術

私は「まさか!のときの生き残り術」という本を買ってもっています。いざというときに、コレを持って生き延びないと・・・などと思ってしまうのです。

以前、「森へ」だったと思うんですけど、アメリカの作家(だったと思う)が描いた、電気が数年間止まってしまった世界でサバイバルに生きるティーンエイジャーの小説を読んでから、何となく、いつ起こってもおかしくない話だと思っていたんです。amazonで探したのですけど、ちょっと見つかりませんでした。

そのお話では、だんだん少なくなっていく食料がついになくなって、森の中へ足を踏み入れていくのですが、私にはすごくリアルに思えたものだから、そのころから、役に立つかわからないけど、おいしいと思った果物の種を取っておいたり、植木鉢で育ててみたりしているのでした。

もしも、そういう世界で生き残ってしまったときに慌てないよう、こういう本に目を通しておくのも面白いかなと思います。
そうそう、昔とっていた「小学○年生」という雑誌に、よくこんなサバイバルの記事が載っていて、私は大好きでした。

追記

「森へ」をアマゾンで見つけました。ご参考までに・・・

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