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2011年2月

2011/02/26

私の学校

私が通っている鍼灸学校は、関西医療学園専門学校というのですが、家から歩いて3分、動物病院から歩いて5分くらいのところにあるのです。

ずーっと前からそこに鍼の学校があるというのは知っていたし、死んだばあちゃんも臨床実習室で治療をしてもらっていたしで、あるのが当たり前、空気のような存在でした。まさか自分がそこへ通うとは、夢にも思わなかったです。

でも、動物病院が法人化される少し前から、ただ働きのお手伝いだった私にもお給料がでるようになって、ちょっと余裕も出てきた頃に、同じくらいの年齢の猫友達が卒業して鍼灸師になったり、臨床実習室で膝の痛いのを治してもらったりして、東洋医学を本格的に学びたい欲求が高まり、ついに入学してしまった・・・といういきさつは、以前よりブログを読んでおられる皆様にはご存じのことかと思います。

入学して早二年が経とうとしています。
なんと、あと一年で卒業です。
寂しいわあ~。

さすがに鍼灸師になろうという生徒さんたちは、若いのにみんな優しくて、前回のブログに書いたような宮廷女官のような意地悪もないし、私には天国なのです。
東洋医学の勉強も面白いし、だんだんと鍼や灸ができるようになって調子に乗っていたら、もう卒業が目の前に迫ってきました。

専門学校の先生は、とても熱心で、自分の中学の教師時代が恥ずかしくなります。
こんな近くに、こんな素敵な学校があったなんて、遠くに青い鳥を探してばかりいて損をしたなと思う今日この頃です。

授業料が他の学校にくらべて高めだったそうですが、本年度から少し値下げになったようです。
成績が良い人は、授業料が割引になる制度があり、最初は張り切っていたのですが、どうしてもクラスで5番以内には入れそうにもないので、あきらめました。
何しろ、すぐ横道にそれて勉強をサボるので、仕方ありません。
でも、授業料を振り込むのもあと二回、本当に光陰矢のごとしですわ。
授業料が高いのも、先生の熱心さや国試に受かる確率が高いことを考えると、まあ、こんなものかなと思います。

さあ、三月からは臨床実習です。
どうなるんでしょうかねー、ドキドキしますわ。

2011/02/24

腹いせの心理

女の腹いせというのは、複雑です。
直接仕返しをすることは珍しく、やり方は陰湿です。

自分の味方を作るところから始め、用意周到です。
直接自分は手を下さず、味方の中の乗せられやすい人物をあおって、その人に言わせるように仕向けます。
もしもの場合、自分は無傷で、乗せられやすい人が責任を負います。

私も40年以上生きてきたから、誰かがこれをやっているなというのはすぐにわかります。
やっている人は自分は賢いと思っているかも知れないし、どんなに知恵を絞っているかと思いますが、残念ながらバレバレなのです。

そういうわけで、私は実は女が苦手です。
男の友達の方が、あきらかに心がきれいで付き合いやすいと思います。
数少ない女友達は、この「女らしさ」がない人しか残りません。

良いことを引き寄せようと思ったとき、女の人は、まずこれをやめないといけないです。
「他人をコントロールする癖」を手放さないと、幸せにはなれないのです。
これをやっている人を見かけると助けてあげたいと思いますが、そういう人に限って唯我独尊、聞く耳持たずです。残念です。

2011/02/22

全能力

ごんじゅうろうさんからのリクエストにより、全能力という本を紹介したいと思います。

右脳教育のパイオニアである、七田眞さんの絶筆となった本ですので、今までの集大成と思って読んでもらえると思います。

息子が小学二年生の時に受けた心理テストで、「耳で聞いて覚える能力は中学三年生並み、目で見て覚える能力は幼稚園並み。」という判定結果を聞いたとき、自分は息子の左脳ばかりに力を入れて教育してきたのではないかと、ふと思って以来、右脳教育の本を買ってきては読んでいました。

物心ついた頃から、息子の質問には、いつも逐一答えてきたのですが、言葉で説明することが多かったのです。言語は左脳が司っているから左脳が発達したと思ったので、それ以来、言葉で説明しても、イメージがふくらませられるような言葉を選ぶようにしました。

アニメ世代の私だから、それはわりと簡単にできたと思います。とにかく、イメージしろということを言うようになりました。
別に、それで息子に特に何をしたでもないのですが、イメージとか、直感、自分の感覚とかをもっと大切にしろと言うようになりました。

七田眞さんは、右脳だけ、左脳だけではなく、全能を使えるようになりなさいとメッセージをくれています。

息子だけでなしに、私も全能を使いたいと思いますので、この本を辞書代わりにちょこちょこ読んでいます。
刺さない鍼の鍼灸師になりたいから、全能力があった方が絶対良いと思って。
そしたら、私より先に、息子の方が「気」に敏感になってしまい、息子が先生のようになっている今日この頃。
笑えますわ。

2011/02/19

学習障害

自分の子供が、学校に行きだしたとき、すごく得手不得手があると感じたことはないですか?
うちがそうでした。

保育園の時は、先生からも「物知り博士」とニックネームを付けてもらい、小学校に上がるときの知能検査でも高い成績を出していたうちの息子は、小学校に入った途端、「なんか変だな-」という雰囲気が漂ってきたのでした。

とにかく運動が嫌い。スキーは大好きだけど。

字は読めるけど書けない。書くと活字をそのまま印刷したよう。書き順は無視で練習しようとはしない。

算数は小学一年生の時に三桁の計算ができる。

そのほか、雑学の類は大人以上。

学校では、「怠学」とか「わがまま」と受け取られて担任の先生からお叱りを受ける日々。
すぐに「学校に行きたくない。」と言い出しました。

そんな調子だったので、とりあえずは小学校、上手く行けば中学校までは通ってほしいなと思いつつ、いざというときのための準備をしておくことにしました。

それはどんなことかというと、「自走式」に仕立て上げること。
自走式って、勝手に私があてた言葉なんですが、何かわからないことがあったとき、誰かを頼らずに自分で調べて自分で学ぶ態度を身につけさせるというものです。

そのためには、活字嫌いでは話になりませんので、マンガを買い与え、活字に慣れ親しむように読み聞かせてやったりもしました。ここでマンガにしたことが、その後の人生を決定づけてしまいますが・・・(^0^;)

それと、人生で何か起こったときに、誰かのせいにしない態度を身につけさせること。
誰かのせいにしようとすると、脳の活動がそちらにエネルギーを取られて、自分自身に向き合えない人生が待っていますから。

もう一つ、物事を俯瞰してみられるようになること。
自走式で学んでも、一人の人の意見しか聞かずに暴走するようでは人生を失敗してしまいます。

さらにもう一つ、右脳を発達させること。
本人は自覚していませんが、完全に右脳型に育っております。フフフ。

以上、そのような点を気をつけるようにしました。
当時、私もまだ若く、自分の心もコントロールできない状態で、息子のことにも気を配るというのは私自身もしんどかったです。おまけに猫が60匹いたんですから。神様に毎日、「なんで私だけ、こんな辛い人生になってるん?」と空に向かって尋ねる日々でした。

まあ、そういうことで、子供の教育に困っている人の助けになればと思って、私がしてきたことをあげてみました。

中学の教師をしていたときは、まさか自分がこんな難しい子を育てる羽目になるとは思いませんでした。色々と勉強したことは、子育てに役立ちました。
今、悩んでいる方、まずは自分がしっかりと地面に足を付けて、おたおたせずに明るく子育てをしてくださいませ。
明るく生きていれば、子供の性格も明るくなります。そうしたら、いいことがたくさんありますから。

2011/02/16

大人になるってどういうこと?

子供の頃、大人とは清く正しくて、弱きを助けるものだと思っていました。
思春期頃になると、何かが違ってきたんですよね、これが。

子供の頃は、捨て猫を拾ってもなかなか飼ってもらえなくて、「大人になったら、絶対に猫を助ける人になるのだ。」と思っていました。
早く大人になりたかったものでした。

ところが、ふたを開けてみると、賢い大人っていうのは、人を操るのが上手くて、嘘が上手で、されど他人からは良い人だと思われている・・・それが賢い大人の条件であるようなことを、周りの人たちを見ていると感じるようになってしまいました。

一人前の大人になるために、私は子供の頃の純粋な心にフタをして、30才くらいまでは、そういうのを手本に生きたと思います。
けれども、どうしても上手く嘘がつけないし、嘘をついたら病気になるし、他人によく見せようと生きるのも大変だしで、「もうアカン。」と思っていたときに、海辺で布袋に入れて捨てられていた仔猫を見つけてしまいました。
大人らしく見て見ぬふりをしようとしている私を5才の息子が叱ったのでした。

「それでも大人か。」と。

そういえば、子供の頃って、大人は弱いものを助ける偉い人間のことだと思っていたことを思い出し、「どれ、ちょっくら仔猫でも助けてみるか。」と歩き出してからが、私の第二の人生の始まりだったのだと思います。

今は、こんなちっぽけな存在の私でも子供の頃の理想のように、ちょっとは猫たちを助けられたし、良かったなと思います。

私は獣医の妻という立場上、あまり目立つことはできないのですが、猫を助ける人に、「助けやすい環境」を用意するくらいはできるし、きつい薬を使わずに病気を治す勉強をするように、夫に助言するのもできるし、とりあえず、子供の頃の夢は実現しつつあるなと思います。

本当の賢い大人とは、世の中をよくしていけるように、与えられた環境の中で毎日コツコツと、思慮深く、今を生きる人のことなのではないのかなと思うようになりました。めでたしめでたし。

2011/02/11

猫が歯止めになっていた

思えば、私はとてもやんちゃな部類の人間ではないかと。
退屈が耐えられず、何かをしていないと気が済まない。

けれども、私は女なので、どうしても家庭に縛り付けられる運命が待っていたんですよね、これが。
男だったら良かったし、独身女性として生きていれば問題なしに生きられたんですが、子供はいるわ、家庭はあるわで、家をほったらかしにすることはできない環境でした。

そんな私が糸の切れた凧にならないように引き留めていたのが、猫たちだったと今思えば思い至るのです。
猫たちは、遊ぶことの楽しさを教えてくれましたし、寂しいときには温もりを与えてもくれました。

目と目が合うだけで、考えていることをわかり合えるようになって、猫たちのために役に立ちたいという思いから、動物病院の経営方針も、体に優しい副作用が少ない治療方針を目指すようになり、野良猫の避妊去勢にも力を入れるようにもなりました。

たくさんの猫たちを一人で世話するのは、私にとってはすごいストレスでした。
そんな日々も乗り越えて、今は、ダンナも手伝ってくれるようになり、猫たちの数も半分くらいになって、やっと、こういうことを思えるようになりました。

その間に、犬とも仲良くできるようになり、しまいには鳥類まで・・・(^◇^;)

私の動物ライフはどんどん広がっていき、今となっては、地球環境を何とかしたいとまで思うようになりました。
動物たちと関わっているから、危機が目の前にあるのを、かなり早い段階で感じています。

猫さんたち、ありがとう。私をつなぎ止めてくれて。

2011/02/03

子供の頃の思い出

私の子供の頃の思い出は、けっこうネガティブなものも多いです。

周りの子供たちとどうにもなじめませんでした。
子供って、自己中心的だし、生き物を平気で殺すし、こわかったんです。
おばあちゃんに甘やかされて育っていたから、余計にそうなっていたのかもしれません。

近所のお友達の家に遊びに行ったとき、そこのお母さんが、友達に「ユミコちゃんにもキャラメルを一つあげなさい。」と言うと、あげたくなかった友達は、唾を付けてからくれました。
気持ち悪くて捨ててしまいたかったけど、その子のお母さんに申し訳ないから無理して食べました。
それ以来、人が口を付けて飲んだコップとかストローの刺さったジュース類は、「飲む?」と聞かれてもパスする人です。

小学一年生の時の春、出席番号が一つ違いの子と、友達になれてホッとしていたのに、六月頃に急にその友達が他のグループに行ってしまって、私のことは知らん顔したのもこわかった。
「お母さんがユミコちゃんと遊んだらアカンって言ったから。」なんていうことを平気で言いますから。子供は。

当時の私は、ボーッとしていて、先生の話を聞かずに変性意識状態でしたから、その子のお母さんが様子を聞いて、おそらく危機感を抱いたのは、今となってはわかりますが、当時はショックでしたね。

そんな私も、何だかんだと言いながら、一応普通の生活を送れるようになったのは、奇跡のような出来事のようにも思います。
運良く、自分のことを理解してくれる家族に恵まれて、子供の頃に比べたらずっと幸せだなあと思います。
仔猫を見つけても自分で拾って里親さんも見つけて上げられるしね。

そうそう、変性意識状態ですが、ダンナもよくそうなっていたことがあるそうです。
どうやったらそうなれるかというと、「ある一点を見つめる」とか、「ある一つのことを思う」など、何か一つの感覚に集中していると、あるときゴーッという音がしてきて、自分が無になります。

空に集中していたら、空になります。

私はそれを結構楽しんでいましたが、ダンナはこわかったそうです。
こんな経験、他にもあるんでしょうか。興味があるところです。
ちなみに今は二人ともできません。残念!

2011/02/01

プレッシャーが・・・

スズメさんたち、私のことをずっと待っているんです。

家の前ではお米をやらないようにして、寒い間だけ夜中に公園とか川の土手なんかに撒いておいてあけようと決めているんですが、私のことを認識してしまっているので、家の前の電線にとまって、ずっと家の中を見ていたりします。

「だからー、公園に探しにいっといで。木の根っこにまだあるかもよ。」などと話しかけている私は本当に怪しい人です。(涙)

寝る前に鳥の神様に「スズメさんたちに家の近所にとまらないように、伝えてくださいね。」なんて頼んでいる自分の怪しさに涙がちょちょ切れます。

ここ一週間以上、お隣は洗濯物をベランダに干してません。すごい無言のプレッシャーです。
たぶんお隣のベランダで粗相をしているんでしょう。

いつも猫や犬の糞尿にまみれているうちとは違い、植木の一本もないお宅だから、きっと一つスズメのウンコが落ちていても、閾値を超えて腹立たしく思うことだろうなと想像するにつけ、ただでさえ犬猫まみれの隣人がスズメまで連れてきて、隣に家を購入したことを後悔しているかも知れないと思うと、気の毒になるし・・・

見渡すと、最近雑草がぼうぼうの空き地なんて近所に見かけないし、私のようなお人好しを見つけるのもスズメの生きていく術の一つになっていたんだと思います。

今まで、街作りというと、人間が便利なように舗装して、税金が集まるように建物を建て、買い物客をたくさん集めてお金儲けができるようにするのがメインだったと思うんですが、これからは、もう少し環境に配慮して、小さい緑地を街角にあちこち配置して、屋上庭園を推奨し、少しは雑草の生える余地も残すような方向でやっていってもらえないかなと、思うようになりました。
そうすることでヒートアイランド現象も減るだろうし。

一戸建てに住んでいる人は、庭に木を植えたり蔦をはわせて、ますます緑化を推進していく。
そうして、人にも動物にも優しい大阪の街になってほしいなと思います。

それにしても、スズメのことで悩むから、体調が悪いです。もうすぐ後期テストなのに泣きそう。
アホな私を笑ってやってください。

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