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2009年2月

2009/02/28

タマネギが・・・!

もちかちて・・・私はタマネギアレルギーかも知れません。(涙)

昨日は、鍼灸をしてもらって、夕方元気にお料理に励みました。生協のパンフレットに載っていた、スモークサーモンの押し寿司を作って食べました。

押し寿司は、スモークサーモンと生のタマネギとキュウリを刻んで真ん中に挟んでいました。

食べ出してからすぐに、急に鼻が詰まり出しました。せっかく鍼灸で治まっていたのにです。

その後は、くしゃみ、鼻水、鼻づまりが勃発し、朝まで鼻が詰まり通しで、目が覚めた時には顔がむくんで、まるで一晩中泣いていたかのような顔になっていました。タマネギのにおいが、まだ口の中に残っていました。

ネットで調べると、タマネギは花粉症によいという記述ばかりで、タマネギで花粉症が悪化するような記述は見つけることが出来ませんでした。

昼に近所の喫茶店で、「肉なしオムライス」を注文しましたら、中にはタマネギが・・・

そうです。タマネギは、だいたいどんな料理にも入っているなと、その時気がつきました。でも、火が通っていたら大丈夫なような気がします。それでも、今日は一日中タマネギのにおいが残りました。

一つお勉強をしました。

花粉症の季節に、生のタマネギは、私にとって禁忌であると。

桜の花が散り終わるまで、この苦しみが続きます。空気のきれいなところで住みたいと、切に願います。

2009/02/21

樹木たちはこう語る 

樹木たちはこう語る(ドロシー・マクレーン著) 日本教文社刊

を、読んでいます。

この本を読みながら、私は、高校生だった頃を思い出しています。

両親が突然別居してしまったために、高校生活は悲しみのどん底になっていました。お嬢様学校だったから、まわりには幸せそうな級友たちの家族の話題があふれていました。

歩いていても涙があふれてくる毎日の中で、私を励ましてくれたのは、学校にたくさん植わっていた楠でした。

学校は、二階に渡り廊下があり、教室から教室への移動は、だいたいその渡り廊下を歩いて移動していました。ちょうど二階部分のあたりに楠の枝があり、手を伸ばしたら触れそうなくらいだったのです。

風にそよぐ楠の葉の音が、「がんばれがんばれ!」と言ってくれているように感じていたのです。

その後、15年くらい経った頃、今度はよさみ神社の楠に励ましてもらいました。(その話はコチラ)

そのほかにも、色々と木のネットワークがあるのではないかと思える経験があります。

都会に住んでいると、木々も窮屈な思いをしているのを感じます。私自身も窮屈で、早く田舎暮らしがしたくてたまらないのですが、のら猫同様、木々たちのこともなんとかしてあげないといけないような気もします。

この本を読んでいると、実は、遠い前世で、自分も木だったことがあるような気さえしてきます。木は動けませんし、話せません。地球環境を悪化させている人類に直接働きかけるのには、人間に転生する必要があったのかとさえ思えるのです。

そんな風に生まれてきている人たちが、今、たくさんいるはずだとも思えます。

けれども、人間に生まれたところで、できることは微々たることばかりです。それでも、「大阪ラピュタ計画」を発展させようと行動したり、可哀想な動物を増やさないために何かをすることは、無駄ではないように思います。

こんな小さな光が集まって、強力なレーザー光線になれればいいなと、またまた妄想してしまいます。

もしも、家の近くに話しかけられそうな木があったら、ぜひ、心の中で「こんにちは!」と言ってみてください。そして、その瞬間、そよ風が吹いて葉がこすれる音が聞けたと思えたなら、この本を読んでみる価値は大いにありそうです。


2009/02/14

ああ、麻生さん

本当にかわいそうだなと思います。

嘘つきを見抜けると自負する私としては、麻生さんは阿部さんと同じくらい嘘が苦手な方だと思います。

郵政民営化の見直しも、国民のためを思ってこその発言だったのではないかと、思います。

私は政治のことはわかりませんが、郵便局を民営化して、外国のファンドなどが株を持つようになると、今回のような経済が混乱した時に、国民の財産が露と消える可能性があるのではないかと、ちょっと思います。

ギリギリ株式公開となっていなかったのが、不幸中の幸い、この機会に危険を回避できるように色々見直しておくのは間違いではないように思うのです。

小泉さんは、国民に痛み痛みと言って、お金持ちは困らないけど民衆が困るような制度をたくさん作ってくれました。当時はカリスマ性のある発言にみんな酔いしれて、何も考えずに小泉さんを選んだような感じでした。

今、その痛みを思いっきり感じているのは、「自分が痛みを受けるはずがない。」と思って投票した一般ピープルではないのかなと思います。

まあ、政治のことはわからないし、それに自民党も民主党もどの政党も好きではないけど、麻生さんだけは何となく応援している私の、かすかなつぶやきです。(だって、ジャパニメーションを応援してくれる首相なんて、金輪際いないと思うし。)

それとも、小泉さんの麻生批判は、私のような人間が現れるのを期待してのことだったのかも?

2009/02/12

笑う妄想

おそらくは妄想なので、読んでくださっている皆様の時間を取らせてしまわないかと心配なのですが、まあ、笑って読んでやってください。

以前に、シーズー犬をたくさん飼っている中国での前世の記憶のことを書きました。

そのことなのですが、その時の前世って、実は西太后ではないかと妄想しています。

息子はその時、西太后のあとに皇帝になった人物かも知れないと、これまた妄想です。子供の時から教えてもいないのに、正座をして御飯を食べたりして、立ち居振る舞いが平民的ではない子でした。

私は夢の中では、自分では雑用を一際せず、すべてメイドのような人物にさせていました。その人物、祖母のような気がします。猫を殺してシーズーの食料にする役目もさせていたように思います。ああ、おそろしい。

祖母は、孫の私が激しい猫好きであることがとても嫌そうでした。前世がそのメイドであったと思えば、何となく頷けるなあと思うのです。また、今生で激しく猫好きになっている私も、きっとカルマの解消をしているのだと思えます。

息子は私が作る料理に「毒味はしたのか。」と冗談で言います。インフルエンザにかかっても一晩で治ってしまう息子ですが、食中毒にはめっぽう弱いと思っていて、私が期限切れの食材を使っていないかどうか、いつも目を光らせています。私としては、毎日ちょっとくらいばい菌をお腹に入れておいた方が免疫力が高まると思うのですけどね。

西太后のあとに皇帝になった人物は、毒殺されたらしいと最近のニュースで知りました。犯人は西太后なのか、誰なのか不明のままです。

西太后の生まれ変わりだと思いつつある私としては、犯人は、別の人物です。病気で動けない西太后の名を利用したのです。

スピリチュアル的、いや、妄想的に考えると、その皇帝は西太后を疑ったまま死んだと思います。それで、今生では親子となって生まれています。前世で得られなかった信頼感を取り戻すためだと思います。だから、私は息子には絶対嘘をつかないと決めています。

ダンナはその時、西太后の忠実なしもべの宦官ではないかなと、これも妄想です。

毎日、猫部屋のお掃除や晩ご飯の支度をしていると、本当に辛いなと思う時があります。「どうして召使いがする仕事を、女帝の私がせんならんのん。」と思ってしまうのです。ダンナにも偉そうにしています。家来だと思っているから、ついついそんな態度に出てしまうのではないかと思います。(^◇^;)

まあ、とにかく、今は平凡な人生を送りつつ、家族たちとも仲良く暮らしているわけですから、きっと前世のカルマも解消に向かっていることと思います。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


2009/02/04

工夫しろ!

もうすぐ鍼灸学校に行くに当たり、私は自分の時間をどうやって捻出するかを毎日考えているんです。

いつも通りにしていたら、絶対に時間が足りなくなりそう・・・

というか、ここ二、三年で、私の生活はどんどんズルズルと何事にも時間をかけるようになっているのです。

動物病院のスタッフの数が多くなって、私が必死で頑張らなくても良くなってから、こんなことになっているのです。

することが減ったのに、もともとしていたことを手間をかけてやりはじめ、時間が余らないようにしていると思えます。

おまけに心がゆるむと体もゆるみ、体調不良で苦しんでいたんです。

「ああー、困ったなー。どうすればいいのかなー。」と思いつつ、トイレにかかっている「がばいばあちゃんの三日めくりカレンダー」をめくると、「工夫しろ!」というお言葉が・・・続けて別のページをめくると、また「工夫しろ!」というお言葉が・・・

「ああ、これって、私を見守っている守護霊様たちからのメッセージかなー。」と思います。

工夫しないとダメですねー。自分を律して頑張ってみようと思いました。

それと、この前、相手に自分の気持ちをわかってもらえなくて、「なんだか悲しいなー。孤独やわー。」と思ったことがあったのですが、ふと夜空を見上げると、美しいシリウスが輝いていて、まるで私に話しかけるように瞬いていました。それをみたら、何となく、「シリウスさんはみんな知っている。」という気持ちになり、とても癒されました。

シリウスは若い時から大好きな星で、とても悲しいことがあった時、目を硬くつぶって泣いていた時に、心の中にシリウスが見えたことがあるのです。

星があったら、ダイヤモンドなんていりませんね。∈^0^∋

この世で見ること、聞くことはすべてメッセージだということを実感している今日この頃です。

2009/02/02

虚している人をおそれる私

「虚している人」というのは、最近はまりだした東洋医学の言葉を借りた私の造語です。

私も虚している部類で、けっこうギリギリで生きているから、私の少ない気を無意識にも奪おうとする人が来ると、奪われまいと、とても構えている自分を発見しました。

エネルギーバンパイアと同義語とでも言えますが、「虚している人」というのは、あまりにもエネルギーが底を突きかけていて、病気の一歩手前まで行っている人のことを、私が勝手に名付けたのです。

だいたいにおいて、エネルギーバンパイアとか虚している人は、他人からエネルギーをもらおうとするわけなんですが、そのもらい方には特徴があります。

1.愚痴を聞かそうとする。愚痴を聞き終わったあとは、こちらがガックリと疲れており、気がつくと、相手はスキップで帰っていく。

2.こちらに怒りの感情を沸き起こらせようとする。本人と喧嘩する場合もありますが、そうではなく、聞いているうちに腹が立ってくる世間話などを延々と聞かされる。聞き終わったあとは、ガックリと疲れており、気がつくと相手はスキップをして帰っていく。

3.ほうっておけないような、あぶなっかしい感じで、「私、、もうダメ」などとつぶやく。それで、色々と時間をかけてアドバイスをするも、結局は聞いてもらえず、ガックリと疲れてしまう。気がつくと相手はケロッとして帰っていく。


こういう目に何度も遭っていると、だいたい「虚している人」がわかるようになり、来た瞬間に、「うわ、来た!」と思って構えてしまうんです。自分の第三チャクラにソケットを差し込まれないようにと思って。(^◇^;)

先日、鍼灸でせっかく体調を整えてもらったのに、この「虚している人」と話をした途端に体調を崩し、一週間、全身倦怠感が抜けずに困りました。それで、一週間後に再び鍼灸をしてもらって、体調が戻ったあと、よ~く考えたんです。

最初は、虚している人に気を吸われたせいかと思っていたのですが、本当のところは、私が自分の少ない気を奪われたくないばかりに構えた結果、自分で自分の気の流れを止めてしまったのが、原因ではなかったかと思えるのです。

元はと言えば、自分の気が少なすぎるのが原因だから、もっと気を蓄えられるように何かをしなくてはと思う今日この頃です。

鍼灸学校では体育の時間にヨガを習うそうなので、ちょっと楽しみです。

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