先日、無事に面接試験を終え、「まな板の上の鯉」状態の私です。
私が学校に行くと言い出すと、最初はダンナも息子も反対でした。私が忙しくなると、自分たちの生活クオリティが下がると感じていたようです。
でも、私はどうしても鍼灸師の資格が欲しかったのと、最近、仕事を経理とボランティアだけに絞っていて、することがない私は、人生のたそがれを感じだし、「ヤバイゾー!」と思っていたので、やりたいことが見つかるということは、自分の心にとって、とても救いなのでした。
そのことを家族たちにやっと理解してもらいました。
なんと、半分ぼけていると思われる母が賛成で、「そうそう、あの子、昔から勉強が好きな子やった。」などと、ダンナに言っていたのは驚きでした。
そんな中で、私は今は亡き二人の人物の気持ちをいやというほど感じていました。
それは、亡くなった祖母と義母です。
祖母は、私が高校生のころ、急に化粧品販売の代理店をやりたいと言い出しました。当然、生活クオリティが下がると感じた私は、反対でした。
そのとき、祖母は言いました。「私は何十年も家族を守って生きてきた。それに、おまえたちは孫やでー。いつまで縛り付ける気や!」と・・・
あのときの、祖母の気持ち、今回痛いほどわかりました。悲しみとも悔しさともいえない、なんともいえない閉塞感を感じていたのだと思います。
義母は、私がダンナと結婚した後、それまで携わっていた動物病院の経理を私に譲りました。口では、「ハハー、これで楽になったわー。」と言っていましたが、生活のハリを失くしたのかもしれません。
家に閉じこもって、パソコンでカードゲームのソリティアで時間をつぶす毎日を送っていたようです。まるで、仕事をリタイアしてすることがないので家事を時間いっぱい使ってだらだらしている私みたいに。
「このまま残りの人生、時間をつぶすだけなのか。」という、なんとも寂しい思いを、義母は感じていたのではなかったかと、思います。
面接試験までの間、何度も、やはりやめたほうがいいのかと逡巡したのですが、試験の数日前に、お世話になっている税理士さんに、仕事の相談のついでに、「鍼灸学校行こうと思ってるんやけど・・・」と話してみたところ、「そら、行っといた方がええでー!したいことあるって、幸せやでー。それに、おんなじような動物病院ばっかりあってもしゃあないでー、これからは色を出していかなあかんでー!」と激励していただいたのです。
その言葉で、私は、自分の判断が間違っていないと確信し、思い切り生きる決心をしたのです。
いやはや、いっぱい考えさせられました。
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