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2007年11月

2007/11/30

角の八百屋

私の住んでいるところの商店街に、みんなが「角の八百屋」と呼んでいる、八百屋さんがあります。

そこへ、昨日、買い物しに行ったときの話。

 「シチュー作るねんけど、マッシュルームないですか~?」

おばちゃんA 「マッシュルームないかって聞いてはるで~。」

おばちゃんB 「今日は入れてないわ~。ごめん~。」「これやったらアカン?」

  といって、見せてくれたのは、ベビーサイズの椎茸でした。

 「これ、椎茸やん。」(いしづちを取ったら、マッシュルームに見えないことはなさそうです)

おばちゃんB 「やっぱりアカン?無理?」

おばちゃんA (おもむろに申し出る雰囲気で)「うちは、いつもシチューに干し椎茸入れてるけど、おいしいよ。」

 「ええ?干し椎茸シチューに入れるんですか?」

  とまあ、こういうやりとりがありまして、あまりにも面白いので、買ってかえってシチューに入れることにしました。

味は、まあまあでした。シチューにはマッシュルームって、固定観念だったのね。

その後、伊勢屋という魚屋さんへ行き、ホタテを買おうとしましたら、


魚屋の兄ちゃん 「そのホタテはやめときなはれ。」

 「古いのん?でも、シチューに入れて火にかけるから大丈夫ちがう?」

魚屋の兄ちゃん 「いやいや、やめときなはれ、やめときなはれ。」

  と、どうしてもホタテを売ってくれません。もしかすると、常連客の予約が入ってたのかも知れません。

 「ほな、カニでシチューしてみるわ。そのカニのむき身は大丈夫?」

魚屋の兄ちゃん 「それやったらいける、いける。」


  ということになり、私は、思いがけない材料でシチューを作ることになってしまいましたが、結局家族は喜んで食べていたので、まあいいでしょう。

それにしても、八百屋のおばちゃんたちと魚屋の兄ちゃん、面白すぎです。

お料理を作りながら、何度も思い出し笑いをしてしまいました。

それにしても、干し椎茸でシチューって、初めて聞いたな。

2007/11/28

祖母があの世でボランティア?

いやいや、夢の話です。

祖母は、生前、さんざん私の猫の世話をさせられた上に、だまされて買った高価な羽布団に、私の猫がねらっているかのようにオシッコやウンコをしましたから、あまり猫好きではありませんでした。(怒るからよけいにするんですよね、これが。)

犬も、私の兄が五歳で亡くなる少し前に、兄が可愛がって飼っていた子犬が亡くなったそうで、孫を犬に連れて行かれたかのように言っていたこともありました。

そんなこんなで、動物嫌いの部類かなと思っていましたが、きのう、私の夢に出てきた祖母は、動物ボランティアのようでした。

まあ、夢の話でスミマセン。

元は木工所だったような建物があり、シャッターも閉まっておらず雑然と散らかっている、そんなところに、クリーム色したミニチュア・ダックスが一匹、犬小屋につながれていました。

水のお皿もフードのお皿も空っぽで、私はそれを見て、大急ぎで水道の出るところに運んで飲ませることにしました。

ミニチュア・ダックスは、とてもほっとしたようで、嬉しそうにくつろいでいたところ、着物を着たすらりとしたおばあさんが現れました。

そのおばあさんは、ミニチュア・ダックスを放置した人の祖母に当たる人で、今後は自分が面倒を見るつもりのようでしたので、私は、その人に犬を託しました。

すると、そこへ祖母が現れて、私は、いつものように懐かしく抱きしめあって、喜び合いました。

祖母はミニチュア・ダックス犬を抱いたおばあさんと、またどこかへ消えていきました。


それだけの夢なんですけど、祖母が犬を成仏させる手伝いを、私と一緒にしているような気がしたんです。

「そうか~、おばあちゃんも、ついにボランティアに目覚めたんやな~。」と一人ごちている私なのでした。

そして、最近、体調が悪く落ち込み気味だったのですが、夢を見た日に、香川県の粟島に済む年上のお友達N子さんから、天使のメッセージとも言えるようなお電話をいただき、肩こりも消えてしまったのでした。

見えない存在たちが見守ってくれていることをすっかり忘れて、私は体調不良になっていたのでした。

こんな私を導いてくれて、とても有り難いなと思った次第です。

2007/11/23

野良猫の母様

野良猫は、はじめから野良だったのではありません。

もともとは、人に飼われていたのが捨てられて、外で暮らすしかなくなってしまい、それで仕方なく野良猫になってしまったのです。

特に、日本の猫は、海を渡って人とともにやってきたのですから、日本に来たときから飼われていたわけなんです。

でも、ある時、捨てられてしまった。

飼い主が破産したとか死んでしまったとか、仔猫が生まれたけど殺すのは忍びないから、だれかに拾ってもらおうとか、そういう何らかの理由で・・・

私が想像するに、きっと、野良猫の母様は、代々、仔猫たちに、「もしも人に拾われることがあったら、上手くおやり。我が家に代々伝わっている、人間を手のひらの上で転がすやり方を、おまえに教えておくよ・・・」な~んてことを、お乳を吸わせながら教えているんではないかと思うんですよ。

なぜそんなことを思うかというと、捨てられて風邪を引いてノミだらけでぼろぼろで、人を見たら吹いていた仔猫が、二週間くらい世話をしてあげると、コロッと猫が変わって、めちゃくちゃ可愛くなるからなのです。

仔猫の部屋にはいると、寝ていてもパッと起きて、「おはよう~ママ~!」と言って、ミイミイ走り寄ってくる様は、まるで、以前から仕込まれていたとしか思えません。

その姿を見ると、私はメロメロになってしまい、「かわいい~!おまえたち、なんてかわいいの!」ということになり、買い物に行くと、仔猫たちのおもちゃを物色してしまう始末。

また、仔猫たちに先に食べ物をやり、自分は後に残ったものを食べている母猫の様子を見ると、野良猫を「畜生」と呼んで、さげすんでいる人間の方こそ、よほど劣って見えます。

まだ放し飼いが許された頃の母猫は、仔猫たちに狩りの仕方も教えていました。いわゆる「猫語」ともいえる、いろんな鳴き声や、息の音で合図をしていました。仔猫たちも、母猫の号令に付き従って、チョコチョコと田圃のあぜ道を一列に並んで歩く様は、なんともほほえましい光景でした。

今、都会では、そんな猫らしい生き方ができる猫は珍しくなり、コンクリートジャングルと、たくさんの自動車が走る道路に隔てられて、猫おばさんや、心優しい人に食べ物をもらって生きるしか方法がない猫たちの方が増えてしまいました。

それでも、大昔は貴族だった野良猫の母様は、今も仔猫たちに、誇りを持って生きるようにと教え、人間を働かして楽して生きる方法を教えているに違いありません。

まるで、白人に住むところを追われた先住民族のように。

2007/11/18

これって児童虐待でしょうか?

以前、ブログに書いた「裸足の女の子」とは別に、近所にもう一件、ネグレクトと思われるような家庭があるのです。

四人くらい姉弟がいるみたいですが・・・

主に子守は一番上のお姉ちゃんがやっています。小学3年生くらいです。小学生用の自転車のハンドルに一番下の子を掴まらせて、二人乗りをしています。一番下の子は、器用に自転車のフレームに足を乗せて、サーカスみたいです。

夜10時をすぎて、公園に子供たちだけで犬の散歩をしていることもあります。一番下の子は、2歳ぐらいだと思います。その四人が、チワワと夜の公園を散歩しているのです。

夜の九時くらいに、コンビニに子供たちだけでお使いに行っているのも見たことがあります。

最近、一番下の子が、トイレの躾中なのかどうかしりませんが、玄関の外に追い出されて、一時間くらい泣いていることが増えてきました。

二階の窓は開いていて、階下の様子は窺っているようです。通りがかりの人が泣いている子に声をかけると、カーテンのところに人影が見えます。

今日は、夜七時頃から泣き声がはじまって、絶叫に近い声が一時間くらい続きました。

その後、十時頃にまた追い出されて、泣いていました。そのときは、隣の子供が窓を開けて、「いてるいてる!」と言いますと、中から一番上のお姉ちゃんがドアを開けて、中に連れて行ったようです。

上着などを着ていないし、これからの季節、泣き声を聞くのが辛くなりそうです。

これって、児童相談所に通報した方がよいのでしょうか・・・

以前、裸足の女の子の時は、通報後、待遇がとてもよくなり、寒い日は上着を着ていたし、靴も履かせてもらえるようになって、兄妹みんなで助け合って(9人いるらしかった)、子育てで大変なお母さんを手伝うようになっていました。

子供にそんなことをする親のことを通報なんかしたら、仕返しされそうで怖いのです。

近所の人は通報しているのかいないのか、わかりません。

動物虐待に敏感な私だから、児童虐待にも敏感なのか。普通の人は「躾の一環」だと思っているのか・・・

このブログを読んでくださっている皆さんなら、どうされるでしょうか?

2007/11/11

淤血(おけつ)

今年(2007年)に入って「病気を治す飲水法」という本を読みました。

内容は、普段、猫の健康状態を見ている私には、至極納得できるものでした。「やっぱりな!」と思うことがたくさん書いてあったのです。

それで、自分もお水をもっと飲んだ方がよいと思い、今年の夏は、頑張って朝起きてすぐに、コップ一杯、食事の30分前にコップ一杯という風に、いつもより多めにお水を飲むようになりました。それと、ほんの少し天然塩をなめるのです。

それで、何が変わったかというと、生理痛がほとんど無くなってしまいました。

去年は毎月38度くらいに発熱し、寝込むほどだった生理痛が、今年はケロッとしているのです。その痛みは、お腹の中に固い石のしこりがあるために、腸がまったく動かなくなったような感覚で、腹部膨満と痛みのために、まっすぐ立って歩けないほどでした。

一昨年と去年の夏には、熱中症と思われる症状が出て、夏場、昼寝から覚めたら心臓が痛んで動けなかったり、用事が済んだとたんに頭痛がして、全身倦怠感に見舞われたかと思うと、その後、全身が筋肉痛になったりしていましたが、今年はありませんでした。

そして、今になってわかるのは、私は漢方で言う淤血(おけつ)だったということなのです。

淤血(おけつ)とは、血液がどろどろになって、循環が悪くなっている状態のことを言います。

ネットで調べると、中性脂肪が高い、肥満、糖尿病とか、ぞろぞろと生活習慣病っぽい名前がでてきますが、私の場合は、そんなに太っていないし、糖尿でもありませんでした。肉食もしていません。

だから、体質なのかとあきらめていましたが、水分摂取の不足からそういうことになるということが、自分の体で証明された形になりました。

実は、水分を採るとトイレが近くなるため、子供の頃からお水をあまり飲まないようにしていたのです。

その習慣から、私の血液はドロドロになっていたようです。

お水を飲むことによって、ドロドロが解消されると、生理痛も無くなっていきました。

それと、不思議なことに、「のどが渇く」という感覚を忘れていたことに気づきました。今では毎朝、のどが渇いて目が覚めます。

お水を飲み始める前は、朝、目が覚めたらすぐに猫たちの部屋のお掃除をはじめ、二時間くらい働き続けた後、コーヒーを飲むという習慣でした。

これは、本によると、最悪の習慣のようでした。

今は、生理痛もほとんどなく、心臓も痛くなくなりました。猫様のために、少し長生きできそうです。

あとは、睡眠時間をもっと取りたいところです。

猫ちゃんの飼い主さんには偉そうに「お水をたくさん飲めるように、工夫をしてあげてください!」と言い続けてきた私ですが、灯台元暗し、自分にもお水を飲ませないといけなかったのでした。


2007/11/10

ニューヨーク市動物同盟

NHKハイビジョン放送で、「ニューヨーク 街物語」という番組を放送していました。

タイトルが、「すべてのペットを救うまで」とありましたので、興味をそそられて、録画して見たのです。

20分という短い番組でしたが、私にとっては、とても濃い中身でした。

取材を受けているジェーン・ホフマンさんが格好良すぎです!

たくさんの動物ボランティア団体を同盟という形で結び、足りないものを補う式で協力しあえる体制を、見事に整えたのです。

おまけに市のお墨付きをもらったことで、資金面でも困らないようになったと言います。

彼女の、「安楽死ゼロに、いつかしてみせる。」という、やる気満々の姿に、私も発奮しました。

日本では、まだまだ、愛護団体同士が仲良くなりきれていないような現状があるように感じますが、いつか、みんなが協力しあえるネットワークを、日本でできたらいいな!と思います。

とりあえず、大阪動物同盟というのができて、大阪の愛護団体が補い合って、やっていけたらいいなと思います。

ジェーンさんは元弁護士で、とても聡明な方でした。

20分の間に、ダンナと私は、感動の嵐だったのです。

それにしても、旧来のシェルターの中が放映されていたとき、まるで自宅みたいだと思った私です。猫だらけで、ぼろぼろにされたキャットタワーがあって、ボランティアさんが、一匹を撫でていると、五匹くらいすり寄ってくる様が・・・

そして、上にも下にも猫さんたちが。

ジェーンさんが新しく作ったシェルターは、ペットショップと間違うほどに洗練されたものでした。ああいうシェルターだったら、作れたらいいなと思います。そして、ショップで買おうとする前に、シェルターに見に行くのがあたりまえの世の中に、日本も早くなってほしいと思います。

2007/11/09

犬たちはどうなるのかな

先日、大阪の朝日放送のムーブという番組で、動物愛護団体のシェルター建設反対運動が起こっている件についてやっていました。

住民側とシェルター側が話し合いをしているところを録画しているのですが・・・

私は、どちらの見方でもありませんが、ビルコンという消毒薬の処分方法について書かれた説明書を曲解して、あたかも劇物扱いにして番組で説明していたのを、見逃せませんでした。

ビルコンは、動物病院ではどこでも使っています。

パルボウイルスなどが蔓延してはいけないからです。

使うときは希釈して使い、その場合は、流れても大丈夫なのです。説明書に書いてあることは、希釈せず、粉末のまま地中などに投棄してはならないということなのです。

ムーブという番組は、信用できないな・・・と思いました。

さて、私は、この番組を見て、「田舎に猫をたくさん連れて住む場合は、ある程度便利が良くて、景色が良くて、ほどほどに人が住んでいる地域には、引っ越してはならないな。」ということを学びました。

かわいそうなのは、行くところを奪われている犬たちです。

人間たちのエゴから来る喧々囂々といった争いごとには嫌気がさしますが、犬たちはどうなるんだということが、一番気になるところでした。

シェルター予定地に、仮に団体が入らず別の場所へ行ったとして、もしかすると、そこは将来、住宅開発業者に買い取られて、住宅がたくさん建ってしまい、山は崩され、木は切られ、都会から行儀の悪い人たちがたくさん移住してきてしまうかもしれない・・・それにくらべたら、犬を住まわせてやった方がマシだった・・・というような事態がないとも言えないと思います。

世の中、「巡る因果の糸車」ですから。

問題は排水にあるようでしたから、浄化槽の設置などで上手く話し合いがまとまらないのかなと思った次第です。

とにかく、犬がかわいそう。

2007/11/04

アメショーのリカちゃん

Photo
アメショーのリカちゃんは、母の家に遊びに行ったときに、ぼろぼろの姿で私にすり寄ってきて、あまりに可哀想なので連れて帰った猫でした。

年齢はわかりませんでしたが、犬歯が一本折れていましたし、歯石も付いていたので、10才くらいだろうと推測しました。

2005年の秋に保護して、リカちゃんが元気になった後に警察に聞いてみたけれど、迷子の届けもなかったので、家の二階で飼うことになりました。

リカちゃんは2006年の秋に、一度、肺炎になり、死にかけました。

そのときは、私はリカちゃんに掛かり切りになって看病をしたし、薬の使い方も的確だったので、すっかり元気になっていました。

リカちゃんは寂しがり屋で、ちょっと構ってあげないと、すぐに目やにを出したりして、心配させてくれました。

今年(2007年)に入ってから、私は、三毛猫親子の世話から始まって、自分が拾ってしまったボンちゃん、ダンナが安楽死できずに引き取ったプラちゃん、チコちゃん、ビーナス、イチマツ、クロロの看病に明け暮れるようになってしまっていました。

その上、避妊去勢分院を立ち上げようと準備しているところに、税務調査が入り、経理事務も今まで以上にこまかくきちんとしていかなければならないことになっていました。

そのために、リカちゃんを構ってあげる時間を、ほとんど取れなくなってしまいました。

そのせいかどうなのか、リカちゃんは、秋になってからまた苦しそうな呼吸をはじめて、だんだんとご飯を食べなくなっていきました。

かなり辛い状況になってから初めて、私は気づき(いえ、気づいていたけれど、きっと見て見ぬふりをしていたかもしれない)、あわてて点滴やら注射をしはじめました。症状は去年と同じだったので、同じようにすれば治ったはずでした。

けれど、私は同じようにはしませんでした。

去年は、原因がはっきりしなかったので、肺炎と心筋症の両方を疑って、両方の治療をしました。けれど今年は、肺炎の治療しかしなかったのです。

去年は利尿剤も使いましたが、今年は、まったく使いませんでした。

おととい、食事を作っていたときに、エビを湯がいて細かく刻んであげると喜んで食べたので、何日も食事を取っていなかったのに、私は、カニカマやエビを何度もリカちゃんに出してやりました。

食べ過ぎが堪えたのか、昨日、とても調子が悪くなり、夕方亡くなってしまいました。肺水腫のような状態で、苦しそうに息をして、私が声をかけると、必死で返事をしようとしました。「どうしてこんなに苦しいの?」と、パニックになっているようでした。

夜九時頃、やっと苦しみの時から解放されました。

亡骸は、生きていたときよりも優雅で美しく、若く見えました。

やっと楽になれたリカちゃんですが、私には後悔が残りました。リカちゃんは寂しがり屋で構ってあげないといけない子だったのに、構わなかったこと。

リカちゃんの病気は、肺炎と肺水腫の両方の治療をすれば治るのに、片方の治療しかしなかったこと。

無意識に、猫の数が多いから、早く死ぬように自分がし向けた気がしました。優しいリカちゃんは、それをわかっていて受け入れたように思ったのです。

そう思って、自分を責めていたら、今夜、流れ星を見ました。

「あの流れ星は、もしかしたらリカちゃんなのかな。慰めてくれているのかな。」と、そう思いました。

今年に入って、とても忙しくなって、このままではいつ倒れるかわからない不安がよぎります。そんな私の負担を少しでも軽くしようと、リカちゃんは逝ってしまったのか・・・と思います。

せめて、前の飼い主さんが、すでに他界しているとしたら、天国で会えますようにと、祈るばかりです。

2007/11/01

公園のメタセコイヤ

大よさみ神社のとなりに、庭井公園という小さな公園があるのですが、そこには、メタセコイヤの大木が三本植わっています。

桜や楠やケヤキなどと一緒に、子供たちに優しい木陰を作ってくれていました。

今年の春に、一度、公園の木々の枝が短く伐採され、とても心を痛めたことがありました。そのときは、メタセコイヤは隣接する駐車場側の枝がすっかり無くなっていました。

まわりの楠たちも、短く枝を切られていました。それでも生命力強く、夏を生き延びて、新しい芽をたくさん出したので、ホッとしていたところでした。

ところが秋になって、もう一度、メタセコイヤだけが、また切られました。

今度は、全ての枝が幹から三十センチくらいのところまで、そして、一番てっぺんは、首を切られたみたいに、無くなっていました。

落ち葉を掃除するのが大変だし、面倒なのはわかりますが、なにもそこまでしなくても・・・と思っていた私は、息子にその話をしていたお好み焼き屋で、思わず呪いをかけてしまいました。

「あんな風に切れと注文を出した張本人は、来年ガンになって死ぬ。」と。

すると息子が、「お母さん、そんな呪いかけてええのん?呪いかけたらバチ当たるから、もうやめるっていうてたやん。」と指摘されてしまいました。

感情にまかせて呪いの言葉を吐いてしまったけど、すぐに、「あれはナシナシ。」と撤回しましたが、後の祭りでした。

早速、翌日バチが当たってしまいました。

私にとっては一番痛いバチ。

そして、二日後に、もう一回、「泣きっ面に蜂」という言葉がぴったりのバチが・・・

ねこおたの読者の方には、なんとなく想像がつくと思います。ブログでははっきりと書こうという気持ちになれません。辛すぎて。

「人を呪わば穴二つ」と江原啓之さんが言っていましたが、まさにそのことが起こってしまったのです。

ここは、もう反省するしかありません。私を見守っている存在たち(守護霊)も、涙をのんでバチを当てたのかもしれません。

これを機会に、一生、人を呪わずに生きていこうと思います。そうすることが、守ってくれている存在たちへの謝罪だと思います。

そして、与えられたバチを恨まず、真心込めて対応していくしか無いと思います。

最近、いろんな企業の悪さとか、公的機関の悪さがバレ続けていますが、よこしまな心を隠したまま、善人ぶって生きることができない時代に突入していると思います。

こんなにすぐにバチが当たるなんて、10年前の10倍早いと思えます。

「くれぐれも気をつけて心を清浄に保てるように、暮らしていかないと」と、強く思います。このブログを読まれた皆様も、ぜひぜひ心がけてくださいね。

街路樹の剪定について、詳しいHPを見つけました。(クリック)

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