ねこー!ねこー!
さっき、スーパー銭湯に行ってきたのですが、そこの駐車場での出来事。
よちよち歩きの男の子が、私の方を指さし、片言で「ねこー!ねこー!」と叫んでいました。
すれ違いざまに、バイバイと手を振ってあげたら、振り返って、もう一度、「ねこー!」って言うんですよ。
やっぱり後ろに猫がいっぱいいるのかなあ・・・と思ってしまいました。
小さい子には見えるのかしら?
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さっき、スーパー銭湯に行ってきたのですが、そこの駐車場での出来事。
よちよち歩きの男の子が、私の方を指さし、片言で「ねこー!ねこー!」と叫んでいました。
すれ違いざまに、バイバイと手を振ってあげたら、振り返って、もう一度、「ねこー!」って言うんですよ。
やっぱり後ろに猫がいっぱいいるのかなあ・・・と思ってしまいました。
小さい子には見えるのかしら?
ちっこいミケちゃんは、順調に里親様が見つかったそうです。先住猫がいるお家なので、エイズ・白血病が陰性だったら、お見合いが出来るとのことで、今日(10/22)に、来院して検査をしました。
結果はどちらもマイナスで、ホッとしました。
あとは、うまく先方になじむだけなのです。また、猫の神様にお祈りしておかなくては・・・
今日、保護主様とお会いしてお話を聞いたところ、ミケちゃんが現れる直前、大よさみ神社の近くで乗っていた自転車がパンクしたため、自転車を降りて押して歩いていたそうです。
そこへミケちゃんが華々しく登場し、尻尾をたてながらゴロニャ~ンと甘え、保護主様が抱っこをすると、しっかりと抱っこされ、そのまま家まで直行したそうです。「何これ~?あんた誰やのん~?」と言われながら・・・
私がミケちゃんを見に行ったときは、犬連れのせいか、10メートルくらい離れていたり、さわらせてもらっても、ご飯を食べている間、ちょっと背中を撫でさせてもらえる程度だったのに、この違いな何なんでしょう?(笑)
ミケちゃんが、人語を解して、自分を正しくアピールしたに違いないと思える今日この頃です。
それから、自転車のパンク、神様が仕掛けたのでしょうか。タイミング良すぎです。
何の取り柄もない私なのですが、猫に関わったおかげで、うまく世の中を渡って行くことが出来て、ほっとするとともに、私の使命は何なのだろうかと自問することがあります。
この前、ちっこいミケちゃんを避妊したときに思ったのですが、あのミケちゃんを避妊したいと思ったのは私ですが、実際に捕まえてきてくれたのは近所の猫おばさんで、手術をしたのはY先生でした。おまけに、そのミケちゃんを保護してくださった方が、また別にいて、私は何をしたかというと、ただ、間に入って、点と点をつないだだけなんですね。
その話をダンナに言うと、「ハッハッハ。それもこれも、わしがおらなでけへんかったわな~。」と言い、「勝ったぞ~!」と喜んでおりました。
そうなんですよね。
私って、何の取り柄もないんですよ。別に資格があるわけでもなし。
ただ、猫のことは子供の頃からやたら詳しいだけです。
私の置かれた立場は、いろんな猫好きと交流できるという利点があって、それを生かして、みんなで力を合わせることが出来る場を、コーディネートすることが、私の使命なのかなと、ちょっと思います。
今日、考えてみたいと思ったことは、年老いて認知症などになってしまった、身よりのないお年寄りの猫ちゃんを助けるために、何か、点と点をつなげることができたらいいなということでした。
自分一人で猫ちゃんを全て引き取ることは不可能ですから、かわいそうなお年寄りと猫ちゃんを助けてくれる有志の里親さんを探したり、里親探しの間、ペットを飼いたくても飼えない事情の猫好きさんが、ボランティアでお世話できるシェルターを作れないかと思ったのでした。
費用がかからない、グッドなアイデアがひらめくのを、しばらく待ってみたいと思います。
それから、情の厚い里親候補の方が増えてくださるように、猫の神様に、お祈りしたいと思います。
二ヶ月くらい前、犬の散歩をしているときに、生後一ヶ月くらいの子猫が三匹か四匹、ちょろちょろと、畑の隅に置いてある古ぼけた浴槽の下から出たり入ったりしているのを見つけました。
捕まえようにも、すばしっこく逃げてしまうので、「あ~、野良の子猫かな~。うまく育つといいけどな~。」くらいにしか思わずに、通り過ぎました。
一ヶ月後、また、犬を連れて通りがかると、少し成長した三匹が、行動範囲を広げて、まだ元気にしていました。
「あれ~、まだいてるな~。母猫がついてるのかな。きっとそうだろな~。」と思って通り過ぎました。
そのまた一ヶ月後、子猫は二匹になっていました。
その一週間後、子猫は一匹になっていました。
さすがに気になって、近所の猫おばさんに、「あそこの子猫知ってる?」と尋ねましたら、「二匹はだれかが連れて行ったと思う。」とのことでした。楽観的な答えでしたが、子猫たちのいた場所のすぐ上には道路があり、車がびゅんびゅん走っています。「もしかしたら、轢かれたのかもしれないな・・・」と思いました。
最後に残った三毛猫は女の子だったので用心深いのか、あまり遠出はせず、猫おばさんに食べ物ももらっているし、45匹もいる家には連れて帰れないしで、私にできること「避妊手術」だけはしてあげようと思いました。
それで、猫おばさんに頼んで捕獲してきてもらい、自宅の分院でY先生にマッキー法で避妊手術をしてもらいました。
術後、数時間後には元の場所に返したので、それからは心配で毎日、ミケちゃんの様子を犬の散歩のついでに見に行きました。
ミケちゃんは、通りがかる人たちにけっこう可愛がられていて、以前よりも人なつこくなっていました。ミケちゃんには、「優しい人が通ったら、かわいく自分をアピールせなアカンよ。」と声をかけました。
ミケちゃんのところに行った後、その足で大よさみ神社に立ち寄り、神社の楠や神様に、「ミケちゃんのこと、見守ってあげてください。どうか、冬を越せますように。」と祈りました。
そうしたら、手術をしてから10日目くらいに、動物病院に問い合わせがあり、「耳カットをしてある三毛猫を保護したが、何か思い当たることはないか。」ということで、ちょうどそこに居合わせた私は、横でスタッフの電話の話を聞いていて、「ピーーン!」ときて、電話を替わってもらい、直接お話をしたところ、やはり、私が手術をしてあげたミケちゃんの件だったのです!
ミケちゃんは、その方が通りがかったときに、尻尾をピーンとたてて、自分を最大限アピールしたみたいです。そして、その方のお家に連れて行ってもらった後も、先住の猫ちゃんたちに可愛がってもらい、お家で保護してもらいつつ、里親探しまでしてもらえることになったのでした。
その話を聞いたときに、「ミケちゃん、私の話、ちゃんとわかってたのかな・・・」と思うと同時に、よさみ神社の神様、猫の神様に感謝の気持ちで一杯になりました。
動物病院からの帰り道、秋の夕空を見上げながら、涙がチョチョ切れそうでした。
それにしても、こんなに霊験あらたかな「大よさみ神社」ですが、閑古鳥が鳴いています。実は住吉大社よりも歴史が古いんですけどねえ。雨を降らしてほしいときも、ここの龍神様にお願いしたら、一発です。
まあ、それもこれも、日頃、心を静かにしていないとダメな気はします。ざわついた心で神様のところにお願いに行くのは、神様に迷惑がかかりますから・・・
いや~、起きて人に話してみると笑われるのですが・・・
膝の付け根から上は雲の上にあるという大男が、無造作に歩いてくる夢なんですよ。足から上は雲の上なので、私からはスネ毛の生えた大男の足が二本見えるだけです。
その足音の大きいこと大きいこと。
たぶん、目覚まし時計のコチコチ音が、足音になったのかと思うのですが、ドス~ン、ドス~ンと音をさせながら、そこらの人や建物を踏みつぶしながら、どんどんこちらに向かってくるんですよね~。
なんか、虫けらになった気分でした。
目が覚めたとき、布団をかぶっているのに悪寒が走り、体がガクガクブルブルしてたんですよ。
こんなことになったのは初めてで、こわかったです。
でも、人に話すと笑われるし、相手にされません。すみません、こんなつまらない話で。
もし、これが何かの予知夢だとしたら、すごい危険が目の前に迫っている感じですがね~。
「まもなく宇宙人が到着します 」 田村 珠芳 (著)
という本をおもしろ半分に読んでみました。
「宇宙人、到着してほしいな。」という願望が前からあるからです。
科学的思考に馴れている方には敬遠されそうな本ですが、荒削りながら、精神世界系の予言的なカテゴリーに当てはまる情報を、一応網羅していると思いました。
予言と言っても、マクモニーグルの遠隔透視から、ファチマの予言、宇宙人のチャネリングや、日月神示など様々ですが、ベクトルは広い感じがしました。
また、アメリカ政府の陰謀論なども出てきて、引き込まれてしまいました。
私は、人間を残したままで地球が助かるのには、人々が各々、欲望をおさえ、思いやりを持つようになることと、環境破壊をしない新エネルギーが発明される以外には方法がないと思っているのですが、まさに、この本には、その答えが書いてあります。
う~ん、読みながら、「そ~うなったらいいのにな~、そ~うなったらいいのにな~♪」と歌っていました。
でも、地球人は大洪水が来てもUFOに助けられるらしいのですが、うちの猫たちはどうなるのだろうか・・・とか、道で、くわえタバコしながら携帯でメールを打ちながら自転車をこいでいるお姉ちゃんも五次元にアセンションできるんだろうか・・・とか、道で買い食いをしながら草履を引きずって歩いている中年のおっちゃんも・・・?
多少の疑問は残りました。「お姉ちゃん、おっちゃん、地球人の足を引っ張らんといてや。」な~んて。(笑)
猫たちが洪水に飲み込まれて死ぬんなら、私は一緒に死ぬしかないな・・・
宇宙人様、お願いします。
洪水、起こさんといてください。動物たちも助けてやっておくんなはれ・・・
PCが上手く立ち上がってくれなくなりました。
以前より、やけに時間がかかるなあ・・・と思っていたのです。
ダンナに聞くと、「マザーボードがイカレテキタ」らしいです。
今日、新しいPCを注文しましたが、届くのは一週間後ということで、もしかするとコメントのお返事などが、大幅に遅れる可能性も出てきましたので、一応、報告しておきたいと思います。
私が子供の頃は、生き物にやさしい大人が、周りにあまりいませんでした。
いたのかも知れないけど、子供の私にとっては、拾った猫を飼ってもらえなかったり、飼っても、学校へ行っている間に捨てられたりして、小さな仔猫の一生を真剣に考えている大人はいませんでした。
みんな、たかが猫・・・と思っている風でした。
それで、私は子供の頃に、「大きくなったらやさしい大人に絶対なるぞ!」と思っていました。
私は猫が大好きで、猫といると時間を忘れることが出来ました。ピアノを弾くよりも猫といる方が楽しかったのです。実際、友達と遊ぶよりも猫の方が良かったです。
そんなに猫が好きだったけど、「猫と遊ぶ」特技で食べていけるわけがないと思いこんで、ずいぶん回り道をしました。
世間一般から見て、まあまあ、格好が付く仕事を選んで生きていました。
でも、いつも心は満たされませんでした。
捨て猫がいることすら気が付かない暮らしをしてきたのです。でっかい車を運転してブイブイ言わせてた時もありました。
富山県にある松枝浜(まつだいはま)というところでチロルを拾うまで、私は自分の猫好きを忘れて暮らしていました。チロルが来てから、私の人生に灯がともったようになり、大阪に戻ってからは、子供の頃の初心に戻って生きようと決心しました。
すぐに宙に漂ってしまう私の魂が、猫がいると、碇が降ろされて、地に足がつくのです。
まだまだ猫たちに助けられてばかりの私ですが、子供の頃の私が、今の私を見たらきっと満足するのではないかと思うのです。
子供の頃、やさしい大人を探しませんでしたか?
やさしい大人はいましたか?
小さな胸を痛めていた、子供時代のあなたはいませんか?
この前、「めがね」という映画を見てきました。
その映画に出てきた言葉、「黄昏れる」にあこがれを抱きます。
都会で猫の世話や動物病院の経理、アロエベラジュースのこと、里親探しをして暮らしていると、どうにも黄昏れる時間がないのです。
それでも、犬たちと散歩する時に、ボーッとしながら歩くようにはしているのですが・・・
「黄昏れる」は、老子の世界にも通じる何かがあると思います。
映画を見たのとちょうど同じ頃に、昔一回読んで、よくわからなくてほったらかしになっていた本が出てきて、読み直したのです。
それは、「タオ」(加島祥造著)という本なのですが、まるで、「めがね」の世界とシンクロしているかのようです。
天は、私に、「黄昏れろ!」とメッセージを送っているのかも知れません。
ところが、そんな私は、いつも一人、幽体離脱をして黄昏れているダンナにムカついているのです。
だって、私に黄昏れる暇がないのは、ダンナの用事を手伝っているからで、ダンナと言えば、仕事以外のことにはほとんど手を出さず、家の猫もろくにかわいがらず、一人で暇さえあったら黄昏れているんです。ボーッとパソコンでゲームなんかして。
それをみると、せっかく「タオ」を読んで感動したのもつかの間、すぐに、「一人で黄昏れてからに!」と思ってしまう小さな自分にがっかりしてしまいます。
「めがね」の舞台となった与論島みたいなところに、猫たちと一緒に暮らして黄昏れたいなあ。
あ、でも、これからは、ちょっとでもボケーッとする時間を取るように心がけようと思っています。もともと、そういうことは得意な子だったから、出来るようになると思うのです。
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