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2007年8月

2007/08/27

不思議なこともあるもんだ

私は獣医師免許を持たないので、獣医師であるダンナを助けるのには限界がありました。

あくまでも、補佐として、手術の手伝いや経理、ボランティア活動を手伝うことしかできませんでしたから、野良猫を助けるための避妊・去勢手術も、ダンナ一人でするしかなく、一人で午前と午後の診察の合間にできる手術の数はたかが知れていて、多くの依頼を断り続けてきました。

それが、ここに来て急転直下、お助けマンのY先生が現れたから不思議です。

Y先生は、とても几帳面で責任感が強く、手術も上手なのです。これは、宣伝ではなくて、本当の話です。

滅菌なども、私を心配させることなく、きちんとして下さるし、何より、猫に対して優しい心をお持ちなのです。

年齢は、私よりも上で、頼れるお姉さんが出来たみたいなのです。

一人息子がいて、バツイチというのも私と同じ、メロンアレルギーがあるのも私と同じ。オーラの泉も見ています。(笑)

なんだか、私の分身が現れたみたいな不思議な気分なのです。

今まで、ダンナを手伝うのに必死で、自分の足元の野良猫の避妊去勢など、まったく出来ていませんでしたが、これからは違います。

自分の家で、最新の整った設備で避妊・去勢ができるという、夢のような現実が開けてきました。

ずっと、ダンナを助けてくれて野良猫も助けてくれる獣医師の出現を願ってきましたが、こんなに私とよく似た先生が現れるなんて、夢にも思っていませんでした。

あんまり夢が叶いすぎて、「もしかして、自分は2005年の手術の時にやっぱり窒息死していて、これは、死んだ後に見ている夢なのではないだろうか。」などという妄想までしてしまいます。

とにかく、不思議なこともあるもんだと思う、今日この頃なのです。

2007/08/19

万華鏡

昔、岩崎宏美の万華鏡というレコードを持っていて、何度も幽霊の声を聞いていた私です・・・

奇妙な出だしですが、今回書く話とは何の関係もありません。(スミマセン)

人生って、万華鏡をのぞいて自分がまわしているはずなのに、万華鏡の中に入っていると思いこんで、あたふたしているゲームだなと思います。

先日、「人生ゲームを全クリする」に書いたことは、万華鏡をぐるぐる回している手を止めて、自分が万華鏡の中にはいないこと、自分は万華鏡を回してのぞいているだけなんだということを発見する方法なのだと思います。

「取り越し苦労をせずに、今を生き、心を静かにする」

それを心がけていると、自然と、万華鏡の中で振り回されていた自分の心が静まって、万華鏡を回していたのは自分で、それをのぞいている自分がいることを発見できるのではないかと、ふと思いました。

そんなことを言いつつ、すぐに万華鏡プールの中にダイビングして溺れそうになる私なんですが・・・

2007/08/18

プラちゃんの話

プラちゃんは、生まれたときから災難続きの仔猫だったようです。

今、生後三ヶ月くらいですが、野良猫が生まれた仔猫を口にくわえて、元飼い主宅へ運んできたのが始まりだったようです。

生後一ヶ月の頃に高熱を出したのか、ぐったりとしているとのことで、治療に来院されていました。

元飼い主さんは、野良猫が運んできた仔猫だし、仕方なしに飼っていて、大きくなったらまた野良猫になってもらおうと思っていたようでした。

高熱の後、プラちゃんは歩くときにふらつくようになり、どうも耳も聞こえていない様子だったようです。

高熱が下がって、やっと少し大きくなったかと思ったら、今度は、外から入ってきたオスの野良猫に、顔をガブリと噛まれて、顎の形が変になってしまいました。下の犬歯が前に飛び出してしまったのでした。

その怪我も治って、高栄養の缶詰を自分からパクパク食べられるようになったと喜んでいた矢先、今度は四階にあった元飼い主さん宅のベランダから落ちてしまいました。下半身が麻痺して、まったく動けなくなってしまいました。オシッコもウンチも出せなくなりました。

元飼い主さんは、もう我慢が出来なくなって、「先生!安楽死をしてやってください。」とお願いに来ました。

ダンナは、それまでも何度も安楽死を打診されたけれども、断って何とか治療をしていたし、里親探しを私に頼んで何とか引き延ばしてきたけれど、今度こそは万事休すの状態だったようです。

お昼過ぎに、動物病院のドアをノックする音がしますので、明けてみると、仔猫を連れた元飼い主さんでした。

ダンナが私に小声で、「あのさあ、この前里親探し頼んだ仔猫なあ、ベランダから落ちて、下半身不随になってしもて、今から安楽死せなアカンねん・・・」と言いました。

私は、そんな場面は見たくないので、「あ、そう。」と言って逃げていこうとしたら、ダンナが私の服を引っ張っています。

「ちょっと見てきてあげて。」

「それって、どういう意味?私、見たら引き取ってしまうやん。」

「ええからええから。」みたいなやりとりがあって、もう仕方なく覚悟を決めて見に行きました。

きょとんと私を見つめるつぶらな瞳。「ボクは生きたいねん。」と言っているかのような光をたたえて、上半身を前足で支えていました。

(やられた~)

仕方なく、私が家に連れて帰ることにしました。

家に連れて帰ってから、リコネクティブヒーリングもどきを施し、試行錯誤をしながら、足の筋肉が固まってしまわないように、毎日足を伸ばしたり縮めたり、リハビリをしました。

「リコネクティブヒーリングもどきをしたから、エネルギー体レベルでは元通りになっているはずだし、後はリハビリだけだ!」とかいいながら。

はじめ、リングの貞子のようにしか動けなかったプラちゃんは、一週間ごとに足が動くようになっていき、なんと、今ではふらつきながらも歩けるようになりました。

猫トイレでウンチも出来るようになりました。あとはオシッコだけなのですが、それは私が時間を決めて仔猫にするみたいに刺激をしたら出ています。

最初の、カテーテルで導尿をしないといけなくて、ウンチまみれでのたうち回っていたプラちゃんとは別猫のようになりました。

プラちゃんのいる和室から鈴の音が聞こえてくるので、何かなと思っていたら、以前に黒猫のボンちゃんがテレビの下に入れて出せなくなっていた鈴のおもちゃをプラちゃんが取り出していて、部屋の中で暴れ回っていたりします。

プラちゃんのあだ名は「妖怪鈴ならし」ということに決まりました。

私は、ひょっとして、猫様にヒーリングができるようになったのかしらと、少し喜んでいます。

2007/08/13

カウンセリング

最近、身近な知人が複数、「30代鬱」になってしまったらしいのです。

話を聞いていると、精神科に相談に行くと、すぐに「抗うつ剤」を処方されて、飲み始めたが最後、抜け出せないでいるらしいのです。

生活は、気分の上がり下がりが激しくて、部屋の掃除も出来なくて、家庭は壊れて滅茶滅茶になっているようです。

ふと、自分のカウンセリング時代を思い出して生育歴を聞いてみると、子供の頃から親の顔色ばかり見て育ち、家族の中では、一対一で叱られたりすることがなくて、たとえば、母の苦情は父から、父の苦情は母から聞かされるといった、婉曲な方法でコミュニケーションが行われていたという特徴がありました。

それで、現在通っている精神科では、そういうことを聞かれたりしないのか尋ねると、カウンセリングは受けているけど、「散歩をしましょう。」とか「お風呂でゆったりしましょう。」と言われるばかりで、心の中のアダルトチャイルドを癒すようなワークはしてもらっていないようでした。

それで、少しだけ、私が教えてもらったことを書いてみようと思います。これを読んで、興味を持たれた方は、どうぞ、専門の本で学んで下さればと思います。

子供の頃に親の顔色ばかり見て育った人の特徴は、

1.NOといえない。
2.相手のために自分の全てを投げ出してしまう。
3.心の蛇口は、他人に簡単にあけられてしまい、自分ではコントロールしにくい。
4.人生に、「生きにくさ」を常に感じている。
5.人と交流するのが苦手、もしくは多大なエネルギーを使い、疲れ果てる。

などのような特徴があります。

これは、心の中に、「抑圧された子供の心」が成長できずに棲んでいるからです。

それをどうしたらよいかというと、自分の中の、分析が得意な「大人の心」を大きく育てる練習をするとよいのです。

人間の心には、「優しい親の心」「厳しい親の心」「大人の心」「自由な子供の心」「大人の顔色を見る子供の心」がいると、教わりました。さいごの、「大人の顔色を見る子供の心」は、アダルトチャイルドと呼ぶそうです。

「自由な子供の心」はフリーチャイルドと呼ぶそうです。何かをしてみたいとか、作ってみたいとか、子供の頃に抱いたワクワクする心を、フリーチャイルドというそうです。

アダルトチャイルドの部分だけが大きくなりすぎて他の心が小さくなっていると、他人に振り回される人生になったり、自分の子供を上手く育てられなくて悩んだりするそうです。

その不具合を直す第一歩が、「大人の心」を育てるということなのです。

わかりやすく言えば、スタートレックの宇宙人スポックのように、理性的になる練習をします。そして、上手く「NO」をいう練習をします。

上手く「NO」をいうには、テクニックがあります。

まず、断ることに対して、言い訳はなるべくしないこと。断る理由は一回だけ言うこと。

何度も言い訳をするとつけいられる隙を作ってしまうからです。とにかく、「できません、ごめんなさい。」と繰り返します。相手があきらめるまで。

「怒らないで聞いてくださいね」と前置きをしてから話し出すのも一手です。

ちょっとずつ、「NOが言えた」という成功例を自信につなげていきます。失敗しても落胆しないこと。人間は完璧ではないと知っておくこと。成長は螺旋を描くということを心に刻んでおくこと。

そして、自分の中の「大人」がしっかりしてきて、他の心も成長すると、子育ては楽になるし、ワクワクする心もよみがえってくるのです。

このようなことを、ちまたの精神科では教えてもらえなくて、すぐに薬漬けになるということを知り、何とか、心を楽に生きられるようになるお手伝いが出来たらと思い、ここに書いてみました。

2007/08/03

試練

この前、ちょっと悟りを開いて、「うん、そうかそうか、心を静かにして、今を生きたらいいんだな。」などと、思っていたら、早速、自分の信念を試すような試練が、怒濤のように押し寄せています。

怒濤なんて、大げさなのですが、この10日ほどの間に起こったことをあげてみると、

1.半身不随の仔猫を引き取って育てることになった。(ダンナ経由)

2.税務署が税務調査に訪れた。(経理が苦手なので、突っ込みどころ満載)

3.避妊・去勢専門の分院を作ることになって、ほとんど自分が動くことになった。

他にも、ダンナがトラブルに巻き込まれて落ち込みまくったり、ダンナ経由で私に面倒なことが降りかかったり・・・


まあ、ここで、あたふたせずに、今できることをコツコツしないとダメなんだろうなと思います。

そして、心を静かにしておくということ。

これが意外と難しくて、特に、ダンナが、私にさんざん用事をさせておいて、自分だけ「仕事を休んで旅行に行ってもいいかな。」などと言ってくると、日頃の修行もなんのその、プチッとこめかみが切れる音がします。

もう一つ、ちょっとだけ、階段の上から眺めたようになって、自分の悩みで一杯になっている迷える子羊(ダンナのことですけどね)をみていると、「レベル低~。」と思いそうになってしまうこと。心が増長しているのですね。

これも試練だと思います。

これらを乗り越えて、本当に心静かに生きることが出来るようになりたいと思います。

思えば、怒濤の試練だと思っていることは、どれも、ポジティブに考えると、良いことばかりです。

半身不随の仔猫を世話することは、いつかは経験しないといけないことだったと思います。そして、たくさんのミルクのみの仔猫を世話した私にとって、半身不随の生後二ヶ月半の仔猫は、とても世話しやすいのです。リハビリの方法も、研究できます。

税務署は、それが仕事なんだから、係の人を恨まずに、指摘を受けたら直していけばいいことです。追徴課税がこわいですけどね・・・なにしろ、経理に時間が取れないことが、ネックになっているので、改善していけばよいと思います。

避妊去勢専門の分院は、猫を助けるために、実現したかったものです。ダンナ一人の働きではとても無理で、野良猫の手術を、軒並み断っていたのに、助っ人の先生が現れたことで、あれよあれよという間に決まった話です。

それを、すぐに被害者の目で見ている自分に気づかされます。「こんなに忙しいのに、その上こんなことまで~!。」と。

ただ、起こっていることをありのままに、受け入れて、こなしていけばよいだけの話です。

わかっちゃいるけどやめられない、でも、今度こそ、卒業してみたいと思います。

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