2026年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2007年1月

2007/01/29

耳栓をして歩く

買い物は、なるべく露店の魚屋のおじさんのところとか、露店の八百屋のお姉さんなどを、自転車で立ち寄るようにしているのですが、露店では手に入らないものを買うために、週に一度くらい、近くにあるダイヤモンドシティというショッピングモールに出かけます。

そこは、ジャスコと阪急百貨店が合体していて、他にもたくさんのお店が並んでいるところです。

きらきらしていて、ワクワクするところなのですが、私には、疲れるところなのです。

音がたくさんありすぎて、困るんです。なるべく少しでも静かな阪急百貨店へ行くようにはしていますが、阪急百貨店へたどり着く前に、ジャスコ内の音楽、ダイヤモンドシティ内のエスカレーターの注意アナウンス、ダイヤモンドシティ内の音楽、個々のお店の音楽が、ごった煮のように流れてきます。そこへ、人々の歓声や喚声も聞こえます。おしゃべりの声でさえ、周囲の音に負けないように、大声だったりします。この、不協和音がたまりません。

それで、思いついて、この前ジャスコの薬局コーナーで、耳栓を買ってみたのです。

小さく丸めてから耳の穴に入れていると、しばらくして、雑音が、シューッと消えていきます。

自分の鼓動や足音が聞こえたりして、かなり快適です。それでも慣れてくると、少しは音が聞こえてきます。

レジのところだけ、念のために耳栓をはずします。その時の大音響が大変ですが、おおむね良好です。

人混みや、ショッピングモールが苦手な人は、これを試すと良いかもしれません。でも、一人で行くときに限りますけどね。

二人で行って二人とも耳栓している・・・というのも面白いかも知れませんが、あまりに人間味にかけるので、私は今のところ、一人だけの時にするようにしています。

2007/01/26

天然温泉あびこYUO、ゆ~

ローカルな話なのですが、私にとっては無くてはならない、「天然温泉あびこYOU、ゆ~」が、二月いっぱいで閉鎖されるということを知りました。

噂を聞いてすぐに、今日、行ってみましたら、この前には無かった閉店の案内ポスターが貼ってありました。

大阪で私の体に一番合っている天然温泉でした。

似たような泉質でも、スーパー銭湯だと子供がたくさん入ってきており、鼻の敏感な私には、お風呂の中でオシッコをしたなというのがわかるので、嫌だったのです。

雇われている人も、「YOU、ゆ~」は、落ち着いた感じの年配のおばさんで、かならず、「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と声をかけてくれるのに対して、スーパー銭湯のアルバイトのお姉さんは、「いらっしゃいませ」を言い忘れるし、「ありがとうございました」も言ってくれないし、脱衣所で体を拭いていると、わざとらしくそばにきて、タオルで体を拭くそばから、下に落ちてしまった髪の毛などを、コロコロで掃除したりします。YOU、ゆ~のおばさんだと、そんなわざとらしいことはせず、さりげなく、場所を移動した後に、そっと掃除をしてくれるのに。

がっくり・・・

そんな気持と、「今まで、一番体の辛いときに、歩いて五分のところに湧いていてくれて、ありがとう!」という気持が入り交じった中で、今日は湯船につかりました。

「YOU、ゆ~」は、もう一件「松原YOU、ゆ~」というのがあり、そこは繁盛しているので、閉店はしないと、息子が噂を聞いてきました。でも、車で30分くらいかかってしまいます。

ああ、これから、私はどこへいったらいいのやら。

「YOU、ゆ~を閉鎖しないでください~」と署名でもしたい気分です。

2007/01/21

お水を飲ませましょう

膀胱炎が治らない、またはすぐに再発する犬や猫の飼い主さんに、私はアンケートをとっています。

簡単な質問なのですが、

「この子のお水はどういうふうに出していますか?お水はたくさん飲みますか?」

という内容です。

膀胱炎になりやすい犬や猫の飼い主さんには、答えに共通点があることがわかってきました。

まず、お水は、朝入れ替えると、水が入っている限りは、新しいお水を替えたり足したりしない。

そして、膀胱炎でトイレが近いので、なるべくトイレに行かなくて済むように、量を、少しだけ与えるようにしている。

などと答えるのです。

これは、まったく逆のことをやっていることに、気づいていない様子です。

体内の水分が少ないと、膀胱の中でストラバイトなどの結晶ができやすくなる・・・これは、小学校の時に、食塩を水に溶かす実験で習ったことがあると思いますが、水が多いほど、たくさん塩が溶けるのです。ということは、水が少ないと、塩は、溶けずに残ってしまいます。

膀胱の中の水分量が少ないと、この、食塩を溶かす実験と同じことが、膀胱の中で起こっているのです。

細菌なども、水分が多いと流れて行きやすくなりますが、水分が少ないと、どうしても膀胱の中に残る率が高くなります。

その結果、膀胱炎がなかなか治らない体質になっています。抗生剤を与えても、与えているときだけ少しましになりますが、与えなくなると、早晩再発します。

飼い主さんに考えてみてほしいのです。自分が朝、水を飲んだときに、一度口に入れた水をコップに戻しておいたとします。それが、残っているからと言って、昼に、それを飲めるでしょうか。「この子は、あまり水を飲まないんです。」という、飼い主さんには、そのあたりの視点が抜けています。

トイレに行く回数を減らすために、水を飲まないようにすれば、体の悪いものが溜まっていき、しまいには病気になります。人間だったら当たり前の話です。水分量が少ないと、血液がドロドロになって成人病を招きやすいと、毎日のようにテレビでやっています。

機会があるたびに、お水を洗面器くらいの大きさの器に入れてあげて、一日三回交換してあげてくださいと、お願いしています。

私は最近、隠居状態で、動物病院でこのお話が出来る相手は、尿閉で入院している猫ちゃんの飼い主さんぐらいしかいないので、もっとたくさんの方に知ってほしいと思い、ブログに書いた次第です。

もう少ししたら、頑張って家の掃除を早く片づけて、動物病院に早く行き、こういうお話しをたくさんの方にしていけたらなあ・・・と考えています。

2007/01/17

思い出したこと

私は、幼い頃、寝ていると、魂が足から抜けていきそうになるという経験をしていました。

その原因が、昨日、わかりました。思い出したのです。

まだ乳児だった頃に父が入院し、私の家は貧乏のどん底だったらしいです。それで、母と祖母が内職で傘をミシンで縫っていたのです。

ミシンは音が大きく、乳児の私がむずかるので、仕事の間中、私は押し入れに入れておかれたのです。押し入れでは、泣いても、ミシンの音が鳴っているので、誰も気づいてくれず、私は、昼間にほとんど太陽を見ることなく成長したのです。そのかわり、夜はずっと夜泣きをして眠らない子だったそうです。(当たり前ですが)

押し入れの中で、夢うつつでいると、足の方から自分が飛び出て仕方ありませんでした。その時に、現在、覚えている不思議な中間生の記憶も培われていったような気がします。

大人の話は、理解していましたが、乳児の頃は、自分では話せず、やっと自分の口を使って、祖母に「足が飛び出す旨」伝えることが出来、私の押し入れ生活は終わりました。

押し入れ生活は終わりましたが、その後、小学校を卒業するくらいまで、私は天気の良い日は苦手でした。

目が開けられないのです。まぶしすぎて。

その反面、私は暗闇でものを見るのが得意です。暗闇どころか、遠隔透視をしているのではないかと思えるほど、障害物の向こう側や、未来のことを感じやすいです。人の考えていることも、だいたいわかってしまいます。

ダンナは、猫の骨折のOpeの時は、よく私に手伝ってほしがります。パズルみたいな骨折の断面をつなぐのが得意だからです。これも、目で見える感覚だけでは難しいときも、裏側を容易に想像できる特技があってこそです。

思えば、なんて悲惨な赤ちゃん時代だったでしょうか。

おまけに、私が生後四ヶ月の頃に、兄が交通事故で五歳で死んでしまい、母は、抜け殻のようになっていました。その一年後には妹が生まれ、私には母に慈しまれた記憶がないのです。そのかわり、祖母が寄り添ってくれていましたが。

私の不思議ちゃんぶりや、人と交流するのが苦手な面は、そういう過去があったからだと思います。

そんな育ちだったのに、自分の息子をずっとオンブして育てた私は偉いなあ・・・と、自分をほめてやりたいと思います。

2007/01/12

フーちゃん

Fuko1

ダメ元で里親探しをしていたフーちゃんが、今日、もらわれました。

なぜダメ元かというと、フーちゃんは、もともと野良猫でしたが、右前足を交通事故のため切除されていました。交通事故にあったフーちゃんを助けたおばあさんは、猫を飼ってはいけない家に住んでいたので家に連れて帰れず、怪我が治っても四年もの間、ある公園で保護していたのです。

そのおばあさんも最近、入退院を繰り返すようになり、公園でおばあさんと知り合ったボランティアさんから話を聞いていた私も、フーちゃんのことを、心配していたのです。

それで、ダメで元々という気持で、去年の11月に「いつでも里親募集中」に掲載したり、自分の動物病院のHPに掲載したりして、里親募集をしてみたのでした。

今年に入って一通の里親希望メールが届き、半信半疑ながら連絡を取り合い、ボランティアさんとおばあさんは、今日、フーちゃんを連れてお見合いに行ってきたのです。

里親様のお宅は意外と近いところで、「寂しくなるから。」と迷っておられたおばあさんも、決心をして、置いて帰ったそうです。

なぜ決心できたかというと、昔は「フーッ」というからフーちゃんだったのに、そのお宅に行ったとたん、フーちゃんは座布団に座り、すっかりくつろいで、その家のお嬢さんの膝に乗っていたからだそうです。奥様も気さくな方で、「会いたくなったら、いつでも来ても良いから。」と言ってくれたそうです。

四年間、おばあさんが毎日公園に通って、フーちゃんを抱っこしてあげていたから、すっかり性格も穏やかにはなっていましたが、初対面の方に、これほど心を許すとは、ボランティアさんもおばあさんも思っていなかったようで、驚かれていました。

「きっと猫の神様が、前の晩に、フーちゃんにお行儀良くするように耳打ちをしていたのかも知れない・・・」と想像してしまいました。

「このまま、公園で暮らして、おばあさんに何かがあったときには自分が・・・」と、私もボランティアさんも心密かに思っていたのですが、良い方が現れて本当に良かったです。


2007/01/08

酔っぱらいのおじさん

1/5に、仕事が長引いて家事の時間が短くなってしまい、焼き肉屋さんに行くことになりました。

隣の席に、一人でビールを飲んでいる酔っぱらいのおじさんがいて、息子に話しかけてきました。

酔っぱらいおじさんの話は面白くて、普通は煩わしいのかも知れませんが、ついつい引き込まれ、聞いていました。

その内容は、

九州大学に入ったけれども、やんちゃばかりして退学になり、親に勘当されたこと。

親に勘当されて、食べていけなくて、やくざの世界に入ってしまったこと。

体には、入れ墨があるけれど、5才の孫が幼稚園で入れ墨の柄をつけておじいちゃんの絵を描いてしまい、先生に呼ばれて大問題化したこと。

その孫がお風呂で一生懸命、背中をこすって絵を消そうとしてくれたこと。

自分を勘当した父親だったが、晩年、恍惚の人になってしまい、あれほど厳しかったのに、見舞いに行くと、自分の頭をずっと撫で続けてくれたこと。

惚けた父を、「介錯してやる!」といって、殺そうとしたが、できなかったこと。

父の死後、親戚縁者が家宝の日本刀などをすべて持ち去り、残ったのは祖父が残した借金だけであったこと。etc・・・

面白くも、もの悲しい一代記でありました。

おじさんは、肝臓が悪いのにお酒を飲んでいて、「酒飲んで帰ったら、嫁はんに蹴っ飛ばされるねん。」と言っていました。

なんだか、自分の祖父(つまり私の前世)を見ているようで、おじさんの寂しさとかがヒシヒシと伝わってきて、話の腰を折るなんてできませんでした。

私と息子は、それでも楽しく聞いていたのですが、ダンナだけが一言も口をきかずにムスッとしていました。

後で聞くと、自分の亡くなった父親が、ああいうタイプだったとのこと。お父さんのことを懐かしく話すこともあるくせに、死んでから10年くらい経っているのに、まだそんなことを言っていたのでした。(^^ゞ

ちょっとぐらい、ボランティアで話を聞いてあげたらいいのにな・・・と思っていましたが、最後まで無言で、おじさんの話しかけも無視してしまいました。

翌日、早速バチが当たって、仕事中に柄の悪いオッサンから電話で絡まれていました。

実は、おじさんが話をしているとき、私にはおじさんのまわりに、おじさんの守護霊様たちが取り囲んでいるように思えました。もしかしたら、このおじさんは、先がもう長くないのかも知れないと感じました。

一人くらい、嫌がらずに話を聞いてくれる人がいても良いのではないかと思いました。

私たちの周りには、「孤独感で泣きたくなっている人がすぐそばにいるのだなあ。」と思った次第です。マザーテレサは、死に逝く人たちを慰めてあげていましたが、ちょっとした周りの人たちに優しくすることも、マザーの心にかなうのではないかと思いました。

2007/01/07

猫様に環境音楽

うちでは猫様のために、ずっとBGMを流しています。

内容は、小鳥の声、波の音、、モーツァルト、バロック音楽、ジョージ・ウィンストンのピアノなどを、順番にMP3で録音し、私が起きている間はエンドレスで小さな音で流し続けています。

元々は、私が掃除をするときに自分を鼓舞するために購入したMP3プレーヤーでした。当時は、ワルツや行進曲を掃除の時に流していました。

ある日、本屋で、「モーツァルトを聞くことによって、免疫を活性化したり、病気になりにくくなる」ということを書いた本を購入し、それ以来、猫様に聞かせるようになったのです。

人間と同じ音量では、猫様には大きすぎると判断し、人間が聞き取れるか聞き取れないかという程度の小さい音で流しました。モーツァルトばかりだと飽きるかもと思い、バロック音楽を混ぜたり、雅楽を混ぜたりしてみました。

その中で、今のところ、一番気に入っているらしいのは、ニューカレドニアの波の音を録音したものです。

みんなしずかにMP3プレーヤーの方に聞き耳を立てながら、眠っています。

ずっと自然音だと飽きるかもと思い、交代交代にモーツァルトやバロック音楽、ジョージ・ウィンストンのピアノや大江光や藤森亮一を散りばめています。

今では、SDカードで長時間録音できるプレーヤーも売られていますから、良い時代になりました。

自然音を流し始めてから、クラッシック音楽だけだった頃よりもケンカが減ったような気がします。もちろん、ケンカをすることもありますが、叱ったりせず、当猫同士をどちらも慰めてあげていると、穏やかになります。

ケンカ自体が多頭飼育では大変なストレスですから、それが少なくなると、免疫のバランスが良くなってくると思えます。

これからも、どの音楽や自然音を猫様が喜ぶか、オタク研究に勤しみたいと思います。

2007/01/04

人間を猫に当てはめる

私は、人間が苦手でした。

うるさい子供、愚痴ばかりのオバサン、それから、よぼよぼのお年寄りにも、どう接して良いかわからないので、苦手でした。

猫様は大得意です。どんなに憎たらしい顔をしていようと、よぼよぼであろうと、私は可愛いと思います。

猫様まみれで暮らしていたら、ある日、「道行く人たちを、猫様だと思って見てみたら、どうなるだろう。」と思いました。

すると、不思議なことに、躾の出来ていない悪ガキも、野良猫の子猫だったり、よぼよぼのおばあさんも、よぼよぼの猫様に見えてくるのです。何とも、いとおしく可愛い存在であると感じるようになりました。

それ以来、人間の赤ちゃんを見ると、「う~ん、猫で言ったら、生後1ヶ月くらいかな~。」と思ったりしています。けっこう面白いゲームです。

まあ、猫様の方が、愚痴を言わないし、駄々をこねることもなく、よほどエゴが無くて心が美しいのですが、少しでも、そういう見方をしていくと、私の人間嫌いも和らいできたのでありました。

それからは、誰にでも気軽に声をかけられるようになりました。本当に猫様のおかげです。

猫様のためなら、「断る」という、やりにくいことも平気で出来ます。トイレの掃除や部屋の掃除も愚痴を言わずに出来るようになってきました。

そういうわけで、日々、猫様には修行をさせていただいていると言っても過言ではなく、その上、何度も助けられたこともあるのです。

まるで天使ではないかと思えます。

そんな猫様に、私はまだご恩返しと言えるようなことを出来ていないのです。けれども、それに対して文句も言わず、ただグースカグースカと眠っています。(笑)

まるで宇宙を達観しているように思えます。

こんなことを考えている私は変人なのかも知れませんが、猫に関わるだけでも宇宙の深遠な法則が感じられると言うことを、言いたかったのです。

「すべてのことはメッセージである。」と、本当に思う、今日この頃です。

お犬様にもアロエベラジュース

妹の犬である、くまきちは、2006年四月頃、激しい嘔吐と下痢に見舞われ、あわや死ぬかと言うところまで行きました。

幸いにも、四月から、隣に獣医の一家の私たちが住んでいたので、毎日点滴をし、プロバイオッテックという、腸内に生きて届く乳酸菌のお薬を飲ませたりして、奇跡の回復を遂げました。

その頃に、近所の神社の裏で拾い食いをした犬が二匹死んでいたと言うことを、最近になって知りましたので、もしかすると、くまきちも、毒を食べたのかも知れません。お散歩コースでしたから。

14才のくまきちは、骨と皮になっていて、一日一回のドッグフードでは回復できないと思い、それからは毎日朝と晩に、うちのマコちゃんとともに、手作りのドッグおじやを与えています。

そして、三ヶ月くらい前から、くまきちとマコちゃんのおじやに、アロエベラジュースを小さじ一杯程度混ぜてみたところ、みるみるうちに元気になり、毛づやも良くなり、恋の季節の秋には、くまきちも切ない鳴き声をあげるようになっていました。

かなり白内障になっていたのに、気のせいか、目の色も少し黒く戻っているように思います。

マコちゃんも今まで以上に元気になり、青空ガレージの塀をジャンプで飛んでいってしまったりして、七歳には思えない、お転婆ぶりを発揮しています。着地したときに足をくじいてはいけないと思い、それは一回キリで、あとはさせていませんが。大きさは、小さめの柴犬くらいです。

くまきちは、私が帰宅すると、「早く、お散歩~。」と言って「アオンアオン」と言います。

死の淵を乗り越えて、幸せそうなくまきちを見ていると、本当に、私もうれしくなります。

ちなみに、神社と言うところは、野良猫を嫌がり、毒をまいたりするという噂を聞いたことがあるのですが、本当かも知れないと思う今日この頃です。有名なところで二件くらい、聞いたことがあります。ですので、犬様のお散歩は、神社のまわりは避けた方がよいかも知れません。

下々の民草のなせる業に、天の神々も、お心を痛めていることと思います。

神社も率先して野良猫の不妊手術をしているボランティアに協力すればよいものを・・・と残念に思います。

2007/01/01

あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いいたします。

昨年は、何とか、亀の歩みでも悟りに近づいているような気がした一年でした。今年は、もう一歩、歩みたいと思います。

この前、マクモニーグルという題でブログを書きましたが、その後、TVで放映されて、大変な反響があったようです。私のブログにも、マクモニーグルでヒットして、訪れた方がたくさんいたようです。(それはもう、普段の訪問者数を遙かに超えており、何が起こったのかと思いました)

立ち読みだけして無責任なことは言えないので、アマゾンで購入しました。

といっても、やっぱり今日届いたばかり(運送屋さんご苦労様です)なので、きちんと読んでいませんが、キリストが何者だったのかとか、人類の起源の遠隔透視が書かれていて、その内容は、けっこう私的には、納得のいく面白いものでした。それと、アジアについての近未来の予言が面白かったです。モンロー研究所も関係しているところが、「オオッ」って感じです。

マクモニーグルさんは、ただおもしろおかしく予言をしているのではなくて、根底には、人類の魂の進化を願っている人のように思えました。

なんで新年のご挨拶が本の感想文になっているのかわかりませんが、お許しを・・・

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »