結局祈りに帰結する?
私も、人のことは言えないのだけれど、猫を可哀想に思って、次々に家に連れて帰ってきてしまう人がいます。
他人のことはよく見えるのです。
その人は、猫が捨てられていたら、まず自分が拾って帰ります。家にはたくさん猫がいて、これ以上猫を増やすことは家の猫にも、拾った猫にも迷惑がかかるとは考えないようです。
猫がたくさんいるにもかかわらず、どうして拾ってしまうかというと、その人は人間不信で、自分以外の人が猫を助けてくれるとは考えられないのです。
里親探しもしますが、人間不信故に、もらっていただくことは希で、結局、家の猫になってしまいます。
動物病院にお金をつぎ込むことも、年齢が高くなるにつれて出来なくなっていきます。そして、拾った猫には避妊手術だけはしてあげますが、ワクチンや、その他病気になったとしても、手当をしなくなります。
「自分に拾われたのが運命」とか言って・・・
最後には、「自分が死ぬとわかる病気になったら、猫を安楽死してもらう。」と言ったりします。
私は、そういう話を聞くと、本当にその人に拉致された猫たちが可哀想だと思えるのです。私の家に猫がたくさんいて、いつも寂しがっているから、余計にそう思います。
うちは動物病院ですから、まだ元気な猫たちを安楽死してくれと頼まれたら、ダンナはどんなに辛い思いをすることか・・・とか考えてしまいます。かといって、うちの猫たちに迷惑がかかりますから、引き取りも出来ないのです。
「自分には、どうすることもできないことがある。」
猫様にかかわっていると、そういうことを思うことがしばしばです。
そんなとき、どうするかというと、やはり祈るしかないのではないかと思います。出来ることはみんなやったけど、これ以上はもう、無理!というときは、祈るしかないのです。
猫に関わっていても、祈ることの大切さがわかるので、普段から、心静かに祈るということをした方が良いのかしらと思います。私は祈る時間がないので、猫様の部屋の掃除の時に、心静かに猫様を可愛がるようにしています。
良い里親さんが見つかりますように・・・とか、あの子の病気の原因が分かりますように・・・とか。
でも、祈りが通じる人と通じない人がいるのです。どうしてなんだろうと思って、よく観察していると、通じる人というのは、子供のように心が澄んでいることが多いのです。ドロドロしていないのです。
だから、猫様や犬様にかかわる人は、自分の心をきれいにしておくという心がけが大切なのではないかと思います。
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私もここ1年以上自分には難しい課題に向き合ってきて、心身ともにヘトヘトになるほどがんばったけど、やっぱり今の自分にはどうしようもないと、あきらめかけていたんです。
でも、昨日やっぱりあきらめきれなくって、今の私にできることは祈ることと信じることしかないんだなって実感していました。
そして、こういった経験を通して本当に心の底から祈るということを学んでるのかもしれないって思っていました。
投稿: Mariko | 2006/11/07 06:06
Marikoさん、
私のような、人から見るとつまらないことをしているようでも、このような悟りを得ることが出来るのですから、人生とは、面白いものです。
Marikoさんも、夢が叶いますように、大阪からエールを送ります。(^_^)
投稿: あくび猫 | 2006/11/07 22:57
大掛かりなことはなにもできないので、せめて「出合った命は見捨てない」・・・という事だけは実行しているのですが・・・。
そうなると、事故にあった鳩とかツバメとかカラスとか猫とか猫とか猫とか・・・連れて帰ってしまう訳です。
大きな家も、経済力もないので、何度も、この子と共倒れだわ・・・というところまで追い詰められてしまいました。そういう時どうするかと言うと・・・・・・やっぱり祈ってしまうわけです(笑)
幸い今までのところなんとか切り抜けられて来ましたが、あくび猫さんを見習って、これからは追い詰められる前にちゃんとお祈りをしておくことにしようと思います^^;
心をクリアーにしておくことも、大事なんですね。頑張って心がけます。
なんでもギリギリにしようとするのも、私の課題のようです^^;
投稿: ひすい | 2006/11/09 19:44
ひすいさん、
猫を拾ってしまうのは、お互い様、私も本当に人のことは言えなくて、今回のお話しは、私のやっていることを誰かが鏡になって見せてくれているんだなあ・・・と思います。
それと、心をきれいにしておくことが大切だと書いたのは、ボランティアをしている人たちの中で、疑り深くて、嘘八百を並べて里親募集をしている人がいるからなのです。
「人をまず疑う」「嘘をつくのが当たり前になっている」ということをしていては、せっかく可哀想な命をまもろうとしていることが、無に帰してしまいます。そして、宇宙の法則によって、そう言う人には、「だまし取ろうとする人」や、「嘘つき」が集まってきます。用心は大切なんですが、行き過ぎに注意なんです。
そういう法則を知らずに今もやっている人がいることを知って、何とか、方向転換できるように、参考にしてもらえればと思いました。
ずっと前のことです。今はもうお付き合いしていませんが、疑り深い人が里親探しをして、やっと納得のいく人を見つけ、猫をもらってもらったのです。ところが里親さんが心の病気になってしまい、せっかくもらってもらった猫を動物管理センターへ送ってしまったのです。その里親さんから色々病気の相談を受けていた私宛に、封筒が届きましたが、忙しくて中を読むのが遅れたのです。読んでから、あわてて管理センターに連絡を取りましたが、処分された後でした。
その時以来、心をクリアーにして、ドロドロしないようにした方が良いのかな・・・と思っていたのです。
7年くらい熟成して、やっと考えがまとまってきたと思ったら、「祈りに帰結する」でした。(笑)
投稿: あくび猫 | 2006/11/09 22:58