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2006年10月

2006/10/29

心の温度

「女性のための自力整体」(矢上 裕 著)という本の中に、「心の温度の高い人と付き合う」という段落があって、その中に、著者の人間観察を基にして人格を5つのステージに分けてみるという部分がありました。

それによると、

1、弱肉強食の人(心の温度マイナス40℃)
2、依存の人(心の温度マイナス20℃)
3、自力の人(心の温度プラス40℃)
4、和力の人(心の温度プラス80℃)
5、天力の人(心の温度プラス100℃)

という五種類に分類してありました。

それで、若い頃の自分を振り返ってみると、「依存の人だな~」と思いました。

「自分の感情や運命が、他者の言動に翻弄される人々で、他人と自分を比較して上機嫌になったり、不機嫌になったり・・・。テレビや新聞などの情報にも一喜一憂します。そして、肥満やスタイルを気にするわりには、食欲や衝動、感情をコントロールできません。また、自分で考えて確かめて、自分自身で問題を解決するということをせず、質問して答えを相手から出してもらおうとします。自分の喜びを家族関係、職場関係などの人間関係に依存しているので、ひとりぼっちが、つらく寂しく感じます。恋愛では、相手に完全にもたれかかる傾向があります・・・」

依存の人のそばにいると、ぐったりと疲れてしまうそうです。エネルギーを吸い取られるからです。

まさしく、過去の私そのものです。元夫も、まだ若いときに、こういう女にもたれかかられて、さぞかし心に負担であったろうと推測されます。まあ、浮気をしても当然のように思います。

だんだんと、息子の年齢が元夫と知り合った頃に近づくにつれ、「元夫に気の毒だったなあ。」と反省する私がいます。きちんと教育費を支払い続けてくれましたし、悪い人ではありません。不実なことをしてしまう人に私が追いつめてしまったと言えないこともないのです。

けれども、今は、私は「自力の人」になっていて、幸せに暮らしています。今のダンナとめぐりあえて、猫しか取り柄のない自分の居場所も出来ました。

私が成長するまでの、一番嫌な部分を引き受けてくれた元夫や、舅、姑たちに感謝しています。魂の観点から見ると、きっとグループソウルなのではないかと思います。

一番得をしているのは、ダンナです。きっと前世で良い行いをしていたのかも知れません。(笑)

今後は、「和力の人」を目指していきたいと思っている今日この頃なのです。

「女性のための自力整体」(矢上 裕 著)は、読みやすくて良い本です。冷え性や便秘でお悩みの方に、ぜひお勧めです。

自力整体を習いたいと思っていたら、近所で教えておられる方がいるようです。古家が売れたら、申し込みに行きたいと思っています。(家が売れるまではちょっとケチケチモードです)(笑)

2006/10/27

教師のいじめ

きのう、「ハトホルの書」という精神世界系の本を読んでいたら、「自己のエネルギーをマスターするエクササイズ」というのがあったので、寝る前にちょっとやってみたのです。

「過去における特定の場面における私の感情反応を調べるように」とあったので、そういうことを思い出そうとしていました。

私の腰が痛くなるのは、いつからだろうかと思いながら、横になっていました。

すると、イチジクを手に持ったまま、悲しげに泣き続けている、小学三年生の私が見えてきました。どうして泣いているかというと、校庭で見つけたイチジクを取って担任の先生に見せに行ったところ、「泥棒!」と言って叱られてしまったからでした。

イチジクの木は、校庭をくりぬいたようなところに生えていましたが、実は、それは、となりの畑の土地で、学校のイチジクではないと言われました。イチジクの木のところだけ、土が校庭の土ではありませんでした。

二年生の時の担任は、生徒がそういうものを持ってくると、「みんな注目~!これがイチジクの実ですよ~。」と言って教えることをしていたので、三年生の担任もそうすると思って喜んでしたことでした。

でも、三年生の担任の先生は、「ついてきなさい!今から教頭先生のところに謝りに行こう!」と叱りつけるのです。

先生になついているクラスメートが、「先生、もうやめといたりーや、泣いてるやん。」というのが聞こえます。でも、先生は、「いや、それではケジメがつかない。」と言っています。私は、立ち上がることも出来ず、泣いています。

最後には、先生一人が教頭先生のところへ謝りに行きました。教頭先生は許してくれたそうです。(私の予測では、教頭先生は、何もそこまでしなくても・・・イチジク一個で・・・と思っていたと思います)


それ以来、私は学校がますます嫌いになり、成績も悪かったようです。ある日、居残りをさせられました。

割り算の仕方を教えられて、やってみるようにと先生に言われます。教えられたとおりに計算すると、正しい答えが出ました。「やれば出来るじゃないか。」と言われました。

子供心に自分はバカではないと思っていたのに、「やれば出来るじゃないか」と言われるということは、先生は、今まで私のことをバカだと思っていたと感じました。

まあ、授業中に空想の世界によく入る子でしたけれど。


秋が終わって、冬になっています。

休憩時間に走り回って遊んだあと、椅子に腰掛けると、腰がキューッと痛くなります。しばらくすると治りますが、このときから私は、腰痛持ちになったようです。


私は、悲しみや怒りを腰の辺りにため込んでいるようです。江原さんが見ると、きっと腰の辺りが赤黒く見えたり、槍が刺さって見えたりするのかも知れません。

自分の感覚では、左後ろ側から槍を突き立てられているイメージを感じます。確かに、小学校三年生の時の経験では、不意打ちを食らったような悲しみでした。それと、先生が私を責めることで、何か自分の欲求を解消しているのではないかという怒りを感じていました。先生は、サラリーマンをやめて教師に転職して1年目だったのです。ストレスもあったことだと思います。


私のインナーチャイルドを慰めてあげたいと思います。

「ハトホルの書」侮りがたし!面白いので、もっと先を読みたいと思います。(^_^)

2006/10/25

泣きたいときは泣こう

体の痛みを抱えている人へ


痛いところはどこですか?

その痛みは何に似ていますか?

泣いている時の、のぼせたような、あの感じですか?
怒っている時の何とも言えないムカムカする気持ちですか?
悲しい時のせつない気持ちですか?

痛みが、どんな気持ちの感じに似ているか分かったら、そんな気持ちになった時を、いつだったかさかのぼってみましょう。

原因は、案外そこにあるかもしれないのです。

その気持ちを我慢してフタをしてしまったから、外に出よう出ようとして体が痛くなったのかも知れないのです。

泣きたいのを我慢してしまったことはありませんか?

怒っているのに飲み込んでしまったことは?

悲しいのに元気なフリをしたことは?

涙を流すと治るかも知れませんよ。


10年前のメモ帳が出てきたので読んでいたら、書いてあったので、ちょっと手を加えて書き込んでみました。

私の場合は、心の痛みが体の痛みを引き起こしていることが多いので、けっこう、体が痛くなったときは心を観察するようにします。意外と原因を見つけられます。

私の場合は、怒りを持ち続けていると、腰が痛くなります。こないだのヘルニアは、交通事故や麻酔、OPE後の運動不足が引き起こしたとも思いますが、その頃、実は、ダンナが猫の世話を私一人にさせて、何も手伝ってはくれず、家を改装したいと言っても取り合ってくれなかったことで、怒りと絶望感を持っていました。もうどうにも一人で猫たちを世話できないと、追いつめられていました。家はどんどん汚れて、もう、大変だったのです。

その後、何とか気を取り直し、ダンナのことは無視して、家を新築するように行動したし、イメージもするようにしました。半年後には、夢は実現して、掃除のしやすい家に住むことが出来るようになりました。腰は、今のところ大丈夫です。(笑)

ダンナには、家のローンがど~んとつきましたけどね。「マジで、私、ヤバかったのよ~。」っていうことで許していただきましょう。

今度、ローンをさっさと返すイメージもしてみましょう。成功したら、報告します。

2006/10/24

裸足で歩く女の子 その後

裸足で歩く女の子は、やっとこの頃靴を履いています。

どういう風の吹き回しかと思っていたら、その女の子の下に、もう一人弟がいて、その弟が靴を履いているからのようです。負けん気を出して頑張っているようです。

弟は、まだ1才くらいで、オムツをしていてよちよち歩きです。Tシャツの下は紙おむつ丸出しで、ヨチヨチと、一人で町を歩き回っています。小一くらいの兄弟が自転車に乗りながら、付き添ったりいなくなったりして、危なっかしくてたまりません。

公園などで犬の散歩の人たちに、「この子どこのこや~!迷子ちゃうか~?」と言われていることもあるようです。

先日、裸足の女の子を含む三人兄弟が、どこかで拾ったワンカップの空瓶を、私の家のお向かいの家の塀にぶつけて割っていました。一度割れたのを拾っては、何度もぶつけて割るので、私も見かねて、二階のベランダから、注意しました。

「こら~!そんなことしたらアカンやんか!」

子供たちは、ビクッとしてどこから声がするのか探しています。私は、ちょっと面白いなと思いつつも、上から説教してやりました。

「そんなとこでガラス割れてたら、片づける人が怪我するかも知れないし、危ないからアカンよ。わかった?」と聞きますと、

「わからん~!」と、上の二人の返事。裸足の女の子は、何か叫び続けています。いったい何を言っているのかと、上の二人に聞くと、

「ブタって言うてるねん。」とのこと。

私が親に成り代わって、していい事と悪いことを教えている間中、裸足の女の子は私のことを、「ブタ~、ブタ~!」と言っていたことが分かり、がっくり来てしまいました。

親にも何か事情があるとは思いますが、そういうふうにして育った子たちが、保育園や幼稚園である程度躾けもしてもらえずにいきなり小学校に上がることを考えると、小学校の先生が気の毒になってしまいました。生徒たちも迷惑だろうし。

小金持ちは子供を私学に入れたがるのもわかる気がしました。うちは貧乏だから公立へ行かせたけど不登校になったしね・・・と、ちょっと国の行く末を案じてしまいました。

2006/10/16

スピリチュアル・グリーン みどりの癒し

スピリチュアル・グリーン みどりの癒し  木津 龍馬 (著) という本を今読んでいます。

私と考えていることが似ています。著者はヒーラーとして現役で活躍しておられる方で、同じようなことを考えているけれど、ただの「ねこおた」の私とは随分と違っていて、格好いいなあ・・・と無い物ねだりモードになりそうです。

せめて猫のヒーラーとして活躍していたらなあ・・・と思ってしまう未熟者です。

良いことがたくさん書いてありますので、読まれることをお勧めします。

本の中に、天からの啓示というか、情報を得るためには、肉食が大変ネックになるようなことが書かれてありました。肉を食べると血が穢れ、穢れると高次元の存在は接触しにくいそうです。

実は、私は肉はやめましたが、家族と共に魚貝類を今でも食べています。料理をしながら、とても気持ちが悪いし、はやく食べなくて済むようになりたいと思っているのに、いざ作ってしまうと、食べている・・・と言う感じです。

「やめないといけないけどやめられない」ということがあると、私の場合は、必ず、「やめなくてはならない状況になる」ということが経験的にわかってきています。

鼻が詰まって仕方がなくなり、お肉を完全断ちしました。
腰が痛くなったときも、たまに飲んでしまっていたお酒を完全断ちしました。
○○○○になったので、魚介類も完全断ちしました・・・

この、○○が恐ろしい。

そうならないために、自分の意志であらかじめ魚介類断ちをしなくてはと、焦っている今日この頃です。

2006/10/11

臨死体験 生命の響き

今、「臨死体験 生命の響き」(鈴木 秀子著)という本を読んでいるのです。

猫の死が重なって、自分のOPE時のトラウマもあるために、最近、臨死体験の本を読んだりするのです。

この本を書いた方は、カトリックのシスターを長年されていて、本の中では、修道院での暮らしぶりが綴られてもいます。

その、修道院の暮らしぶりを読んでいて、「ちょっと待った~!」と思ってしまう私。

いえ、修道院での修行生活には文句はないのです。それよりも、自分の暮らしがあまりにも修道生活に似ている・・・ということがわかったのです。

猫様中心で暮らすことは、修道院での生活にも似ているのです。雑念を振り払い掃除に集中したり、指を噛まれて怪我をしても、いたずらに痛いと思わないようにして淡々と治療していたり。

そのような暮らしの中で、ふと、天からの啓示というか光を感じることがあるのです。

あまりにも、自分の欲望を抑えつけて猫様に仕えることがストレスになり、そのために脳内麻薬が大量に出ているのかしら・・・と思っていたのですけど。

まあ、私の場合は、たまには洋服を買ったり、おいしいものを食べに行ったりできますから、本物の修道生活とは天と地の差があるのですが。

そういえば、三年ほど前に新聞社の取材を受けた時、家を撮影に来たカメラマンが私の話を聞いて、「昨日、取材で修道院に行っていたのですが、今日も、同じ話を聞いてしまいました。不思議だな~。」と言われましたっけ・・・

私の家が修道院だとすると、私が無い物ねだりをして駄々をこねるのは修行になっていませんね。(^_^;

たまに、ダンナに泣き言を言って困らせている私。私がシスターで、ダンナが神父さんといった感じ。

前世でも、この組み合わせがあったのかしらと思ったりする今日この頃です。

2006/10/06

北田君、ごめんなさい。

「北田君、ごめんなさい。」

この言葉を、北田君に届けることが出来たら・・・と思い続けて33年くらい経ってしまいました。

北田君は、いつも大らかで、明るい男の子でした。ルックスは、ちょっとバカボンのパパに似ている感じだったけど、ひょうきんだし、素直なよい子でした。

いつも朝礼の時などは、大きな声で「おはようございますっ!」と、学校中に声がとどろくような子でした。

北田君とは小学校一年の時から同じクラスでした。あまり話をしたことはありませんでしたが、ケンカもしたことはありませんでした。

小学校四年か五年生の頃、学校で避難訓練がありました。

訓練の後、校長先生のお話を校庭で聞いていたとき、私のお腹が急に痛くなってきたのです。顔面蒼白、トイレに行きたいけれども、衆人環視の状態で、当時はかわいくてモテモテだった私が、トイレに駆け込むなんて、とてもじゃないけど出来ない話でした。

「早く、校長先生、話し終わらないかな~。」待てば待つほど、時間が長く感じました。

もう、どうにもこうにも我慢が出来ず、「ええ~い、もう、こうなったらどうなってもいいから、ここで漏らしてしまおう。」と決心をし、気張ってしまいました。

すると、「ブリッ!」と大きな音のおならが出ました。それと同時に、お腹の痛みは引いてしまいました。

「ああ~、助かった~。」と思ったのもつかの間、私の隣に立っていた北田君が、「うわ~、この子、オナラこきよったで~。」と大声で「オナラこいたオナラこいた」と言い始めたのです。

北田君は、大変素直で正直でしたから、思ったことを口にしただけでしたが、私にとっては死活問題の勃発です。

これまた、蒼白になって、「どうしようどうしよう」と思っていたところ、秀才の道元君が、「おい、北田~、おまえがオナラこいたんちゃうん~?女がこんなでっかい音でオナラこぐわけないやん~。」と言ったのです。

私は、このチャンスを逃してはならないと思い、「そーや、そーや!私はオナラしてへんわ~!」と言ってしまったのです。

北田君は、「ええ~!?僕、オナラこいてへんで!僕と違う僕と違う!」と言い続けましたが、誰にも認めてもらえず、そのまま犯人は北田君ということになってしまいました。

私は、どれほど胸をなで下ろしたか分かりません。心の中では北田君に謝りつつ、助け船を出してくれた道元君に感謝しつつ、私は帰途につき、家で思い存分トイレでゆっくりしました。

家でそのことを話すと、みんなが大笑いして、楽しかったです。

けれども、翌日から、学校生活何年間かの間だ、あれほど元気が良かった北田君が、急に元気が無くなりました。朝の挨拶も、小さな声で、もぞもぞと「おはようございます・・・」とつぶやくような感じになってしまったのです。

自分がついた嘘のせいで、北田君の元気が無くなってしまったのは、確実のような気がしました。

それ以来、私は嘘がつけないのかも知れません。

北田君、遅ればせながら、このブログを見つけられるかどうかもわかりませんが、ここで私の謝罪の気持ちを表しておきたいと思います。「本当に、ごめんなさい。あのとき、罪をかぶってくれたおかげで、私は恥をかかずに済んで助かりました。33年も経っていますが、あれから元気になりましたか?心に傷を付けたこと、謝りたかったのです。ごめんなさい、ありがとう。」

2006/10/02

嘘も方便?

私は基本的に、嘘がつけません。

嘘をつくと、体中が緊張してきて、ダメなんです。

この性格は、時々、人に衝撃を与えてしまいます。あまりにも本音でものを言うからです。

若い頃には、元舅から、「あんたの一言で、僕の人生で積み上げてきたことが、すべて無になった。」と言われました。当時の家族は、自分の本当の心を隠して、表面だけは仲良さそうにしていましたが、心の底では憎んでいるような気がしたので、そのことを指摘してしまったのですね。

まだ嫁に行って一年も経たないうちに、こんなことになってました。私は家族を憎しみながら愛しているフリをすることが出来ないために、ぶつかり合ってでもいいから、理解し合いたいと思っていたのです。

感情を押し隠して生きるということが、まだ若い私には理解できませんでした。今でも理解できませんが・・・


また別の場面で、元夫の祖母が、お手伝いさんに家族の食べ残した漬け物をあげようというので、「人として、食べ残しを恩着せがましくあげるのはいかがなものか?」と指摘してしまいました。

お手伝いさんは、きっと、もらっても気持ち悪いから、「ありがとうございました」と言って持って帰ってから、家で捨てていたのかも知れないけど、そういうまどろっこしいことはやめた方が良いのではないかと、訴えたのでした。元夫の祖母にしてみれば、明治の人でしたから、「もったいない」と思ってのことでしたでしょうに。


考えると、恐ろしい嫁です。「そら、可愛い嫁とはほど遠い嫁やがな。」と今となっては思います。そのくせ、嫁いびりにあったと言って泣いていたのだから、矛盾しています。(笑)


お話しが変わりますが、嘘も方便と、よく言う人がいます。「お釈迦様も使って良いと言っている」とか言って。

そんなことを言われて、嘘をつきまくる人がいるとは、お釈迦様も迷惑で仕方がないのではないでしょうか。

お釈迦様は、仏教の哲学を一般大衆にもわかるようにお話しをしようとして、色々なたとえ話をしましたが、その、たとえ話を「方便」と言っていて、「嘘」を方便とはしていないと思うのです。

嘘をつくのが当たり前になっている人から、困っているから助けてほしいと言われても、私は躊躇してしまいます。嘘の片棒を担がされるのは嫌なのです。

良いことのために、ちょっとだけ嘘が混じっても良いではないかと思うこともあると思います。でも、私には、嘘つきが分かってしまう体質だから、そういうずるい人とは組みたくないのです。

経済も、嘘の上に成り立っているところがあるから、こわいと思うのです。ほとんどの仕事は、いかにしてつまらない品物をよく思わせて高く買わせるかが、仕事なのではないでしょうか?

こんなこと、長く続かないと思います。そういう品物で、日本中あふれかえっています。


お話しが、大きくなってしまいました。

言いたかったのは、嘘をつかない生き方というのは、現代社会のシステムを破壊するかもしれないということなのです。

職人は手を抜かず、商人は人に喜んでもらうために、教師は真に子供たちのために、公務員は市民のために、政治家は国民のために・・・という、当たり前のことが、建前だけでなく本心から出来るようになったら、この国は素晴らしい国になるのではないかと思えます。

そのためには、日頃のちょっとした心がけ・・・「嘘をつかない」をしていると良い気がします。

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