守護霊になる練習
ダンナは疲れ切っているせいか、話しかけても、すぐに返事が返ってきません。
本人は、考えて吟味しているつもりらしいのですが、話しかけて5分くらい経ってから返事をくれても、その時には、自分で答えを見いだして解決済みだったり、何を話しかけたのか忘れてしまっていたりして、とてもイライラすることがあります。だいたい、5分も待たされると、無視されたのではないかと内心腹が立つときさえありました、慣れるまで・・・
「うんうん」と言っているから、私の話を理解してくれていると思いきや、理解しておらず、私の話し方が悪いと文句を言います。
分からないと思った時点で、「ちょっと待って、それどういう意味?」とか言ってくれたらいいのに。
全部話し終わって、「ああ、やっと分かってくれたか。」と思ったら、「最初の滑り出しの話に感動して、そのことを考えていたら、次々違う話を言うから、混乱して分からなくなった。」と言うではないですか。
すっかり分かってくれていると思ったのに。
「うんうん」と返事をするから、ついつい発展系の話を言いたくなって、話をしてしまいます。
どんなことを話していたかというと、ダンナが仕事に疲れて、仕事を辛い辛いと言いますので、
「苦しみは、自分の心が作り出しているもので、ほんまは、そんなもんはないんやて。本に書いてあった。」と私。
「ふ~ん。」とダンナが返事をしたので、
「お釈迦様が、色即是空と言ったのは、もともと色が付いていないものに、自分が色を付けてみているということらしいで。」と私。
「ふ~ん。」とダンナ。
「昔、私が色眼鏡の話言うとったやろう、あれと同じやと思うねん。【辛い色】の眼鏡で見てたら辛いねん。」と私。
「もう、次々言うから、わけ分かれへんわ。一つの話だけしてくれや。」とダンナ。
「一つの話やんか。」と私。
「最初の、苦しみの話はどこ行ったんや。」とダンナ。
「そやから、今話してるやん。」と私。
「違う違う、ぜったい違う話になってる。」とダンナ。
「あー、もう、オトーさんと喋ってたらイライラするわ。オトーさんの守護霊さんも苦労するで、もうみはなされてるんちゃう!」と私は、ぶち切れる始末。
どうも、コミュニケーションが上手く行きません。
私も口下手なのだと思います。
いつも私は、ダンナの「生きた守護霊」だと思うのですが、守護霊が見放す瞬間の気持ちって、こんなんかしらと思ったりします。
今度、死んだあと、誰かの守護霊になる練習をしているのかなと、思います。
結局は、苦しい苦しいと言っている人を、たとえ「アドバイス」であろうとも差し向けたところで、その人は心ゆくまで苦しみを経験しないと、納得することはないのだと思います。
自分自身もそうでした。
回りを見渡せば、母も、妹も、息子もそうです。
私がお節介な助言をしても、聞き入れてはもらえません。せっかく悟ったことがあるけれど、それは、ここにこっそり発表して、聞く耳を持った人が、聞くべきタイミングで見つけるのだろうと思います。


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