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2006年3月

2006/03/25

アルコホリックがワーカホリックに変身!

ダンナのことですよ。とほほ。

花粉症がひどくて、お酒を飲むと鼻が詰まって後悔を繰り返していたのですが、最近、ピタッと飲まなくなりました。

それはいいのですが、お酒を飲まなくなって元気が出てきたのか、仕事の量を増やし始めました。

以前は、日曜日に手術を入れることは、余程のことでないかぎりしなかったのに、三月は、毎週日曜日に手術が入っています。

先週の日曜日なんて、ワクチンの往診にいった後で、夕方から骨折のOPEでした。

あのですね、ダンナが一人で働いてくれたらいいのですけど、私もかならず付き合わされてしまうのですよ・・・

ダンナは、仕事が終わったら、あとはぼけっとしてたらいいのですが、私は、その後、深夜まで、お料理や後かたづけや猫さんのお世話に家のお掃除と、追われるのです。

日頃、寝るのが午前3時という生活プラス、時間外のお手伝い・・・月に一度くらいなら我慢できるんですけど、週一はきついなあ~。

また、ウツになりそうな気がして、あわててファイブフラワーレメディを口に放り込みましたです。

体が疲れていると、手術の時に十分なヒーリングパワーが出ないことも不満です。せっかく強力なディーバがついてくれているような気がするのに。

体調がよいと、手術中に見えない部分も見える気がします。それが成功につながるのです。それが発揮できない手術なんて、○○ープを入れないコーヒーみたいなもんなんです。(ちなみに私はコーヒーには本物の生クリームしか入れませんが)

ダンナよ、早くワーカホリックを卒業してくれたまえ。そして、ニコチン依存症も。

2006/03/18

手柄を取りたがる猫ボランティア

手柄を取りたがる猫ボランティアさんがいます。

「自分がこれだけのことをした」と自慢です。けれど、その陰には、かわいそうな子猫を見せられたら嫌とは言えない、お人好しの草の根猫ボランティアの努力があるのです。

私も、そういった部類で、以前、目の開いていない子猫にミルクを飲ませてほしいと依頼されたことがありました。

そのときは、私も手一杯だったので、お断りしようとしたら、「ほな、子猫たちはどうなるの!死ねっていうこと?」とすごまれました。

私は、当時、猫40匹を抱え、動物病院をフルタイムで手伝っていました。けれど、すごまれるので仕方なく引き取りましたが、子猫たちは弱っていて、自力ではミルクが飲めず、一晩中がんばりましたが、亡くなりました。

その、すごんだボランティアさんは、自宅に猫を一匹か二匹しかおいていないのです。

自分の安全地帯は確保して、手柄を取ろうとするのです。預けて、仮に生き残ったとして、里親さんが見つからないときは、知らん顔をします。「嫌だったら自分で処分すれば?」と言います。

こういう人たちは、マスコミなどが大好きです。目立つことが大好きです。

いつもネタを探し求めています。手柄を立てられそうなネタを。そして、他の人を巻き込み、利用して、都合が悪くなると、プイっといなくなります。

今回破産した人は、そういう風に利用されてきたらしいです。

ちゃんと断ればよかったのに・・・と思いますが、そういうお人好しをねらっているんですよね。

私も気をつけなくては・・・と思います。

あなたならどうする?

自己破産した猫ボランティアさん。猫が40匹いるらしい。自分とは一面識もないけれど、今度自分が新しい家に引っ越すという話を人から聞いて、古家を貸して欲しいと言われた時・・・

破産するような人に、家を貸すって、とても勇気が要ることですね。それも猫付きで。もしもその人が逃げたりしたら、自分が飼うことになりそう。

それも、面識がない人。紹介者は知ってますけど。

家族は反対。

私も、頭ではわかっているけど、猫たちは保健所行き?って思うと、貸してあげたくなってしまうのです。

その人は、もしも私が、息子を生んでいなくて、だんなと知り合っていなかったら、歩んでいたかも知れない人生を歩んでいるような気がして。

私は、その人が持っていないものを何でも持っています。家だって、今度から二軒になるのですから。

これは、天からの思し召し?

そういう風に感じてしまうのです。

ああ、困ったなあ。

さっきから、「あなたな~ら どうする~?あなたな~ら どうする~?泣くの喚くの死んじゃうの~」ってグルグル聞こえるんです。

2006/03/13

アレルギーに対する心構えみたいなもの

私は、喘息と膠原病以外はだいたいアレルギーをやったことがあると思います。

軽いアレルギーの症状の時に、自分で直す方法として、お医者に頼らないことと、症状である「咳、くしゃみ、体を掻く、目をこする。」というのをしない努力をしていると、かなり治ってくるような気がします。

20代の頃、ストレスから原因不明の皮膚炎になりました。

とにかく、腹が立ってくると、顔以外の体中が痒くなり、掻けば掻くほど広がっていき、最初はおしりのところにポツッと出来た発疹が、体全体に広がっていきました。

有馬温泉に行ったり、色々としてみたのですが、結局は「私は掻かない。」と決心することで、完治しました。最後に、最初に出来たおしりのところが残りました。それも、何かの原因でイライラし、かゆみが出ても、決して掻かなかったところ、治ってしまいました。

あの経験から言うと、花粉症の時のくしゃみも、同じような感じがします。くしゃみがしたくなって、一回したのに、もう一回したくなり、そして、また一回・・・と繰り返すうちに鼻が詰まってしまいます。

要するに、体が過剰に反応したがっているところを、心の力で辛抱すると、ひどいことにはならないのです。

あと、子供の頃に、気管支炎になった時も、咳をすればするほど喉が痛み治癒が長引きました。

家族が心配してくれるので、「もっと咳をすれば、もっと心配してくれる。」と思って咳をしていましたら、だんだんと気道が狭くなっていき、ヒューヒューと音がするし、息苦しくなりました。

お医者さんに行くと、「この子はこのままでは喘息になりまんなあ。」と言ったので、私は子供心に「それは嫌。」と思い、咳をするのをやめたところ、治っていきました。それ以来、風邪を引いても咳は必要最小限にとどめていますと、こじらすことがないのです。

もうひとつ、花粉の季節に目をどうしてもこすりたくなりますが、これも辛抱し、水で目玉を洗うと、痒くなくなります。生理食塩水が良いのでしょうが、なければ水道水でも私は大丈夫です。

このようなアレルギーの症状は、心の力を使うことが大切なのだと、教えてくれているのかもしれません。

2006/03/09

冤罪事件

幼稚園の時、私の家は、貧しかったと思います。

父が、結核を患って、やっと退院してきたところで、お給料もそんなに無かったはずです。

幼稚園では、クリスマスにお遊戯会があり、各自、木琴を持参して練習することになっていました。

私の家は木琴がすぐに買えず、みんなより遅れてやっと買ってもらったのでした。

みんなと一緒に練習する時、私だけ、紙の木琴でした。

父のお給料日に、やっと木琴を買ってきてもらい、私は父と一緒に、木琴に名前を書きました。家には黒のマジックがなかったので、お隣さんから青のマジックを借りてきて、ひらがなで名前を書いてもらいました。

その木琴を持って、喜び勇んで幼稚園に登園したのですが、練習が終わったあと、先生に呼び出されました。

先生:「Y子ちゃん、その木琴、Y子ちゃんの?」

私:「うん!きのう、買ってきてもらったの。」

先生は、園長先生となにやら話し込み、そしてまた戻ってきました。

先生:「M子ちゃんがね、自分の木琴をY子ちゃんが持っているっていうのだけど、その木琴、本当にY子ちゃんの?」

私:「きのう、パパが買ってきてくれたんやから。嘘やと思うんやったら、おばあちゃんに聞いて。名前も書いてあるし。」

先生:「でもね、M子ちゃんがその木琴、自分のだって言うのよ。Y子ちゃん、昨日まで木琴持ってなかったでしょ。」

私は、自分が木琴泥棒にされているのだと理解し、オシッコを漏らしながら怒って抗議しました。

そして、M子ちゃんが、練習のあと、他の組の木琴置き場に木琴を置きに行っていたことを思いだし、そのことを先生に言いました。

「M子ちゃん、さっき、モモ組さんの所に木琴置きに行ってたよ。私、見たもん。」と言いました。

先生たちは、顔を見合わせ、半笑いしながら何か内緒話をし、園長先生が、「あんなに言うてるのやから、一回見て来たり。」と、言いました。

完全に犯人は私だと思っている顔をしていました。

けれど、私が言ったとおり、M子ちゃんの木琴は、モモ組の部屋から出てきました。

先生は、「あったわ、あったわ、Y子ちゃん、もおええわ。」と言い、私は、その場に取り残されました。

私は、何故、そのように犯人扱いされたのか分かりませんでしたが、今なら分かります。

家が貧しかったことで、疑われたことは間違いありません。

夜、父はその話を聞いて、「殺したる!」と言って、怒りました。母と祖母が父にしがみついて、父の怒りを抑えました。

私は、父が怒るのを見て気が静まり、自分のために怒ってくれている父を有り難いと思いました。

その後、父は、貧乏から脱出するために、不動産業を興し、自社ビルまで建てました。けれど、バブル崩壊のあおりを受けて、随分、頑張りましたが、ビルは先日人手に渡りました。

一時はロールスロイスに乗っていた父。

貧乏だった頃の色々な屈辱を晴らしたかったのではないかと思います。

私は、今度、父の会社が建てた家に引っ越します。猫のために色々と設計を考えました。ローンの返済が大変ですが、父が生きている間に家を買ってあげることができて、良かったなと思います。これは、ダンナのお陰です。


2006/03/06

お風呂の入り方

「お風呂の入り方」という看板が、小さい頃に通っていた銭湯には掲げられていました。

記憶をたどると、

1,湯船に浸かる前に、かけ湯をして大切なところを流して洗い、、身体全体をよく流して汗を落とす。
2,湯船には肩までつかる。(つかると垢がふやけて洗いやすくなる。このときに、身体をこすらないこと)
3,石鹸をタオルに泡立て、身体をよく洗う、髪の毛もよく洗う。
4,もう一度、湯船につかる。
5,最後に、きれいなお湯を身体にかけて、風呂から上がる。
(湯船にタオルをつけないで下さい!お湯が汚れます!)

以上。

書かれていませんでしたが、暗黙の了解として、お風呂から上がる時は、持参したフェイスタオルで、ある程度身体の水分を取ってから、脱衣所へ向かうということも、決まりとしてありました。

今、スーパー銭湯へ行くと、1番が守られていない人が多すぎます。お風呂に入ってきて、アソコを洗わずに、肩からお湯を一回か二回かけただけで、お風呂にドボンと入るお姉ちゃん。クラミジアとか、カンジタは大丈夫なんだろうか・・・う○この粉が付いていたりしないだろうか・・・と見ただけで興ざめします。せっかくスーパー銭湯に来ているのに。

それと、湯船に平気でタオルをつける人、または、子供にタオルで遊ばせる人が多いです。お風呂から上がる時も、ビシャビシャに濡れたまま、足跡を付けながら脱衣所へ向かう人も結構います。

自分はサウナに入っていて、子供は水風呂につかりっぱなし・・・とかいう人もいます。溺れやしないか、風邪を引かないか、他人の子供ながら、ヒヤヒヤしてしまいます。

みんな内風呂で育ったお上品な育ちなのでしょうか。

昔は、マナー違反をしていたら、大声で叱るオバチャンがいたのですが、みんな見て見ぬふりです。

今日は、タオルをつける親子連れに、「タオルつけたらアカンよ~」と注意しました。偉いわ~、私って。

とにかく、マナーを知らない人が多すぎるので、スーパー銭湯の経営者さんたちは、例の看板を、もう一度高く掲げるべきです。お願いしますよ~。(って、こんなとこで言っていても仕方がないのですが)

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