感謝して祈るということ
昔、まだ二十代だった頃、嫁ぎ先に八十歳を超えたおばあちゃんがいました。
たいそう苦労して百年の老舗を守り抜いた人だけに、嫁の私には何かと厳しく接していて、いつも、義妹には優しいのに年が離れていない私には厳しいし、知り合いが誰もいないしで、寂しかった時期がありました。おばあちゃんは、私に自分のノウハウを伝えたかったから厳しかったのです。
そんなおばあちゃんの口癖が、「感謝をしなさい」というものでした。
普段、厳しくされて、感謝の気持ちなど持てない私でした。けれど、「生きているだけでも感謝」だと、口を酸っぱくして言うのでした。
その時分は、まったく理解できなかった言葉でした。
けれど、今は、とても理解できるようになってきました。
先日、身体の調子を悪くした時に、お二人の方がレイキを遠隔でして下さいました。
すると、不思議なことに、私は、ごちゃごちゃと頭で考えるのをやめ、子供の頃に戻ったような気分がするのでした。一人より二人、という具合に、レイキをする人の人数が増えると、身体もスピードを上げて調子よくなっていきました。
猫にも、レイキをしてもらいました。三ヶ月も下痢が止まらなかった迷子猫のリカちゃんが、良いウンチをしたのです。
そうなってくると、レイキが出来る人の数が増えて、すごい人数で、例えば雅子妃殿下などに遠隔すれば、お元気になるのではないだろうか・・・とか、地球にレイキをしてあげたらどうなるだろうか・・・とか、想像がふくらみます。
そして、自分にレイキを送って下さった方々に、感謝の気持ちが起こりました。自分もいつか、人に「レイキ=愛」を送ることが出来て、感謝されて、その連鎖の上で生きて行けたらいいだろうなあと、思ったりします。
そして、「平和の祈り」とか、よく精神世界系の人たちが集まってやっているのを、胡散臭く思っていた私でしたが、そう悪いことでもないと思うようになりました。
まあ、私としては、地に足が着いていない状態で平和の祈りをしても無駄だと思え、精神世界系の人の中には地に足が着いていない人の方が多い気がして、批判的だったのですが、批判していた自分は小さいな・・・などと思ったりする今日この頃です。
そんな批判をしていた私ですが、家では「地に足の着いていないヤツ」として、息子たちからボコボコにされているんですけどね。(^_^;
集まって祈らなくて良いから、毎日毎日、愛と感謝の心で生きていくことが大切かなと思います。(とうとう、私もおばあちゃんみたいになってきた)


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