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2005年12月

2005/12/27

感謝して祈るということ

昔、まだ二十代だった頃、嫁ぎ先に八十歳を超えたおばあちゃんがいました。

たいそう苦労して百年の老舗を守り抜いた人だけに、嫁の私には何かと厳しく接していて、いつも、義妹には優しいのに年が離れていない私には厳しいし、知り合いが誰もいないしで、寂しかった時期がありました。おばあちゃんは、私に自分のノウハウを伝えたかったから厳しかったのです。

そんなおばあちゃんの口癖が、「感謝をしなさい」というものでした。

普段、厳しくされて、感謝の気持ちなど持てない私でした。けれど、「生きているだけでも感謝」だと、口を酸っぱくして言うのでした。

その時分は、まったく理解できなかった言葉でした。

けれど、今は、とても理解できるようになってきました。

先日、身体の調子を悪くした時に、お二人の方がレイキを遠隔でして下さいました。

すると、不思議なことに、私は、ごちゃごちゃと頭で考えるのをやめ、子供の頃に戻ったような気分がするのでした。一人より二人、という具合に、レイキをする人の人数が増えると、身体もスピードを上げて調子よくなっていきました。

猫にも、レイキをしてもらいました。三ヶ月も下痢が止まらなかった迷子猫のリカちゃんが、良いウンチをしたのです。

そうなってくると、レイキが出来る人の数が増えて、すごい人数で、例えば雅子妃殿下などに遠隔すれば、お元気になるのではないだろうか・・・とか、地球にレイキをしてあげたらどうなるだろうか・・・とか、想像がふくらみます。

そして、自分にレイキを送って下さった方々に、感謝の気持ちが起こりました。自分もいつか、人に「レイキ=愛」を送ることが出来て、感謝されて、その連鎖の上で生きて行けたらいいだろうなあと、思ったりします。

そして、「平和の祈り」とか、よく精神世界系の人たちが集まってやっているのを、胡散臭く思っていた私でしたが、そう悪いことでもないと思うようになりました。

まあ、私としては、地に足が着いていない状態で平和の祈りをしても無駄だと思え、精神世界系の人の中には地に足が着いていない人の方が多い気がして、批判的だったのですが、批判していた自分は小さいな・・・などと思ったりする今日この頃です。

そんな批判をしていた私ですが、家では「地に足の着いていないヤツ」として、息子たちからボコボコにされているんですけどね。(^_^;

集まって祈らなくて良いから、毎日毎日、愛と感謝の心で生きていくことが大切かなと思います。(とうとう、私もおばあちゃんみたいになってきた)

2005/12/23

シャムオの話

日本列島に寒波がやってくる一日前に、以前から家の裏でごはんをあげていたシャムオが、尋常でない泣き方をして、妙に頭をこすりつけてきました。

保護するためには、ごはんを入れてある、フード付き猫トイレでは捕まえることが出来ないし、仕方ないな~と思って、その日の晩は、「明日から寒くなりそうやけど、シャムオ寝るとこあるのん?」などと話しかけたりしていました。

翌日、頼んでいた東京ペットのキャリーバックが届き、猫トイレと交換しました。

早速、シャムオが来て食べていたのと、翌々日の手術にキャンセルが出て、一つ開いたのとで、「これはチャンス!」と思い、おもむろにキャリーのドアを閉めました。

シャムオは、暴れることもなくすぐに捕まり、翌日、去勢を終えました。その時に、エイズ・白血病を検査したら、白血病がプラスでした。

道理で、寒いのを嫌がるはずです。きっとシャムオが寒波の前に鳴いていたのは、こんなことを言って鳴いていたんではないだろうかと私には思われるのです。

「な~、明日から寒くなりそうな気がするけど~、寝るところないし~、ボクどうしたらいいの~」って。

去勢して、大ケージの中にシャムオを入れました。真ん中に板で台を付けて、二段式にして、板の上に「床ペット」という電気式のホカホカマットを置きました。

シャムオは、それ以来、その上に乗っかったまま、ご飯を食べて寝てウンチして・・・を繰り返しています。余程疲れていたのか、他の猫を見ても知らん顔で寝ています。

外の猫ちゃんを私の家に入れるのは、余程のことでない限りはばかられるのですが、シャムオの場合は例外だったようです。

本当は、山奥か海辺で、思いっきり遊んで、外でトイレをしてという暮らしをさせてあげたい、そして、寝る時と雨の日は家の中。今は叶わぬ夢・・・でも、いつかは・・・

2005/12/22

エアコンの設定温度

エアコンの設定温度、最近は省エネが叫ばれていますが、若い人たちは無視ですね。

だいたい、うちの動物病院でも、「あ~顔がほてる、何でやろう~」と思ってエアコンを見ると、冬なのに26度に設定してあったりします。

「もう~、冬場は23度って取説に書いてあるのにな~」と思い、設定温度を下げても、すぐに26度に戻っています。

夏場は「あ~、寒いな~、エアコン何度になってるの~」と見ると、23度にしてあります。

夏場は28度って、政府が言ってるでしょうに!って、思ってしまいますです。だいいち、じっとケージに入れられている猫の気持ちになれば、物言えぬ猫たちが不憫でなりません。

今日も、整形外科に行くと、27度に設定してあって、温度が上がる分、空気も乾燥するので加湿器がフル回転です。わかってないな~と思います。

昔、富山の市営住宅に住んでいた頃、新築にもかかわらず、一年で窓枠を腐らせたお家がありました。そのご家族は北海道から移住してこられて、その方曰く、「北海道では冬は暖房をじゃんじゃん焚いて、家の中では半袖でも大丈夫だったのよ~」というのでした。

それで、富山で暖房をじゃんじゃん焚いて、換気をしなかった結果、窓枠は腐る、子供がアトピーになると、色々大変そうでした。

私は、冬の暖房が嫌いで、寒かったらハンテンを着るなりして、厚着をしたらいいし・・・と思っているタイプですが、うちの家では、猫だらけにもかかわらず、息子もアトピーにならなかったし、風邪一つ引きませんでした。

暖かい部屋から急に、マスクをせずに寒い外に出て行くから風邪を引くのではないでしょうか。

そんなことを考えつつ、今日、息子の部屋のエアコンの設定温度を見ると、30度になっていました。(涙)

2005/12/18

栗ちゃんがもらわれました

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今日、ダンナと二人で京都までお届けに行ってきました。腰が痛い私に代わって、ダンナは往復運転をしてくれました。私は車の中で寝ながら行きました。

栗ちゃんがお嫁に行ったところは、京都なのに町並みが私たちの住む町とよく似ていて、同じようなお米屋さんがあったり、神社があったり、田んぼがありました。道が少しクネクネしているところも、そっくりでした。

ご家族も暖かく、小さい坊ちゃんがいましたが、先住猫ちゃんが生まれた時からいたので、猫扱いに慣れていました。家の中もよく片づいていて、きれいでした。

お家にお邪魔して、震える栗ちゃんを心配しつつも置いて、おいとまし、車を発車させ角を曲がった途端に神社を発見、栗ちゃんのことをお祈りして帰りました。

不思議なことに、その神社にも住吉大神(住吉三神)が祀られていて、うちの近所の神社とつながっているような気がしました。本殿の正面には木花之佐久夜毘賣が祀られていて、安産と防火の神様だそうです。

参道は、両側に家の裏口がずらっと並んでいて、何だかあり得ない風景で、夢で来たことがあるような気がしました。本殿には鍵がかかっていて、これも夢で行ったことがあるような気がしました。

無神論者なのによくデジャブを経験するダンナに聞いてみると、やはり夢で見たことがあるような気がすると言っていました。

こうなってくると、不思議なご縁としか言いようが無くなってきます。

もともと、里親さんは、私の動物病院の里親募集のページの一番下にこっそりと載せていた栗ちゃんを、私が削除する直前に見つけてメールを下さいました。里親サイトなどに載せなかったのは、自分で飼うつもりが半分以上だったからです。手術をしたばかりで体調も悪かったし、お届けなんて出来そうにもないと思っていました。

それで、削除して眠りに就き、翌日メールをチェックすると、里親希望のメール。おまけに、その方に電話をしてみると、「夕べはあったのに、今見るともう無くなっているのですが・・・」というものでした。

これは何かあると思い、お見合いの日取りを決めましたが、栗ちゃんに情が湧いてしまい、正直にメールで心情を告白しますと、これまた、心のこもったメールを返信して頂き、本日のお届けと相成ったのでした。

先住猫さんと折り合いが悪かったりすると、出戻ることになるのですが、それでも、これだけ良いカードがそろっていると、このまま幸せになれそうな気がします。

いつも、「動物病院の奥さん」を演じている私にとって、弱気な一面を正直に打ち明けることは、自分にとって良いことだったのだと思えました。強がらずに、正直に素直に生きると良いことがあるなあ・・・と思った一日でした。

2005/12/17

地鎮祭

12/14に地鎮祭を行ないました。

近所の神社の宮司さんに来て頂きました。

地鎮祭の途中、少し遅れてやってきた建築関係者がいたのですが、その人の車に反射した太陽の光が、オリオン座の形になっていて、私は、ボケーッとしながら、「ああそうか~、神社の神様はオリオンから来たのかもね~」などと、思っていたのでした。

ボケッとしていることに気づいて、「いかんいかん、今日は大事な地鎮祭なのに」と思い、宮司さんの唱えていることを一生懸命聞こうとしましたが、ほとんど思い出せない自分が情けないです。

魂鎮めの箱には、神様にお祈りしてある黒い石が入っているそうです。今度建つ家は、きちんとそういう石が入っていると思うと、何か安心です。

これからは、大好きな近所の神社のクスノキさんのところへ、お散歩に行くのが近くなると思うと、ちょっとうれしいです。

腰が痛いのや、パニック障害かもと色々とありますが、良いことをたくさん考えるようにしたいと思います。

2005/12/15

突然ウツに?

晩ご飯を食べて、そのあと、リンゴを丸一個食べると、苦しくなりました。

そして、何故か急に、生きているのが辛くなったというか、「もう、自分には今やっていることをこなせない」「どうしていいかわからない」とパニックになったような気持ちになりました。

どうなってしまったんだろうか・・・

その後、リンゴが消化され、ゲップが出ると、普通に戻り、息子やダンナが階下に降りてきて話をすると、いつもの元気な自分に戻っていました。

昨日の夕方、うたた寝をしていた時に、テレビをつけていたのですが、外から大きな声で世間話をしているのが聞こえ、そんな大きな声の世間話をする人がいたっけかな~と思って、もっと話を聞こうとテレビを消した途端、突然に「シーン」と何も聞こえないということがありました。

「おかしいな~、確かに聞こえてたのに・・・」と狐につままれたような私でした。

そんなこともあり、「ひょっとして、憑依?」と思ったりする私。

中学生の時、側湾症を診てもらいに、徳島大学へ行った時のこと、泊まる宿が無くて、あちこち探したあげくに、やっと見つけた古い旅館で、やはり同じことがありました。

眠りに就こうと、布団を敷いて横になった途端、障子の外から大きな話し声が聞こえだしたんです。だんだんと人数が増えていくので、「うるさいな~」と思い、ガラッと障子を開けると、「シーン」としていて、オマケにそこは三階だったのです。声は窓のすぐそばで聞こえていたのに・・・

翌日、私は高熱を出しつつ大学病院で側湾症の診察を受けました。

旅館を出る時、旅館の従業員さんたちが、柱の陰からジーッと見ていたのも怖かったです。

ウツの話が怪談話になってしまいました。

でも、私は手術をしてから、どうも変なんです。江原さんに相談したいです。痛快エブリデイしかチャンスはないみたいですね。申し込もうかな。

2005/12/11

カラオケ

動物病院の忘年会をしました。

少し早いですが、スタッフたちのスケジュールの都合で、12/10に行ないました。

近くのフレンチのお店で、元リーガロイヤルのコックさんだったオーナーシェフのお料理を堪能しました。

私はお肉がダメなので、メニューを魚にに変更してもらうという、わがままぶりです。クリスマスのディナーにしてもらって一人6000円です。一年に一度、これを食べると、本当に感動します。いつもは猫さんたちに食べさせないといけないから、自分たちの分はなるべく節約しているので、たまに食べるフランス料理は、感動しました。

デザートの洋なしのコンポート・シャーベット添えとは別に、クリスマスのケーキである、オーナーシェフ手作りのブッシュドノエルも付いていて、コーヒーもお代わりを入れて下さいます。

そして、食後に、これまた、年に一回か二回しか行かないカラオケボックスに行きました。

先日、NHKの音楽夢クラブで聞いた聖子ちゃんのI'll falling loveをお掃除しながら、一生懸命覚えていって歌いました。

何曲か歌ううち、若かった頃の、歌うことが大好きだった自分を思い出し、掃除に明け暮れていないで、また歌を歌いたいなと思いました。そうしたら、若者のホルモンが出てきて、腰の痛いのも治りそうな気がします。

聖子ちゃんがいつも若々しいのは、いつも歌を歌って感受性豊かに暮らしているからではないのかなと思った次第です。

今度引っ越したら、キーボードを購入して、伴奏をしながら歌を歌おう、ボケ防止のために!などと思う私。

ボケ防止と若者のホルモンを目標にするところは、何か矛盾しているようでもありますが、心だけ子供で身体は年寄りになりかけていると思っていたのが、実は身も心も年寄りになりつつあったことに気が付いたというところでしょうか。

また、昔のように感情豊かに歌いたい今日この頃です。

2005/12/04

生まれ変わったら

生まれ変わったら、光合成で生きる植物がいいなと思います。

牛小屋が火事になって、牛がたくさん死んだのに、「もったいない、食べたかった」とインタビューを受けているのを聞いたり、スーパーのお肉売り場に、合鴨のソーセージがたくさん並んでいたりすると、そう思います。

牛は大やけどを負っていて苦しそうだけど、きっと手当もしてもらえずにつぶされるでしょう。

合鴨は、夏の間、人間の田んぼを手伝って、雑草や害虫退治をしたあと、冬の間飼っているのは不経済だからと売られたのだと思います。(以前、NHKの番組でそういうことを言っていました。取材されていた農家の娘さんが可愛がっていた合鴨も売られることになって、可哀想でした)

どうして、人間は、食べないと生きられないのでしょうか。せめて、お肉を食べるのを止められないでしょうか。

そう思うのです。

先日、新聞に、ある単細胞生物が進化して、光合成をするようになったというのを読みました。人間も将来、光合成で生きられるようになればいいなと思います。

神社にそびえる大木が、何百年も鳥たちの住処になったり、人々の心の支えになったりしているのを見ると、すごいなと思います。

宇宙人のチャネリングで、プレアデス人とか、ベガ人とか出てきますが、ああいう人たちも500歳とか1000歳とか言っていたりします。実は、それは進化した人間の姿であって、将来、光合成が出来るようになると、そうなるのかもしれません。

光合成して動き回れるのなら、それに超したことはありませんが、動けない木でも、いたいけな動物を殺して何とも思わない人間の世界で生きるより、私には楽に思えます。

2005/12/03

身体が痛いと短気になりますね(汗)

いつも痛みをこらえていると、気が短くなっています。

いつも優しかった私はどこへやら、ついつい辛辣になっています。

身体からのメッセージで、いい人をやめたいのかもしれません。言いたいことを言って暮らすことが早く治るコツかもしれないです。

いつも、相手の立場を考えて、自分を抑え無理をした結果が、椎間板ヘルニアです。

それで、この頃は、「NOと言える私」「腹を立ててもOK]と思うほうが良いのかしら・・・と思ったりします。

麻酔でいい加減なことをされたんだと思うと、残念です。有資格者は心して仕事にかかってもらいたいのです。

マンション偽造設計問題でもそうですが、この頃、心構えがみんななっていないんじゃないかと、いやになります。

有資格者たち、心してください・・・

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