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2005年11月

2005/11/24

腰痛にストレッチ

効きますね~。

まだ、しびれはあるものの、足が痛くて一歩が踏み出せないなどの症状が減りました。

実は、脊柱側湾症で、中学生の時に、ずっと死ぬまで柔軟体操をせよと、お医者に言われてたのに、ここ10年くらいはサボりっぱなしだったのです。

昨日、教わった柔軟体操をしてみると、硬いこと硬いこと。

下手すると、「バキッ」と音がしそうでした。

そこは慎重に、そ~っと腰を曲げ、だんだん延ばしていきました。

忘れていたけれど、この体操も死ぬまでしないと・・・

麻酔で死を覚悟して以来、自分の身体を大切にしようと決めた私です。ビールも飲むのをやめました。というか、冷たいものを飲むと、身体がキューッと硬くなり、肩が凝ってムカムカしてきます。

話がそれますが、痛快エブリデイで江原啓之さんが、憑依体質の人は、浮遊霊に身体を乗っ取られたり、占い師や他人の言うことに振り回されないようにしないといけないそうです。

私の足腰が痛いのは、てっきり、ちょっと誰かに憑依されているからではないかと思っていたのですが、ストレッチ不足だったのでしょうか。(笑)

それでも、用心のため、ストレッチをしながらスワイショウやレイキもして、最後に、「この身体は私が平和のために使っているので、未成仏霊さんは来ないでね」と念じたりしています。(^^ゞ

健康で、どこも痛いところのないことって、至福だったのですね。

2005/11/20

土を喰らう

「土を喰らう」という漫画を知り、早速取り寄せて読んでみました。

福岡正信さんの「わら一本の革命」とリンクしているようでもあり、「そうだそうだ~」と言いながら一気に読み終えた後、ダンナに「面白かったで」と言って渡しておきました。

だんなは、読み終えて、「ワシ、これから玄米食べるからよろしく。」と言い出しました。

そもそも、結婚前、私は息子と玄米を食べていました。食材も「ラディッシュボーヤ」というところで有機栽培したものを調達して食べていました。

ダンナと結婚したら、ダンナは白米を食べたがり、食材にお金をかけるだなんてもったいないという考えの持ち主でした。

それで、仕方なく、栄養素の失われた安物の食材で何年も暮らす羽目になっていました。息子は白米を食べられるようになって喜んでいましたが、私はどんどん身を削られていくような気がしました。

次第に花粉症が悪化して、にっちもさっちもいかなくなった時に、アロエベラジュースと出会い、プロポリスやポーレン、プロバイオテックなどでやっと体調を維持していました。

ダンナの教育に7年かかりました。

猫でアロエベラジュースの良さをわかってもらい、犬に玄米を食べさせて元気にしたり、ダンナにプロバイオテックで元気になってもらい。

そして、いよいよ、本物の食材を求め出しました。

7年の間に、私はかなり身体を悪くしました。でも、これからは、堂々と玄米を食べることが出来そうです。

うれしい限りです。

現在だんなは、私よりも花粉症が悪化している状態です。人間、こうならないと、真剣に身体のこととか栄養のことなど考えないものですね。タバコを隠れて吸っているし、ビールもやめないのでまだまだですが。

そういう私も、ヘルニアのような症状が出ていて、最近は毎日歩くようにしています。

そうならないと、歩かなかった私です。(^^ゞ

2005/11/17

野良猫シロちゃん

今の家に引っ越してきたときに、近所の人に頼まれて、避妊手術をした野良猫がシロちゃんです。

仔猫を何度も生むけれど、育ったためしがなく、毎日ちくわをあげているけれど、もらったらすぐに一目散に仔猫のところへ持っていき、自分はガリガリにやせているとのことでした。

その姿があまりにも健気でかわいそうでもあり、ポケットマネーをはたいてもいいから避妊してあげたいという申し出でした。

私も、意見に賛同して、避妊手術後はしばらく自宅で預かって、回復するまでお泊りさせました。
(そりゃ、ちくわでは育ちませんわ)

あれから、6年。

シロちゃんは、御飯をもらう相手を変えながらも、私たちの近所に住んでいます。

最近、シロちゃんは、今まで見向きもしなかった私の家の裏の野良猫用御飯置き場に、じっと待っているのです。

アイムスをふやかしてアロエベラジュースを混ぜ、かつおの粉を振り掛けた特製フードを、シロちゃん用にずっと置いていたのですが、食べてくれなくて、他の猫が食べていたのですが、それを、最近、シロちゃんはおいしいと思うようになったようです。ひどかった口内炎も治まっています。

朝と晩、猫たちに御飯を上げていると、外で、「ニャー」と呼ぶ声がします。シロちゃんです。

背伸びして窓から中をのぞいていることもあります。

「シロちゃん、外は寒いの?中に入りたい?でも、中に入ったら、お天気のいい日に外でお昼寝は出来なくなるよ」と言って、手を出すと、「シャーッ」と言って威嚇します。

もうすぐ引越しを予定している私ですが、シロちゃんをどうするか、思案中です。今はアロエの御飯で元気なシロちゃんも、私がいなくなったら、急に弱ってしまうのではないかと思います。ましてや、これから寒い冬になります。

どうしたものやら・・・

あと、もう一匹、屋根ちゃんを飼っていたおじさんの家を追い出されたシャムネコ色のオス猫がいます。

情けない声を出して、御飯をねだり、食べ終わると逃げていきます。

空家の屋根の上で、さびしそうに空を眺めています。

野良猫って、大変ですね。雨風をしのげる屋根のある家と、飢えをしのげる少しの食べ物さえ、ないのです。

本当は、昔飼い猫だったのにね。

2005/11/13

麻酔中の出来事

上顎洞囊胞の手術の時に、麻酔が効いていないのに筋弛緩剤だけ効いて気絶したことを、先日書きました。

麻酔中にはその後、断片的に意識が戻っていて、私は手術中の先生たちの会話などを覚えているのです。

筋弛緩剤で気絶した後、気管チューブが挿管され、酸素が入ってきたためか、ふと意識が戻りました。

その時は術前の口腔内の消毒が行なわれている時でした。自分でも、「ここで意識があるとまずいな・・・」と思っていたところ、またふと、意識が遠のきました。

手術自体は1時間半もかからないと言われていましたが、私は四時間半手術室にいました。

その間、何があったのか。

術後、一人の先生が、「あっ、この人の胸に赤い発疹が一杯出てる!」と言っています。
「どれどれ」と、他の先生や看護婦さんたちも近づいてみています。手術室には麻酔科の先生を入れて三人の先生と、二人の看護婦さんがいたように思います。

「薬疹・・・?」

「でも、どの薬剤で?」

「わからんな・・・」

そうです。メロンアレルギーがあると言っていたのに、事前検査をしてくれなかったのです。そのことも、麻酔の初めの方できこえていました。

看護婦さんが、「あれ?メロンでのどが痛くなるって書いてあるけど、検査した方が良いのでは?」と言った時に、先生の声がして、「まあ、大丈夫やろう」と言っていたのですよ。

話を術後にもどします。

「この人って、どんな人やったっけ?」と先生の声。

「なんか、フワーッとした感じの人やったけど・・・」

と、そんなことを言っていました。今思うと、うるさい人間だったら後で文句を言われるかもしれないと、心配していたのでしょう。

そして、薬疹が消えるまで、私は手術室で処置を受けていたようです。薬疹が消えた時、「あっ、消えた消えた」と言ってみんなでホッとしているところも聞こえました。

その間、ずっとガス麻酔をされていたんでしょうか。それなのに、どうして私は、術中の色んなことを覚えているのでしょうか。不思議です。

体外離脱っていうやつでしょうか。(笑)

その後、やっと気管チューブをはずされました。

手術が終わってからは、大変気分が悪く、私は血を吐きました。

先生方も心配して夜中に何度も様子を見に来て下さいました。吐き止めのプリンペランを注射してあげようかと言われましたが、私の肝臓が「もう薬はたくさん!」と悲鳴を上げていて、いつもなら遠慮して他人の申し出を断れない私なのに、ぜいぜい言いながらきっぱりと、「いや、薬はもういいです。」と言っていました。

こんなに回復して、その姿を見たら、きっと先生も安心しているでしょう。手術の腕自体は上手で、上顎洞は治ったみたいです。麻酔だけが怖い思いをしたのでした。

私はフワーッとしているかも知れないけど、中身は猫なので、実は爪を隠しているのです。それで、こっそりブログに告白している次第です。

不思議なことに、退院後、私は、まわりの自然と一体感があり、とけ込んでいるような気がしていました。それも、身体が回復してくると、だんだんと、自分のオーラが出て、まわりと区別されてきたような感じがします。

死ぬというのは、一滴の水が水蒸気になって空気と混ざってしまうことと似ているのかもしれませんね。


2005/11/09

生きてるだけで丸儲け

生きてるだけで丸儲けというセリフを、よく明石家さんまさんが言っていたと思います。

私も、そう確信するようになりました。

上顎洞囊胞の手術自体は、先生の腕も良く、うまく治りそうですが、全身麻酔の時に死を意識してからは、こうしてものを考えたり、掃除をしたり、ご飯を食べたり出来ることがとても有り難いことなのだと思えるようになりました。

そういう中で、死んでいった猫たちに、生きているうちにもっと優しくしてあげたら良かったとか、後悔の念も起こりました。

「意識」というものがあって、この地球で見たり聞いたり考えたり出来ることが奇跡です。人間の身体なんて、少しいじられると死んでしまうのです。気絶した瞬間にもうこの世のことを感じることは出来ないのです。

だから、感じられる間に、たくさんのことを感じた方が良いし、出来る間にたくさんのことをした方が良いと思いました。心を込めて感じたり出来ることをしたらよいと思いました。

もう一つ、西洋医学は良いところもあるのだけれど、人間の身体をロボットのように考えている面があるような気がしました。もう少し、全体性のある医学へと発展していって欲しいと思いました。

確かに、私の腐った奥歯はなくなり、そこにくっついていた囊胞も取り去られました。回復してきてこれからは元気になれるのかも知れないと期待感があります。ですが、麻酔のことや、心の問題、悪い部分を取り去るだけでなく身体全体のバランスを整えて元気を取り戻す方法を模索するなど、まだまだ課題はたくさんあるように思えました。

今でも左の足の付け根が痛むのですが、レントゲンでは写らず、不定愁訴として扱われてしまいます。原因は心なのか、脊椎なのか、今のところ不明です。胸だって痛みます。これもなにか分からないままです。

代替医療と今の医学と手を携えて、全体的な医療へ発展してくれたらいいなと思います。

2005/11/06

もう一生手術したくないです(涙)

簡単な手術だったのに、二時間半で終わるところが四時間もかかってしまいました。

どうも、麻酔が身体に合わなくて、薬疹が出るわ、目が覚めないわで、大変だったようです。

一番怖かったのが、麻酔の始まる時で、点滴に筋弛緩剤を混入された途端、心電モニターの音が、ピッピッピとゆっくりだったのが、ピピピピとなりだし、身体は動かないわ、呼吸は止まってしまうわで、死を覚悟しました。

気絶していたんですが、気管チューブが入った時に意識がかすかに戻り、口の中を消毒しているのが分かりました。

そのあとは、意識を失い、術後に気管チューブをはずす時に意識が戻りました。

気絶した時に、臨死体験もできなかったし、怖い思いだけしてしまいました。当分、死ぬのは嫌ですね。

これからは、代替医療一辺倒で行きたいと思った次第。

現在、顔がぱんぱんに腫れていて、外を出歩いたりも出来ません。

でも、生きて帰ってこられて、また猫さんたちのお世話をしていると、うれしかったです。今まで、どうしてお世話をしんどがっていたんだろうと思えます。

術後、夜が明けて、病室の窓から青空が見えた時、うれしかったです。退院できないたくさんの方々がいるなかで、すぐに帰ってこられた私は幸せです。

健康で息が吸えて、自由に動けることがどんなに有り難いことか、しみじみ分かりました。

蛇足ですが、腰から左大腿部にかけて強い痛みが、以前からあったのですが、ベッドで一日寝ていたら、ますます痛くなり、手術をしたところの痛みを感じないで済んでおります。人間って、痛いところが二カ所あると、一番痛いところだけ感じるのですね。おかげさまで、消炎鎮痛剤を服用せずに済んでおります。

なにせ、薬剤にはアレルギーがあるようなので・・・

メロンでのどが痛くなる人は、筋弛緩剤などでアレルギーが出る場合があるのでしょうか。似た体質の方、気をつけましょう。

2005/11/03

私の場合

今は11/3の午前三時だから、もう、明日になるのですね。術後性上顎洞囊胞の手術。

私は、往生際が悪く、直前にDrに電話をして、手術を延期できないか中止できないか、相談しました。

「足が痛いし、昼寝から覚める時胸が痛くなったんです」とか何とか言って。

本当のところ、今は歯が痛いこともなんともなく、手術をするのが怖くなっていたのです。猫の世話のことも気になっていて、本当にやめようかななどと考えていたのです。

私の場合、15年前に歯が痛くなり、歯科にかかりました。歯科では虫歯はないと言われ、念のため削ってみましたが、やはりありませんでした。それで、耳鼻科に行くことを勧められました。

耳鼻科に行ったら、副鼻腔が片方詰まっているということで、歯の痛みの原因はコレだと言われて、手術を受けました。

けれど、手術をしたにもかかわらず、歯茎から時々酸っぱい汁が出ました。歯も痛くなり、また歯科医院へ。

そこで、以前にかぶせたものを取って、奥歯を調べてもらいましたが、また異常なし。

副鼻腔は手術をしたし、いったいどこが悪くて年に一度か二度、寝込む程歯が痛くなるのか分かりませんでした。

結局、その頃にはまだあまりなかった口腔外科を先日紹介してもらい、やっと歯と上顎洞がつながっていて、そこにあった囊胞に炎症を起こしていることが分かった次第。(早く見つけて欲しかった)

今の時点で見つけられたことは、幸運で、放置するともっと大がかりな手術をしないといけないし、後遺症も残りますと説明を受け、やっと観念致しました。

いやはや、猫がいると、入院できません。

でも、これからのことを思うと致し方ありません。一日で帰ってこられるなんて、ラッキーでした。

ダンナと息子は、私に死なれると大変なので、手術に反対していました。麻酔事故が起きたらどうするんやとか、そのようなことを心配して、夕べは長い間話し合いました。大げさな。(笑)

猫のエサやりをどうするかという話になると、ダンナは、「日帰りで帰ってきてや~」と言い出す始末。結局、心配するふりして、自分が猫の世話をするのが嫌だった?と勘ぐりそうになりましたよ。

2005/11/02

母の場合

母は、二年前、甲状腺にできものがあると町医者で言われ、あわてて大学病院で手術をしました。

結果は、良性で、甲状腺は2/3残りました。

引き続き、経過を観察していた町医者で、血液検査の結果、甲状腺ホルモンが低下していると言われ、チラージンを飲み始めました。

チラージンを飲むと、余計に身体が思うようにならなかった母は、こっそり薬の量を減らしていました。そのことが先生にばれて、気分を害され、母自身も気分を害し、他の町医者にかかることにしました。

二番目の町医者は、なぜか、前のお医者がだすチラージンの倍の量を母に与えました。母はそれを知らず、素直に飲み続け、ある日、夜中に胸の痛みを覚えました。

紹介された総合病院で調べた結果、異型狭心症でした。

ストレスや不眠から起こると言われ、睡眠薬や精神安定剤も飲むことになりました。

それでも、身体の変調が続きましたので、私は、以前より母に助言していたけれど聞き入れてもらえなかったことを、もう一度言いました。

「チラージン、徐々に減らして、様子を見てみ」と。

すると、母は、元気になり、胸も痛くなくなりました。

そこで母は、薬のことも相談したいからと言って、神戸にある、甲状腺で有名なお医者に行きました。

その病院では、血液検査の結果よりも、本人の自覚症状の方を重視しているようで、チラージンを減らして体調がよいのであれば、それでよいとのことでした。

もしかして、母の異型狭心症は、チラージンの副作用だった可能性があります。大きな病院でも、その辺りの因果関係を調べないし、選択肢の一つとして取り上げようとはしませんでした。

これって、もしかして、今の粉々に専門が分かれた医療では、真の意味で病気は治せないどころか、副作用で新しい病気を作り出しているという現実を、目の当たりにしたような気がします。

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