脱走牛と子牛の夢
最近のニュースで、妊娠五ヶ月の黒い雌牛が、脱走して、大捕物騒ぎになったということを知りました。
追いかけ回されて、疲れ切って捕まった雌牛は、膝小僧をすりむいて血を流していました。
その雌牛が、食肉にされるために売られていく道中だったのかどうかは、聞き逃してしまいましたが、ニュースの映像を見ていると、雌牛の悲しみが伝わってきて、私も辛くなりました。
自分が妊娠中に、もし、殺されると知ったら、黙って殺されようとするだろうか。どうにかして生き延びようとしないだろうか。そんなことを考えました。
夕方のニュースの時も、翌日の情報番組でも、牛をただの「肉」として話しており、大好きなキャスターの小倉さんも、「自分の家に飛び込んできたら良かったのになあ~」なんて言っていたので、私は、誰も牛の心を慮らない様子が悲しかったです。
それ以来、肉料理の肉を見ると、その雌牛のことを思いだし、気持ちが沈みます。
家族が食べるので、自分も見ないわけにはいきません。
世界中で肉として飼育されている動物たちに、申し訳ない気持ちになります。人間の貪欲さ、身勝手さが申し訳ないです。
先日、夢を見ました。
とても、はっきりとした夢で、まるで、その町が本当にあるかのようでした。
どうということもない都会の下町の風景。マンションや団地の囲まれた一角に、ぽっかりと空き地があって、大きな木がそびえています。木の横に、古ぼけた文化住宅が建っており、何故かその横に小屋が付いていて、それは牛小屋なのです。
文化住宅の二階の廊下には猫が昼寝をしており、牛小屋の前には、白と黒の柄の子牛が昼寝をしておりました。
午後の日差しが暖かそうでした。
私が近づくと、子牛は目を覚まし、私の方をじっと見ました。
そのかわいい顔といったら。
「なんとかわいい子牛だろう、飼い主はどこにいるのだろう。こんなところに放っておいたら迷子になりはしないだろうか」などと、思っているうちに目が覚めました。
目が覚めて、「ああ、かわいい子牛だったなあ。あんなかわいい子牛を食べることなんて、出来ないなあ」と思いました。
でも、実際は、牛乳が余ると捨てています。牛乳は、子牛から横取りをして搾っているのにです。料理もします。
私たちは、あまりにも傲慢な生き方をしていると思います。けれど、きっと、「それがあるうちは、そうしてしまう」と思います。豊かさを失ってからでないと、人間は行いを改めることなど出来ないのではないかと思います。
今、地球環境を守らなければ、人間の住めない星になってしまうと言われ始めています。けれど、「あるうち」は、それを実感として受け止めて行動に移す人は少数派です。
肉食、ビールやコーヒー、たばこ、石油、原子力など、私たち先進国の人々は、あらゆる豊かさを牛耳っていますが、これを辛抱して、世界人類で分け合おうなどと真剣に思う人などいるでしょうか。
そんなことを思っている私も、冷房をつけていますし、残り物を捨てています。
地球が生き残るためには、もしかして、人類の淘汰しかなかったりして・・・
理性で地球を守れるだけの度量は、今の地球人には無いように思います。


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