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2005年4月

2005/04/30

忍耐力、愛、継続・・・

フジテレビ系で見た番組で、スーパーマンの役をやっていたクリストファー・リーブさんが怪我の後遺症に負けずに、リハビリをし続けて、ついに体の感覚を再び得た後に述懐した言葉を、ボケーッと聞いていました。

感動しながらも、「ああ、そうや、私も猫のこと、忍耐力と愛で継続し続けよう」と思いました。

年取って、息子には受け継がせることは出来ないかもしれないので、あと、二十年くらいで終わりになりますが。

私が年取って猫のボランティアをやめても、きっと、どこかでまた猫を助ける人が現れると思います。

それまでは、忍耐で頑張って、死んだ時、映画のタイタニック号のラストシーンみたいに、先に死んでいった人や猫たちに拍手で迎えられるといいなと思います。

私が母を頼りないと思うのは、母には忍耐力で継続し続けようという「何か」がないからです。
死ぬまでに、生まれてきた意味を知ってもらえたらいいなと思います。

妹は、母とほとんど連絡を取っていない状態ですが、母が死ぬまでに和解が完了できるよう、姉として少し努力もしてみようと思います。

生きるって大変やけど、コツコツ真面目にしてたら、ええことあるような気がします。

2005/04/25

いよいよ検査

月曜の午前10時から母の検査です。

日曜日の満月は、スピリチュアル性の高い満月だったらしいですね。

アロエベラジュースのMLでそう教えてくれていました。

その通り、今回の母の一件は、もう解決済みだと思っていた私と母と妹の、心の問題を突きつけられた形でした。

妹は母と縁を切っている気でいて、お見舞いにも行く気がありませんでした。
それを説得する私。母の世話を焼いているのは私だけど、母は、縁を切られている妹のことを誉めたり心配したりしていて、ちょっと娘としては嫌な気分を味わったり。

結局、紆余曲折の末、妹はとりあえず見舞いに行ってくれました。

私は妹には電話で、母には口頭で、「親子で今の中国、韓国、日本みたいなことやめて、協力し合って生きていったらええやん」と提案しました。母も妹も本当はそうしたいのですが、プライドとかインナーチャイルドが傷ついてたりとか、様々な理由から、助け合うことが出来なかったのです。

検査が無事に終わったら、私は母と暮らせる家を探し始めます。妹の家の近くにです。
そうして、生きている間に、こじれた糸をすっかりほどいて、みんなあの世へ行ったらよいなと思います。

追記

母のカルシウム拮抗剤は、「ノルバスク錠」でした。

2005/04/24

消去法

母が心筋梗塞または、狭心症だと大騒ぎになりました。

実は、母は、昔からパニック障害があって、今回もそうだと私は思うのですが、本人は狭心症であってほしいようなのです。

そのようにしてしか、母はエネルギーを得るすべを知りません。そして、他人には自分のエネルギーをだだ漏れにしています。(娘にはそう見えます)

家で一人で寝ていると、発作が起こります。一人暮らしが嫌になっているのだと思います。最近母のマンションで飛び降り自殺があって、少し怖くなったのかもしれません。

10年に一回の割合で、大きなパニック発作が起きて、そのあと、不安発作が続きます。
以前にかかっていたお医者様は、そのことをよく心がけていて、母には精神安定剤を出してくれていました。

けれど、その先生が高齢で廃業になり、別に若いお医者様のところに通い出しました。

母のことをよく知らない若い先生は、母のいうことを鵜呑みにして、狭心症の疑いがあると言い、母にヘルベッサというカルシウム拮抗剤を出しました。

母は、大喜びで病気を受け入れ、胸が苦しくなると、狭心症だと思いこんでいます。

けれども、発作の時にニトロを飲んでも苦しみは収まらないのです。それで、今度は心筋梗塞の疑いということになり、来週早々、心臓カテーテル検査をすることになりました。1000人に一人は、検査のせいで脳梗塞や、心臓に穴が開くらしいです。

その検査を、母は喜んで受けようとしています。本人がやりたがっている以上、病院も家族も止めることが出来ないシステムになっています。

67歳という年齢から、以前のようにすぐに「精神的なもの」と診断されることはなくなり、一応、主訴から考えられる病気を疑われるようになってきました。

そうであるかないかは、怖い検査でないと分からないようです。

心電図にも異常が無く、精神安定剤を飲むと、発作もなくよく眠れるのです。

なにも消去法で、危ない検査をしなくても、先に精神科的なアプローチを試してからでも遅くはないと思うのですが・・・現代の医療はどこか間違っているように思えてなりません。

ちなみに母の家の寝室の枕元には、心臓に関係する専門書が何冊かありました。
きっとそれを読んでから、先生に症状を訴えているのだと思います。

そんなことをしなくても、「一緒に暮らしてほしい、心細いから」と打ち明けてくれれば、いつでも相談に乗る気でいるのに、残念です。検査が無事に終わることを祈っています。

でも、割り箸が折れたり、財布の鈴が割れたりして、私は不吉でたまらないのです。母の守護霊がやめさせるように私に言ってきている気がします。

2005/04/19

心を静かにする

「紘矢 亜希子の自由気ままに」というメールマガジンがあります。いつも、良い言葉が冒頭にあって、私も参考にしています。

平和の鍵はあなたの手の中にあります。
平和はあなたの内ではじまります。
なすすべもなく世界の混乱や無秩序に目を<奪われていないで、まずあなたの内で秩序をただすことから始めなさい。
しずかにわたし(神)の意思を行おうとつとめなさい。あなたの中の混乱と無秩序
を平和と安らぎと深い静寂に変えなさい。

お隣の国とのトラブルがありますが、自分は心静かにしているのが良いのだと思えました。
そうしてみると、「小泉さんも、中国の首相も大変やね~」と政治に携わっている人たちの大変さにしみじみと感じ入ります。

おかげさまで、今の私たちの暮らしがあるわけで、感謝しないといけませんね。

生きるって、本当に大変です。

2005/04/16

中国と韓国のデモから考えたこと

正直言って、腹が立ちました。

もう、中国製品を買わないようにしようとか、韓流ドラマを見るのも白けるよな~とか思いました。

でも、そう思ったり、実際に口にした時に、私の背後で「ピッピー」と警告の音が聞こえます。

その音は、実際に鳴っているのではなくて、私のあたまの中で聞こえる音です。私は守護霊が鳴らしている音かもしれないと、一人で思っています。

中国や韓国のデモをしている人たちは、国の方針で自分たちの怒りを日本へ向けてねじ曲げられていることを知りません。政府にあのエネルギーが向かったら、大変なことです。

それを知らずに、憎むべき相手を間違えています。小泉さんなんか、かわいそうに、棺桶まで作られて、燃やされています。

それで、同じように腹を立てていたのですが、よく考えてみると、日本と中国と韓国は、共に仲良く手を携えるべき相手です。どこへ買い物に行っても、日本製よりも中国製の方がたくさん売っています。

日本の技術、中国や韓国の技術、そして、中国の希少価値のある資源や人的資源、これらを上手く使いこなして仲良くした方が、絶対良いに決まっています。

中国も少し気が付いたようで、国民にブレーキをかけるように指示しはじめました。

あんなことを許していたら、世界中に、自分の国は理屈の通らないことを押し通して、ごね得を狙っている国だと宣伝しているようなものです。もうすぐオリンピックをしようとしているのに。

批判はともかくとして、私は最近知った「祈る」ということをしてみようと思います。

もう、腹を立てることはしないようにします。ただ、近隣の国の人たちと、日本が仲良く楽しくやっていけますように。みんな幸せになれますようにと祈ることにします。

2005/04/07

プラのシール

大阪でもプラスチックの包装のゴミなどは、分別して捨てることになっているのですが、そのプラゴミには必ずと言っていいほど、紙のシールが付いています。

あれって、本当ははさみで切ったりしてから捨てなくてはいけないのかな・・・と思うのですが、うちで出るプラゴミは量がとても多くて、そんなものをいちいち切り取っていたら、埒があきません。だいぶ前に、主婦の鏡のような方がテレビに出ていて、その方は、一つ一つ切り取って捨てていました。私にはそんな手間をかけている時間がありません。

どうして国は、シールのことに細かく指示を出してくれないのでしょう。

シールなんか、要らないと思えます。

スーパーでも、パックとか、ラップとか、無しでも私は一向にかまいません。

ドイツなどのスーパーでは量り売りがほとんどで、テレビで見ていると日本のようなたくさんプラスチックゴミが出る仕組みにはなっていないようです。

なんだか、容器包装の法律が出来ましたけど、穴がたくさん開いているみたいです。

どこへ言っていけば改善されるのでしょう。

ネットワーク地球村で教えてもらおうかしら。

2005/04/02

私にとっての桜花

私の桜の花は、猫の鼻です。

たくさんいる猫たちで、中でも、鼻の色が白い子は、鼻先がピンク色になっています。健康な子ほど、ピンクです。

この季節、花粉症で花見には出掛けることが出来ないけれど、猫さんたちの鼻を見て、花粉症になる前に見た桜の花を思い出しています。

本当は、あの、かぐわしい香りも感じたいのですが、花粉症にかかってしまった以上、治るまでは無理にできないのが悲しいです・・・いつか、粟島に移住したら、その夢をきっと叶えようと思います。

大阪はアスファルトで固められていたり、ビルばかりなので、花粉が土に吸収されず、いつまでも空気中を花粉が舞うのだそうです。確かに、大雨が降った後は、かなり楽になってきます。毎年、五月の終わりに大雨が降りますようにと祈る私です。

粟島に遊びに行った時、私の花粉症はぴたりとおさまりました。
キャンプをしていましたが、あのようにぐっすり眠れて、とてもたくさんの小鳥たちの声で目が覚めた経験は、生まれて初めてでした。

今年も、海洋学校の卒業生たちが植えていった桜が、たくさん咲くのでしょう。

早く粟島に住みたいです。

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