泣かれてしまった
今日は猫の避妊手術の予約日でした。
うちの病院では、月に一度、お一人様一匹で、先着順に予約を入れてもらっています。
昔から馴染みのお得意様(ボランティア)は、何人か、列ばなくても良いように先に予約を入れてあります。
予約に来ていたプチボランティアさんが、泣き出しそうになって訴えます。「自分もそうして」と。
まあ、お馴染みさんはキャンセルしないで何人かで譲り合ったりしているのです。その仲間に入ってもらえたらよいのですが、一匹狼的な方も中にはいらっしゃいます。
彼女は、一人で野良猫30匹を抱えていて、家にも20匹、仕事もして夜中にエサやりをして、と、心も体も追いつめられているようでした。おまけに予約のために仕事を休んできているとのこと。
助けてあげたいけれど、私に出来ることと言ったら、月に一匹だけ予約を先取りしておいてあげることくらいでした。
野良猫の捕獲を手伝ったり、エサやりを手伝うことなどできません。
思うんですが、自分もそうなのですけど、猫のボランティアをしていると、どうしても、最後追いつめられたような格好になってしまうのです。
家が猫だらけになったり、近所から苦情が来たり。
どこかで、「NOと言える自分」というのを課題として生まれてきているのかもしれません。
もしくは、「他人と協力しあえる人になる」かもしれません。
私よりも年上の、美人で線の細い、受付で半泣きになっていた彼女が可哀想でした。
動物のボランティアさんたちは、心に子供のような純粋さがあって、可哀想な動物たちを見ると、居ても立っても居られなくなります。でも、「自分に出来る範囲で」ということを肝に銘じてしないと、必ず破綻してしまうのです。
ああ、くわばらくわばら。気をつけなくては。
世の中に、心の優しい、動物を大切にしてくれる人がもっともっと増えますように。
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