疑心暗鬼
動物ボランティアしていても、類は友を呼ぶ。
疑心暗鬼な人は、そういう人たちで集まっている。
中には天使みたいな人たちもいて、そういう人たちと疑心暗鬼な人たちは、どうしても合わない。心がすれ違うばかりだ。
私はどちらかというと、天使の仲間に入りたいのだけど、時々違う人たちが近づいてくる。
そういう人たちを、「性格悪いなあ」と思ったりするのだが、そう思うこと自体、自分を映す鏡だからと思うと、「う~ん」と考えてしまう。
動物をだまし取る詐欺師がたまにいて、そういう事件があると、みんな大騒ぎをする。
私は、「暇な人らやなあ」と思ってしまう。
だって、だまし取られた事実はすでに動かしがたく、次回より気をつけるしかないのに、「誰が渡した」とか言い立てる人や、渡した人を捜し当てて、馬鹿にする人なんかがいるのだ。
動物を物だとしか思えない人が理解できない。それは私もそうなのだけど。
どうしてそうなったのか、その人はどういう育ち方をしたのか、そういう人を減らしていくにはこれからどういう社会を作っていくのがよいか、などをもっと考える方が得策かもしれないなと思う。
売春する女の子がいたとして、どうして自分の体を商品として売れるのだろうか。
私なら、好きな男の人以外と手をつなぐだけでも嫌なことだ。それなのに、だれとでもベットを共にしたりするのは、どうなっているのか。寂しいのか。愛されて育てられなかったのか。
獣医になる前に、大学で、徹底的に動物を物として扱う訓練を受けたと夫は言っていた。
なぜかというと、国の法律で、急性経口毒性試験用LD50(実験動物の半数が死ぬ量を調べて科学薬品などの毒性を評価する実験)というのがあって、そういうことをしないと、今売っている薬などは販売できないことになっているらしい。獣医も製薬会社などに就職する場合が多いから、そういうことで一々泣いていては仕事にならないからである。
私たちが動物実験をしていない、薬や化粧品を買うことによって、そういうことに動物を集めなくても済むようになるかもしれない。そうしたら、猫をだましとって小遣いを稼ごうと思う人はいなくなるかもしれない。
なのに、ボランティアたちの中には、顔にお化粧をして、「パッチテスト済み」と書いてあるシャンプーなどを使っていたりする。それって、矛盾していないかなあ。
そういう私も、二年前まではそういうことをしていた。
少しでもパッチテスト済みをやめてくれる人が増えることを願っている。
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