動物たちの話

2018/10/22

猫はシリウス 犬はプレアデス

なにかのチャネリング本で「猫はシリウス人たちが地球上で作り、犬はプレアデス人たちが地球上で作った」話を読んだんです。

かれこれ15年くらい前だし、本も残していないから、どの本だったのか定かではないのですが。

地球を見つけた宇宙人たちが、こぞって遺伝子組み換え競争をしていたような話でした。

私は子供の頃から、猫がいたから生きてきた的な人だし、今も猫様のおかげで生きていけてることを思うと、やはり私はシリウス人ですよね〜っと独り言ちる今日この頃です。

犬も可愛いのですが、猫の可愛さといったら表現しきれないですよね。

ウサギのような柔らかさを持ちながら、バラの棘のような爪をもち、鋭い歯を持っているのに、飼い主には甘噛みをするという…

目は深い森の奥の湖や、南の島の波打ち際のように澄んでおり、声はライオンとは程遠い可愛らしい声…

一緒に遊ぶととても楽しくて、一緒に寝るととても温かい…

神様が作った傑作だと思いますが、いかがでしょうか。

私は子供の頃から、こういった猫の特徴にウットリとして撫でまくっていたのです。

きっと世界中の猫好きは同じ思いなのではないかと思います。





写真は私の猫ジュンギのキーちゃん



2018/10/10

ダンナの意見です

ダンナがいつも仕事しながら私に演説を打つんですけど、人前では言わないので、私が代弁してあげようかなと思います。

「猫のボランティアさんが、どんなに頑張って里親探しをしても、猫を避妊去勢せずに飼って、生まれたら捨てていく人を無くさない限り、この悪循環は終わらない。」

はい、これです。

これには原因が色々あって、低価格で家猫を手術してくれる病院がなかなか無いということが挙げられるんです。

それと、情報弱者というか、避妊去勢しないと大変なことになるということを知らないし、低価格の動物病院を探せない人もいるみたいです。

そういう人を見つけ出して早めに対処できたら良いのですが、そういう人はなかなか見つけられない。

生まれた仔猫はこっそり夜中に公園や猫好きの人がいるところに捨てて、自分の家の猫の数を調整したり、増えすぎて、人に「ヘルプ!」と言う時には時すでに遅し、家の中はゴミ屋敷のウンコだらけということがしょっ中あるみたいです。

本当にボランティアさんの悩みは尽きず…

私の意見としては、多頭飼育崩壊のことはNHKで取り上げるのも良いのですが、「ちちんぷいぷい」とか、「ミヤネ屋」みたいなお昼のバラエティ番組で取り上げたりしたらいいんじゃないかなと思います。

あと、夜のバラエティでも、コメンテーターの人が、「飼ったら避妊去勢」みたいなことをチラッと言ってくれたらなと。

みんなのちょっとした気づきが重なって、隠れ多頭飼育がなくなりますように。

2018/09/07

ヨングクが猫を守っている

元JBJのキム ヨングクが、最近ミニアルバムを出しました。

最近のCDはあれですね、なんか絵本みたいになっているのですね。

私もLPレコードからCDに変わった時は、写真や歌詞の付録が小さくペラペラになってしまって、「なんだかなー」と思いましたが、20年くらい経ってみたら絵本みたいに大きくなってたんですね。

知らんかったわー…🤔

ヨングクがソロCDを出したというので、Apple Musicで音源はすでに手に入れてましたが、応援の気持ちを込めて、断捨離中なのに注文したんです。(すぐに翻す決心)

開けてみると、絵本のような中身はヨングクのかわいい写真が詰まっており、中からパラリとフォトカードが2枚落ちてきました。

1枚はヨングクで、もう1枚はヨングクの飼っている猫のトルビでした。





ヨングクは、JBJ活動中に忙しくなってしまって猫の世話ができなくなり、可愛がっていたトルビとルシをマネージャーさんの家に何ヶ月か預けていたんです。

猫に会えないヨングクは、それはそれは寂しかったらしく、解散の1ヶ月くらい前には体調も悪くなったりしていたんですよね。

解散してからまた猫たちと暮らせるようになって、ヨングクはデビューソロアルバムの中に、猫たちの写真も入れました。

これは取りも直さず猫たちもデビューしたのと同じことで、ヨングクと猫たちは一心同体であるという意思表示なのかなと感じました。

猫はJBJ時代から1匹増えて3匹になっていました。

Twitterで届けられるファン達のCDの写真には、3匹の猫たちのフォトカードが並んでいました。(私もトルビカードをゲットしたぜぃ😆)

こうなったら、プロダクションが、安易にヨングクからこの猫たちを取り上げることはありますまい…

フッフッフッ。私もほくそ笑みました。

ところでヨングクは、この猫たちをどこで手に入れたかというと、前に住んでいた寮の近くで放し飼いのメス猫がいるらしく、その子が父親の違う猫を何度も産むんだとか。

メス猫の飼い主おばさんから、「猫もらって〜」と頼まれて、いやとは言えずに増えていってるみたいなんです。

おばさん、避妊したって〜や〜。

そう思ってしまう私です。

ちなみに猫たちは全員、父親の違う異父兄弟らしいです。😅







↑の写真はTwitter内からお借りしました🙏




2018/09/02

フラウボウと私

私が大学生になったばかりの頃に、妹が拾って帰ってきた猫のフラウボウ。

近所の小学生達が飼い主を探して歩いていたらしい、サバ白のメス猫。
私はその美しい柄の仔猫に一目惚れをして、どんどんのめりこんでいったっけ。

猫のI.Qテストという本が売られていて、それで調べたら、とても高いI.Qの持ち主だったフラウボウ。

動体視力もよくて、ハエが家に入ったら、もう命はなかった。壁に止まった瞬間に仕留めていたっけ。

フラウボウが5歳になる頃に、私は遠くにお嫁に行くことになった。
フラウボウは自由に外を散歩する猫だったから、知らない土地に連れていけないし、猫付きの嫁というのも聞いたことがなかったし、婚家には犬がいたから、私はフラウボウを実家に置いて嫁に行った。

新婚旅行が終わって婚家の前に着いた時、フラウボウと別れてきたことをとても後悔した。フラウボウは猫だけど、私にとっては母親みたいな存在だったのに、そのことに気がついたのが、新婚旅行が終わってからなんて。鈍い私だった。

息子が生まれて、実家にしばらく世話になった時、布団を蹴飛ばして顔にかぶる元気な赤ちゃんを守るように、布団の上から赤ちゃんの股座に丸くなって寝ていてくれたフラウボウ。

あの時は幸せだったなぁ。
初孫が可愛くて、バラバラだった家族が全員集まって、フラウボウもいて。

一度婚家に戻ったけど、次のお盆に帰省して、私はそのまま体調を崩して一年くらい実家にいた。

その時もフラウボウは息子を心配して後を追いかけ回していた。

カタカタを押して走る息子を追いかけて走るフラウボウ。今みたいにスマホで録画できてたら良かったのに。

ある日、ヨチヨチ歩きの息子が、なんと一人で玄関の扉をあけて、いつのまにか近くの貨物線の線路に入ったことがあって、その時もフラウボウが線路と家を行ったり来たり不審な行動をしてたので、近所のママさん達が見に行って、息子は九死に一生を得たっけ。

その後、私が長いこと実家にいるせいで祖母が疲れると思って、勇気を振り絞って婚家に帰る時、フラウボウは車を追いかけて縄張りの端っこまで追いかけてた。

私はフラウボウと別れるのが悲しくて、泣きながら帰って行ったっけ。

そして、その一年後に祖母が他界して、妹の家になったその家に仔犬が来て、フラウボウは忘れられた存在になって家出をした。

その時9歳。

結局、私は大阪に舞い戻ったのが、その4年後くらい。フラウボウが行方不明になってから4年も経ってた。フラウボウ13歳。

たまに探してもみつからないし、毒の餌をまく人がいたから、食べて死んだのかもしれないと諦めていたのに、3年後にそっくりの老猫を、車の窓からみた。

帰り道に探したけど、もういなくて、それっきりだった。

それがずっと気になって仕方なかったところに、例の霊感のある鍼灸師の友達にこの話をすることがあって、「フラウボウに聞いてみるから写真みせて」と言うのでみせたら、どうやらフラウボウとつながって、真相がわかった。

あの時みた最後のフラウボウは、体調が悪くて、あの場所に居れたのは最後だったと。そして、そのあとは川の土手で横になって死を迎えたんだと。

ネズミ捕りが得意だったけど、ネズミは変なにおいがするから食べなくて、虫を捕って生き延びたと。

私にずっと会いたかった、しばらく家出をして探しに行ったこともあったと。

私がこの話を信じる気になったのは、ネズミの話で、いつもネズミを捕ってくるフラウボウに、「毒餌を食べているかもしれないからネズミを食べないで。」とお願いしていたからだった。

フラウボウは、私の言うことをちゃんと聞いていたんだと思うと同時に、ひもじい思いや寒い思いをさせて済まなかったと思ったし、今、家に閉じ込めて飼っている猫達に罪悪感を持たなくてもいいかもしれないと、思えるようになった。

ありがとうフラウボウ。

フラウボウは霊感鍼灸師の友達の家にしばらく世話になるらしいから、またね。



2018/08/06

霊感のある友達と猫神様の話

鍼灸学校の同窓生で、クラスは違ってたのに何故か今も付き合いのある友達がいて、その子が霊感強いんですよ。

話をしていたら急に、「あ、今なんか来た!あくび猫の後ろにいる猫さんが話したがってる!」とか言い出すんですよ。

なぜかその時に、私も体の同じ部分がチクっとしたりするから、私は信じて聞くんですが。

「そんな話はここだけにしときやー」と言いつつ、言うことが当たってるだけに才能がもったいないなと思っています。

昨日の話はなんだったかと言うと、

猫さんたち曰く、「すごく感謝している。」「あくび猫が病気にならないように守っている。」

そういう内容でした。

それで、私に守ってほしいことがあると言い出して、「夜更かしはやめてほしい。守りきれなくなる。」「呼吸が浅いから、たまに深呼吸してほしい。あなたが疲れやすいのは呼吸が浅いせいだ。」ということでした。

この2つは、私自身も気がついていて、最近ブログにも書いてたりしたけど、まぁ、守ってませんでした。すぐに忘れて夜更かしはするわ、息は浅いわ。たまに息をしていない時とかあるし。(長年の鼻詰まりの後遺症)

猫たちの中には神格化したような感じの子もいるらしく、「ありがたや、ありがたや〜。」と思いつつも、「猫神様に言われたからには生活を変えていかないと。」と、急に真面目になる私です。

その、霊感の友達には、是非とも才能を生かした鍼灸師として自立して行ってほしいと願っています。

なまじ霊感があると、病気の原因の家族関係とか変な因縁とかもわかってしまうらしく大変みたいですが、私にしてくれたみたいな生活上の注意事項限定で霊感アドバイスするようにしたら、イイ線行くんじゃないかと思うんですけどね。

とにかく、私の後ろの猫神様たち、出て来てくれてありがとう。

2018/06/28

完全室内飼いの猫と同じなんです

この前、生まれて初めて私は、自分で買ったチケットで、 JBJのケンタとサンギュン のファンミーティングに行ってきました。

地下鉄は天王寺で谷町線に乗り換えて行くのですが、その連絡通路が長い…

若い頃、へっちゃらで何度も歩いたことのある連絡通路が、まるで望遠鏡を逆にのぞいたみたいに遠いんです。

階段も、空恐ろしく高く遠く感じて、無事に到着できるのか不安に思いつつ、何とかたどり着いた次第です。

普段、自転車で5分の家と職場を往復する毎日、チェリー犬が亡くなってからは散歩も行かなくなり、猫とテレビばかり観ている私。外出するときは、すぐ車に乗って行ってしまう。

そうしたら、道中、「私って完全室内飼いの猫とおんなじやわ。」と思い至る次第。

猫よりもゆるい枠ではありますが、見えない枠の中で、枠から出ないように生きていたんですよね。

完全室内飼いの猫が迷子になって野良猫として生きるのは、とてつもない苦労なのだなぁと、思いながら帰宅しました。

もしもダンナがいなくなったら、私は迷子になった猫と同じことになるんだろうな、そう思いました。

それで、翌日、買い物ついでに、柄にもなくダンナに夏用のシャツを買って帰りました。

いや、有難や有難や。
JBJのケンタケンタ言うてられるのも、ダンナのお陰です。

もしも、迷子の猫をみつけたら保護してくれる優しい人が増えますように。もしも困っている人をみつけたら、助けてくれる優しい人が増えますように。

2018/06/23

寂しがり屋だった私

赤ちゃんの頃に、父が入院したりして一家が生活に追われていたので、構ってもらえなかったせいなのか、私は子供の頃から寂しがり屋でした。

猫がいたら大丈夫だったのですが、猫のために部屋のドアは閉めきったりしないで、寒い日でも開けたままにしていました。

それで心のドアも開いたままになってしまったのかもしれない問題はさて置き、高校生くらいになると、自分が大人になって年長の家族がみんな死んでいなくなったあと、一人で生きるなんて到底無理だと考えていました。

だから結婚は必ずして子供も産まないと、寂しくて生きていけない気がしていました。

高校生の女の子にとって、結婚や出産は空恐ろしくて、一体全体どんな未来が待っているのだろうと不安で一杯でした。

それが蓋を開けてみると、いつのまにか子供も産んで、離婚したのにまた結婚して、猫だらけになって、「頼むから一人にさせてくれ」みたいなことになって、そんな中年時代を過ごしました。

でも、母が亡くなってからは、自分も早めに終活をしておいた方が良いなと思い始めて、断捨離をしたり、これ以上仔猫を家に入れない決心をしたりしました。

猫がだんだん高齢化してきて、1匹ずつ減ってくると、高校生の頃に感じていた「一人になったらどうしよう」が、復活してきた気がします。

かけがえのない1匹1匹との残された時間を大切に、これから生きていかないとな…そう思います。

2018/05/21

全部犬がらみだったわ、そういえば

チェリーが亡くなって、いつも散歩の時にしていた雀のお米撒きが、ほぼ最小限になりました。

今は家の前の電柱に住んでいる二羽くらいに、会えばあげるだけになりました。

この、雀の催促に、どれだけ悩んだり苦労したことか…って、こんなことを話してもバカにされるだけなんですが。

そもそも、今の家に引っ越してきた時に、向かいの家に中くらいの木があって、そこに雀がたくさんいるなとは思ってました。

その木の下に、実は年老いた犬が飼われていて、その犬が残したフードを雀がついばんでいたらしいのです。(あとで知る)

しばらくして妹の家で飼っていたクマ吉が、パティオに居させていたら熱中症になったというので、昼間、陽の当たる時間は、うちの玄関先の日陰で預かることになりました。

食欲がないクマ吉のために、おじやを作ってたのですが、食欲がないので残したり散らかしたりしたのを、向かいの雀が目ざとく見つけて、うちに来るようになったのでした。

ちょうど、その頃、向かいの犬が亡くなっていて、フードのおこぼれが無くなるや否や、クマ吉のおじやが出てきて、雀にとったら渡りに船だったのです。

その後が問題で、クマ吉も亡くなった後、なんと雀が私にオネダリをするようになったのです。

仕方なく、家にあった玄米をあげたりしていたのですが、冬になると雀の数が増えてしまい、隣の家のご主人が私に「スズメの駆除は、どないしたらええんですか?」ととぼけて聞いてくる事態となり、真冬に急に止めるのも可哀想で、家の前にお米を置いたりするのを極力やめて、犬の散歩の時に公園や空き地の目立たないところに、少しずつ撒くことになりました。

当時飼っていたマコちゃんが亡くなり、また隣で飼い始めたチェリーの散歩を手伝うようになり、その間、ずっと続ける羽目になってしまいました。

なにせ春になると、子雀を連れてきて、「ほら、おばちゃん、子供がお腹すかせてるよ。」と言わんばかりに親子で電線にとまって口を開けながら羽をバタつかせて、二階のリビングに居る私に訴えてくるんですよ。

子雀が成長して、それが済んだら、次は足を怪我した雀が来て、治るまでお米を供給してしまったりして、なかなかやめられなくなってました。

近所の目が怖いし、散歩の時でも誰かに見られやしないかとか、最初の頃はビクビクしていて、雀のお米のせいで病気になるかと思いました。(大袈裟)

野良猫にご飯配る人の気持ちが、この時に痛いほどわかりました…

チェリーが手術をした去年から、散歩の時や寝る前に、鳥の神様に、「チェリーがいなくなったら、お米撒きは、やめると思います。」と念じました。犬も連れてないおばさんが、夜な夜な一人でお米撒いて歩いてるなんて、怖すぎるから。

だんだん量を減らしていってて、やめるのは春から夏にかけてと決めてもいました。

チェリーは八朔の花の香りが漂う春の日に旅立ち、私のお米撒き散歩も、終わることとなりました。

あとで考えてみると、全部犬がらみなんですよね。

もしかして雀は、「犬を連れている人は優しい人」と認識していて、あちこちスポンサーを探しているのかもしれません。

2018/05/18

ストレスに弱い猫

猫は環境の変化に敏感で、引越しなどは最もストレスを感じるようです。

私は口内炎の猫で困っている飼い主さんに健康相談をしていますが、その時に詳しく生活環境や飼育状態を質問しています。

口内炎自体が、自己免疫のバランスが悪くなると出てくるので、人間で言うところの乾癬やアトピーのような状況が口の中で起こっていると感じます。

猫のストレスの原因は、以下のような事柄が多いです。

1.引越しなどの環境の変化
2.道路工事などの騒音
3.多頭飼育のような心休まらない状況
4.体調を崩している時にワクチンを受けた
5.歯が痛い

原因がわかれば、その原因を除去すれば、軽快することも多いのです。

普段の生活で、一般の家庭でできることは、なるべく猫にストレスを与えない工夫をすることになるのですが、外の工事や歯が痛いというのは不可抗力ですので、仕方ないとして、テレビの音を大きくしないようにするとか、多頭飼育であれば、逃げ場所を作ってあげるなど、できる工夫はしてあげたいところです。

私が相談に乗ることで、大阪のご近所の猫ちゃん以外の猫ちゃんも、健やかに暮らしていってほしいと願って、細々と続けています。

このブログを見つけてもらって、もっと広く伝わればいいなと思います。

2018/04/27

チェリーが逝きました

チェリーは、妹の家にもらわれてきたビーグル犬でした。

横浜で飼われていたのが、飼い主の離婚のために飼えなくなったということで、奈良のドッグトレーナーさんが引き取って、ドッグトレーナーさんの知り合いのボランティアさんが里親探しをしていたそうです。

私の家の隣の妹宅に連れてこられたときに、私は二階のベランダから様子をうかがっていて、ワゴン車から出てきたチェリーはベランダの私と目が合って、とても嬉しそうな顔をしたのに、引っ張られて、私のほうを振り返りながら妹の家に入っていったのを覚えています。

なんだかチェリーをがっかりさせたかもしれないと、ちょっと心がチクッとしたことを覚えています。

二年くらいして、チェリーはギックリ腰になり、妹から相談を受けたのがきっかけで、私もチェリーにかかわり始めました。

母が、近くのマンションに引っ越してきて、共働きの妹の家に掃除をしに来たりして、そのついでに散歩に連れ出すようになり、母はみるみるうちにチェリーにのめりこみ、昼間はほとんどチェリーを連れて出歩くようになりました。

認知症がひどくなってきて、犬の散歩が徘徊のようになり、しまいには自転車で近付いてきた人の足にチェリーが噛みついて、それを母が謝らずに逃げて帰ったという惨事が起きて、それ以来、チェリーの散歩には、私が自分の家のモモちゃんを連れて、一緒に行くのが日課になりました。

そんな流れで、母が亡くなった後、チェリーのことを放り出すわけにもいかず、母の死後は供養だと思って、毎日世話に通いました。

正直、私も仕事をしているし、チェリーのために一時間くらい時間を取られるのはしんどいなと思ったことがありましたが、チェリーも待っているし、ベランダで初めて会った時のようにガッカリさせてはいけないと思い、頑張りました。

二年くらい前から、左目の下が腫れてきて、結局、癌で、手術をしてもらって一旦は元気になったけれど、案の定転移していて、最後は腹水が溜まって歩けなくなりました。左の頬っぺたの内側にもできものができていました。

母も左の歯肉癌だったので、同じような場所にできるのが不思議でした。

私も左の上顎洞の手術を二回もしているので、なんだか私の左の頬っぺたから出ている邪気を受けたんだろうかとか、変なことを考えたりして...

チェリーの死後、母とチェリーが一緒に写っている写真を、私のスマホの中から探し出しました。

チェリーは、いつも母のそばで大喜びで笑っていました。

母がついに散歩に行けなくなって、チェリーが残された後の写真は、いつも少し寂しそうな気がしました。

認知症の母とチェリーと大型犬のモモちゃんを連れて散歩に出るのは、その時はつらいと思っていたけど、今思えば、かけがえのない幸せな時間だったと思います。

道を歩いていて、私より年輩のご近所さんが、「お母さんと散歩ができてうらやましいわ。」と声をかけられたことがありましたが、本当にそう思います。

母とチェリーと散歩しながら、家々に咲き乱れる花の写真を撮ったり、こいのぼりをみて、「ほんまに泳いでるみたいや」と言い合ったことなどの思い出が、きらきらと輝く光の粒になって、手のひらから零れ落ちていく感じがします。

チェリーが亡くなった夜に、家で茶碗を洗っていると、ふと、母とチェリーが並んで歩いていく姿が頭に浮かんで、「ああ、お母ちゃん、来てくれたんやな。」と独り言ちて、ほっとしました。












写真は母とチェリー。
一番最後は、去年、術後、一旦元気になった頃。








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